「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第2章≪禁戒の愛≫・13

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「何故あんな事を、お言いになったのですか?」
 神藤に問いかけられ、紗月姫はドレスを撫でていた手をフッと止めた。
「美春様が驚いていらっしゃいましたよ。……恐らく、学様も……」
 責めている訳ではないのだ。しかし、紗月姫の発言は間違いなく周囲を戸惑わせた。
 週末に迫った紗月姫の誕生日パーティー。誰もが楽しみにしているイベントだ。紗月姫だって、とても楽しみにしていた事を神藤は知っている。
 だからこそ聞きたかった。
 何故、「誕生日なんて……こなければ良いのに……」などと口に出してしまったのかを。
 小さな声では有ったが、その言葉はその場にいた全ての人間の耳に入った。ベッドサイドの椅子に腰かけていた美春、その横に学様の椅子を用意していた神藤、そして、丁度寝室へ入ろうとしていた学。
 その結果、全ての人間を絶句させたのだ。

「……本心だもの……」
 歯切れ悪く答え、紗月姫は膝の上に広げたワインレッドのドレスを握り締めた。
 眉を寄せ、彼女の表情にはどこか憎々しげな雰囲気が漂っている。何かにへそを曲げて拗ねている訳ではない。何か理由があるのだろうと感じた神藤は、ソファに座る紗月姫の前に跪き彼女を見上げた。
「どうなさったのですか? あれほど楽しみにしていらっしゃったのに」
「……神藤」
「はい」
「このパーティー用のドレスを引き裂いたら、私は誕生日パーティーに出なくても良いのかしら?」
「お嬢様?」

 不可解な発言に対し、神藤は眉をひそめる以外に手は無い。何といっても、紗月姫の真意が分からないのだから。
 学が総司の書斎から戻り、紗月姫と話したのは十五分程度だっただろうか。二度ほど近くまで来ていながら顔を出してくれなかった事に少々の嫌味を言ったものの、久し振りに学に会えて彼女はとても嬉しそうだった。
 週末のパーティーで会う事を約束して二人が帰ってから、紗月姫は自室のメインルームで、ずっとこのワインレッドのドレスを眺めている。
 このドレスは、紗月姫が誕生日パーティーで着る予定にしている物だ。
 普段から肌の露出を抑え、パーティー用のドレスも身体全体を覆う物が多い彼女ではあるが、今回は少し違う。
 いずれは本格的なイブニングドレスなども着こなさなければならないのだ。その予行練習的に、少々露出の多いドレスをセレクトした。
 ワインレッドという色もさることながら、ローブデ・コルテタイプのネックラインなど、いつもの紗月姫には無いイメージだろう。
 最終的にこのドレスを選んだのは神藤だ。もちろん紗月姫も選択はしたが、「私は、このドレスを着たお嬢様をエスコートさせて頂きたいと思います」という神藤の一言で決まってしまった。
 恐らく鎖骨の下になるであろうネックラインが少々恥ずかしかったが、神藤が望んでくれたのが嬉しくて、紗月姫も承諾してしまったのだ。
 普段着る事の無いタイプのドレスに、紗月姫も胸を高鳴らせていた。――神藤は、似合うと言ってくれるだろうかと。
 しかし今、彼女は楽しみにしていたこのドレスを引き裂いてしまおうかと言う。
 ――パーティーに出たくないばかりに。

「何かあったのですか?」
 小さな子供の様な我儘を口にする紗月姫を、神藤は咎めない。ドレスを握り締める手を両手でそっと包み、彼女にしか向けない愛しみを込めた瞳で微笑んだ。
「私は、お嬢様がこのドレスをお召しになった姿を見たいと思っています。さぞ、お美しい事でしょう。その願いは、叶えては頂けないのですか?」
「……神藤……」

 紗月姫の気持ちは揺らぐ。これは、なんというずるい言い回しなのだろう。
 彼女は神藤に褒めてもらうのが好きだ。このドレスを着れば、彼は心から彼女を愛でてくれるだろう。でも着なければ、彼の称賛は貰えない。
「ずるいわ……神藤」
「お嬢様?」
 紗月姫は泣きそうだ。
 ドレスは着たい。神藤が選んでくれたこのドレスを着て、彼にエスコートされて歩きたい。
 けれどそれが出来るのは、誕生日パーティーでの会場。
 そこへ行けば……。
 もしかしたら、エスコートの相手が変わってしまう出来事が起こるかもしれないのだ……。

「パーティーに出てしまったら……。神藤に手をとってもらう事が出来なくなるかもしれないのに……」
 神藤は眉をひそめる。それと同時に、得も知れぬ不安が彼の胸に去来した。

