「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第3章≪婚約破棄≫・2

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 ご機嫌な鼻歌は、バスルームへと続く洗面所のドアを開けた時から、かなりの大きさで耳に入って来た。
 学の部屋は、バスルームも洗面所兼用の脱衣所もかなりゆったりとした大きさで作られているのだから、その場所全体に行き渡るくらいの鼻歌とはどれほどの大音量なのかとも思うが、バスルームのドアが開けっぱなしなのだ。おまけにバスルームは音がこもりやすい。必然的に漏れてくる音も大きいだろう。
 とはいえ、鼻歌の主である美春がどれほどご機嫌であるかは、この声の調子で分かるというもの。
「単純だな、美春は」
 先に入浴中の彼女に続く為に、ネクタイを解きシャツを脱ぎ始めた学の顔には苦笑いが浮かぶが、もちろん馬鹿にして言っている訳ではない。
 【学:訳】「単純で可愛いな。俺の美春なんだから当然だけどな」
 ……というところだろうか……。

 出先での仕事を終えて葉山邸へ直帰した二人は、学の部屋で早々にバスタイムだ。
 学としては、ひと息ついて美春とまったりしてから……、とも思っていたのだが、美春本人が、帰った早々着替えもそこそこにバスルームへと入って行ってしまったのだ。 
 理由は恐らく、出先の近くで見付けた洋菓子とアンティーク雑貨を一緒に販売している店で、ケーキと一緒に購入したバスオイルを早く試してみたかったからだろう。
 いつもとはちょっと違うラベンダー系の優しい香りが、脱衣所まで充満している。
「美春、ちょっと入れ過ぎじゃないのか?」

 服を脱いで欲室へ足を踏み入れると、美春が浴槽の中で、少な目に張ったお湯を手で掬い、ゆっくりと混ぜているのが見えた。
「あっ、まなぶーっ、このバスオイルね、凄いよっ」
 学が入って来たのを察した美春は、眺めていた湯船から視線を上げて学を見る。ゆっくりと入りたいからと、お湯の温度はぬるめにしているが、ずっと入っているせいか白い肌は既にほんのりピンク色だ。
「オイル成分がね、水に浮かないんだよ? 何かね、こうやって混ぜると、お湯の中に混ざっちゃうっていうか……」
 オイルの小瓶を数回振ると、お湯の表面に精油の輪が出来る。それを大きく手で混ぜた美春の周囲から、湯気の如くラベンダーの香りが立ち昇り、精油の輪は小さな粒になってお湯に溶け込んだ。
 バスオイルは香りを楽しむ入浴には最適だが、オイル成分が浴槽に付着したり、肌に着いたりするのを心配する層からは敬遠されがちだ。だが、物によってはそのオイル溜まりを起こさない商品もある。精油成分によって違うのだ。

「精油成分にアーモンドオイルを使っているらしい。そのせいだろう」
「お湯もしっとりしてくるんだよ。いいね、これっ。気に入っちゃった」
 入る前に湯船をひとかきしてみるが、美春が言う通り、確かにしっとりとした感触を手に感じる。そして……、絶え間なく立ち昇り続けるラベンダーの香り……。
 その香りはしつこいくらいに立ち昇り続け……。“爽やかで良い香り”の域を超える。
「みはるっ。面白いのは分かるが、入れ過ぎだっ。芳香も度が過ぎれば悪臭だぞっ」
 オイルの小瓶は美春の手から取り上げられ、「めっ」と叱る学の手で蓋が締められた。
「あぁっ、まだ半分残ってるのにぃ。面白かったのにぃ」
「『……のにぃ』とか、可愛い振りしても駄目だからなっ。残りは今度だ。充分だろうがっ」
「いっぱい入れて、学と一緒に和みたかったんだもん……」
 唇をつぼめ、拗ねた顔で上目遣いに学を見るが、もちろんオイルは返って来ない。その代わりに手元へ来たのは、湯船へ入ってきた愛しい学の広い胸。正確には、来た、というより、その胸に抱き入れられたという方が正しい。
「……また今度、ゆっくり出来る時、……オイル入れて遊ぼうな。……その時は、全部入れても良いから」
 美春を胸へ寄り掛け、学の手が彼女の頭を撫でる。どことなくその言葉に距離感を覚えてしまった美春は、ポツリと訊いた。
「いつ……?」
「一ヶ月後には……。必ず」

 分かっていた答え。
 「すぐ」ではないのだ。
 二人はもうすぐ、婚約者ではなくなる。二人でゆっくりと時間を過ごす事さえも許されないであろう一ヶ月が、やって来るのだから。

