「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第2章≪禁戒の愛≫・10

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「神藤……」
 声を出すのも辛いはずだった紗月姫の声帯が、スルリとその名前を発する。

「神藤……」
 無意識のまま口から出る名前は、視界に入る彼の姿と共に紗月姫の身体へ沁み渡った。
 言葉では言い表せないほどの、嬉しさと共に。

 ドアが開いてから一瞬の出来事だった。その素早さに、飛び込んで来たのが神藤である事を、栗原でさえ一瞬気付けなかったほどだ。
 栗原の顔面を掌で掴み、壁へと叩きつける途中でぶつかった会議用デスクの上から、置いてあった封書と荷物が床へと落ちる。荷物は床を滑り壁へとぶつかるが、封書は反動で宙を舞った。

「私としては、二度とお嬢様の前にその顔を晒せない様に、握り潰してやりたいところだ」
 重く冷たい声を発して、神藤は指の間から見える栗原の目を睨(ね)め付ける。
 栗原の全身が恐怖に戦慄き大きな身震いが起こると、神藤の口角だけが不気味に笑む。餌を前にした肉食獣というよりは、標的の血を見たくて堪らなくなっている暗殺者の様だ。
 顔を握り潰して欲しいか、紗月姫に命乞いをするか。答えを出さない栗原の頭部に、槍で脳をひと突きにされたような激痛が走る。その瞬間、顎が外れるほど大きく開いた口から獣の咆哮にも似た悲鳴が吐き出された。

「答えぬなら、私の一存で処分を下すが?」
 掴んでいるのは額からこめかみにかけて。その部分にかけられている力は尋常ではない。冗談ではないのだ。恐らく神藤は、本気で栗原の顔を握り潰してしまうつもりでいる。
 そして栗原は、紗月姫の決裁も仰がず独断でそこまでやらせてしまうほど、神藤の怒りをかったのだ。

「ヒィッ……、すみません! すみません! 申し訳ありません!!」
 ただ恐怖から逃れたくて発せられる謝罪の言葉。言葉を出す栗原は必死だが、神藤は承知しない。
「謝り方が成って無い」
「もうしわけっ……ぁわっ、……ありません!! お許し下さい! お嬢様ぁっ!!」
「そんな行儀の悪い謝罪を、大切な私のお嬢様に聞かせる訳にはいかないな……」
 感情の無い声に、栗原はもう声を引きつらせた悲鳴しか出てこない。冷えた身体はガクガクと震え、力の入らない下半身はだらしなくズボンを濡らした。
 殺されるかもしれないという死の恐怖に耐えきれなくなった神経は、栗原から意識を奪う。薄く開いた瞼の中で白目を剥いたまま気絶をしてしまったのだ。

 神藤が手を放すと、栗原は壁伝いに身体を滑らせ、へにゃりとその場に座り込む。死の恐怖から一瞬意識が途切れただけなので、意識はすぐに戻るだろう。
 冷たい瞳は横に逸れ栗原を見限るが、すぐさまいつもの温度を取り戻し紗月姫の姿を求めた。
「お嬢様……」
 しかし目を向けた神藤は、一瞬近寄る事を躊躇してしまう。

 躊躇し、紗月姫の姿に目を奪われてしまったのだ……。

「……しん、どう……」

 彼の姿を求め、感覚の戻らぬ身体を必死に起こし、紗月姫は床に着いた二本の細腕で上半身を支え座り込んでいる。
 作り物の様になだらかで美しい曲線を作る肢体。長い絹糸の黒髪が清らかで透き通った肌に流れ、艶めきを添える。
 彼を待ち望んだ瞳は切なげに潤み、開きかけた花の様な唇が漏らす儚い吐息までもが、ただ神藤を待っていた紗月姫の気持ちを表していた。

「神藤……」

 こんな紗月姫は、神藤でさえも見た事が無い。
 求められる誘惑に、あわや彼は負けそうにさえなった。

 神藤は一度紗月姫から目を逸らし、脳髄に痛みが走るほど強く奥歯を噛み締めて、欲望を覚えそうになる己を鎮める。
 感情を抑え込み、既に破壊寸前にまで追い込まれた理性を奮い立たせる為に、敢えてそれを振りかざした。
「お嬢様。申し訳ありません」
 急いで脱いだスーツの上着を、紗月姫の背中からかけ彼女の身体を包むと、胸の中へそっと抱き入れる。
「お辛い思いをさせてしまいました。私の配慮が足りなかった結果です。申し訳ありません……」
 凭れ掛かってくれた紗月姫に安心感を覚えながらも、彼女がどれだけ傷付いたかを想像すると胸が苦しくなる。それと同時に、苦しさを与えた栗原に対して憤りだけが溜まって行った。
「この責めは……如何様にも……」

 紗月姫の苦しみを自分の責めにするが、彼の胸で安らぎを取り戻した紗月姫は、彼を責めない。
「離さないで……」
 力の戻り切らない手で神藤のシャツを掴む。自分から更に寄り添って、彼の体温をシャツ越しに感じた。
「離れないで……。傍にいて……神藤……」
「お嬢様……」
 紗月姫の声はいつも通り優しく穏やかだ。それを感じて、大きな安堵感が神藤の胸を襲った。
 自然と抱き締める腕に力が入る。シャツを掴んでいた紗月姫の手が背中へ回り、強く彼へ抱きつく。そして神藤も、更に強く彼女を抱き締めた。
「貴女が……お望み下さるのなら……」

 紗月姫を抱き締める神藤の目に、彼女の首筋に色濃く付けられた罪の痕が映る。
 脆く零れ落ちそうなほど儚い肌に、赤紫色の汚色はあまりにも痛々しい。
 着崩れてはいたが、栗原は服を脱いではいなかった。紗月姫の様子からみても、決定的なところまでは進んではいなかったと思っても良いだろう。
 しかし、栗原がこの肌を好きなように弄ったのだと思うと、憎しみと嫉妬が同時に湧きあがってくるようだ。神藤は肩越しに、倒れているはずの栗原を睨んだ。
 彼はどうやら意識が戻った様らしく、壁に両手をつきながらたどたどしく立ち上がりかけている。神藤が紗月姫を構っているうちに逃げ出すつもりなのだろう。

 ここで見逃したところで、このままにしておくつもりなど神藤には毛頭ない。
 いや、何もしなくたって栗原は二度と紗月姫の前に顔は出せないだろう。咲月とて同じだ。

 栗原は壁伝いに身体を立てると、もつれる足を前に出した。
 しかしやはり転倒しそうになり、ふらつく身体を会議用デスクに手をつく事で支える。そしてその反動で出た足は、床に転がっていた小包を上から踏み付けてしまったのだ。
 全体重をかけて上から踏み抜かれた箱は、脆くも蓋の部分が破損する。

 ――その瞬間、彼の全てが終わった。

 大きな破裂音、いや、爆発音が、その場で鳴り響いたのだ。






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後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 神藤さん、いぢめっ子。(*´艸`*)
 なんて、浮かれている場合ではないです。この荷物は、そう、高木さんの仕業ですね……。
 爆発してしまった荷物。それを踏みつけていた彼。
 さて……?

 では、次回!!





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