「……徹底的に、お父様が秘密にしていたのですもの……。本気なのだわ。きっと、私がどう抵抗しても、聞き入れてなどもらえない……」
「どうしたのですか? 何が有ったのです?」
 神藤は涙が浮かび始めた紗月姫の瞳を見詰めながら、包んでいた手を握り締め身を乗り出す。この去来する不安が、幻で有って欲しいと願いながら。

 しかし、神藤の不安は幻ではない。

「……婚約者候補のお披露目が有るわ……。パーティーの日に……」

 不安は確定付けられ、紗月姫の頬を哀しみの雫が伝った。


*****


「どうして紗月姫ちゃん、あんな事言ったのかしら……」
 美春が口にした言葉の意味が、学にはすぐ分かった。
 それは、少なくとも彼も同じ事を考えていたからだろう。
「誕生日がこなければいい、なんて……。ねぇ学、紗月姫ちゃん、知っている訳じゃないよね? 誕生日に婚約者候補を紹介されるって話」
 そして、学が考えていた事と同じ考えを美春は口にする。しかし自分も考えていた事で有りながら、学はそれを否定した。
「知っているはずは無いんだ。総司叔父さんはパーティーの前日に教えるか、それとも当日まで秘密にするか。って考えらしいから。実際、まだ言ってはいないらしいし」
「じゃぁ、別の原因……?」
「お嬢様の気まぐれ、って奴かもしれないしな」

 本当にそうであって欲しい。学は心から願う。どこからか婚約者候補の話を聞いてひとり胸を痛めているのなら、あまりにも可哀想ではないか。きっと彼女は、こんな話は神藤にする事も出来ないだろう。
 だが、しようとしまいと、その日は来るのだ……。

 辻川邸から帰る車の中で、学は総司に頼んだ話を思い出す。総司は快諾してくれた。すぐではないが、神藤は“お世話役”という任を解かれるだろう。
 残酷な事の様だが、それは、しなくてはいけない事なのだ。
 そして……。

「美春」

 学にも、しなくてはいけない事が有る。

「叔父さんと、“賭け”をした」
「え?」

 それは、愛する美春に、とても残酷な試練を共に背負う道を強いる事。
 だが、それを耐えなければ、運命は変えられない。

「紗月姫ちゃんが正式な婚約者を決める期限として与えられる一ヶ月以内に、神藤さんの出生を確定付けられたなら、俺の勝ち。――神藤さんも、婚約者候補として認めてもらえる」
 美春は助手席で身を乗り出し、目を見開いた。それは凄い希望ではないか。学の調査は、もうほとんど終わっているような物だ。最後の難関だけを越えてしまえば良いだけなのだから。
 思わず笑顔が浮かんだ美春だが、彼女はすぐには気付けなかった。
 賭けには、“勝ち”があれば“負け”もあるのだ。
 そして学は、負けた場合を口にする……。

「ただし負ければ、俺は、紗月姫ちゃんと結婚して辻川財閥を継ぐ。――その為に、賭けを終了する一ヶ月後まで、彼女の婚約者候補でいなくちゃならない」

 美春の笑顔が固まった。
 これは、どう解釈したら良い?

「ただ、相手は辻川財閥の総帥だ。もちろん、誤魔化しも曖昧も通用しない。俺は本物の婚約者候補にならなくちゃならない。つまり、婚約者がいるのに、紗月姫ちゃんの婚約者候補にもなる、という曖昧な事をする訳にはいかないという事だ」

 笑顔は消えていた。息を呑んで、美春は学を見詰める。彼の言葉を、一字一句聞き逃さない様に。
 やがて信号で車は停まり、学のやり切れない瞳が美春を見詰めた。

「紗月姫ちゃんの婚約者候補になる為に……。“賭け”を確実な物にする為に……。美春との婚約を、……解消する」

 学の声が、重い楔のように心に中へ落ちて来る。
 驚愕の中で、美春は運命の歯車が鈍く軋む音を聞いた様な気がした……。――――







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**********

後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 耐えられなくなった紗月姫ちゃんも言ってしまいましたが、とうとう学君も賭けの話を切り出してしまいました。
 そうなんですね。美春ちゃんと婚約したまま、紗月姫ちゃんの婚約者候補になる訳にはいかないのです。
 この辺りの事情は、『迷宮~』では出てこなかったお話になります。
 ただ、これは美春ちゃんにだけ言っておけばいい話ではないんです。
 その辺りのお話は、第3章で……。

 さて、2章も大詰め。
 第2章のほとんどを飾ってくれた二人に、理性を壊してもらいましょう。
 サブタイトルの本当の意味が綴られていきます。
  
 では、次回!!





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