 学は浴槽の片側に背中を寄り掛け、伸ばした脚の上に美春を座らせた。
 湯船のお湯が揺れるたびに、立ち昇る強い芳香。おもしろがって入れていた時は気が付かなかったが、改めて香りの強さを感じた美春は、やりすぎ感に小さく舌を出した。
 一緒に入る時は、美春を膝に座らせて後ろから腕を回すのが主流。だが今日は、膝を跨がせ向かい合わせだ。
「紗月姫ちゃんの誕生日パーティーは今週末。その時に、婚約者候補五人のうち、三人が公にされる。公にされないのは、俺と、候補未満の神藤さんだ」
 ゆっくりと言い聞かせるように説明を始めた学の瞳を見詰め、美春はいつもは聞いていて心地よい彼の声を寂し気に聞いた。
「俺の事は、パーティーが終了してから紗月姫ちゃんだけに知らされる。ハッキリと決定しているのならばともかく、婚約者がいる事実が既に公とされている俺が候補に名を連ねていては、混乱を生む素だと、総司叔父さんの配慮だ」
「……神藤さんの事は……?」
「それはもちろん、紗月姫ちゃんにも神藤さん本人にも告知されない。五人目を確立出来るかどうかは俺にかかっているから……。俺の調査が確定付けられて初めて発生する“五人目”なんだ」
「……確定、付けられるんだよね……」
 不安げな声を出してしまった美春を、学は咎めない。微笑みながら、寂し気に歪む彼女の頬を撫でた。
「当たり前だろう? 俺の調査は大詰めなんだって言ってるだろうが。心配するな。何を不安がってるんだ? 美春は」

 美春は涙が出そうになる感覚を、下唇を噛んで堪える。
 学がする事なのだから、何の心配も要らない。心の中ではそう分かっていても、彼の口から聞きたかった。ずっと、学に言ってもらいたかった。
 心配するな、と。

「今週末、紗月姫ちゃんの誕生日パーティーが終わってから一ヶ月間のうちに、今までの調査をひとつの形にしなくちゃならない。最後の確証を得る為に、俺が直接行ってくる」
「行く? どこへ?」
 何気なく訊いた質問の答えに、美春は息が止まった。それは、神藤が産まれた例の小国だったからだ。
「第二王女や産まれて間もない王子が“死亡した”という事実を作り上げる時、深く関わった側近がいる。その側近と、……現女王陛下に会って来る。神藤さんが、王族の血を引いているという認証を貰わないとな」
 少々スケールの大きな話に、美春は言葉が出ない。
 一国の女王に会うというのだ。それも異国の青年が。そんな事は可能なのだろうか……。
「準備はロスの田島弁護士が進めてくれているから大丈夫だ。女王にも、数回メールは送っているし」 
 ホッと息を吐く美春を見て、学はクスッと小さく笑う。安心する彼女に日程を告げ、その間の仕事を調整するように言い付けた。
「一週間もかからないで戻って来る。秘書の腕の見せ所だ。頼むぞ」
「はい」
 話が前進している事に安心したのか、美春からとても可愛らしい笑顔が零れる。
 学は軽く美春に唇付けてから、もうひとつ、彼女の安心を約束した。
「俺がいない間は、櫻井さんと須賀さんが美春を守ってくれる。取り敢えず、二人からは離れるな。外へ出る時もだ。連絡も、常に着けられる様にしておくんだ」
「え……? どうして? そんな事してもらわなくたって平気よ」
 確かに学が傍に居ないのは不安だが、紗月姫の様に深窓の令嬢だという訳でも無い。傍に誰かがいなくてはいけない訳でもないのだ。
 これではまるで、学の留守中、“美春に危害が及ぶ”とでも言いたげではないか……。

 ――危害が……。
 刹那胸を過る不安。

 学が“賭け”をした相手は、誰だった……?

「“辻川”が……、美春に手を出してくるかもしれないからな……」

 その“不安”を、学が口にした……。






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後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 楽しくバスタイム~。……かと思いきや、何だか話が深刻になって来ました。
 学君がついに直談判に動きます。櫻井さんに言っていた「特殊任務」は美春ちゃんのお守り役ですね。
 腕自慢の櫻井さんと頭脳勝負の須賀さんですから、まぁ、大丈夫でしょう。
 普通なら。
 ただ、相手は「普通じゃない」人ですから。
 でも、辻川が美春ちゃんを狙うなんて事が有り得るのでしょうか。

 深刻な話ばかりでは終わりませんのでご安心を。^^
 
 では、次回!!





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