「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第3章≪婚約破棄≫・8

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 もしかして学は、この為にこの店を選んだのではないだろうか。
 美春はそう思わずにはいられなかった。
 大きな和室は、もちろん綺麗な畳が敷き詰められている。畳の部屋という物は、何故か落ち着き安らげる雰囲気であると同時に、とても厳粛な気持ちにもなれるものだ。

 ――土下座をするには、うってつけの場所ではないか。

「一ヶ月、私情を優先させる勝手を、許して下さい」
 そして、葉山の両親と光野の家族を前に、学はその正面で深々と頭を下げ、頭を畳に擦り付けんばかりの土下座を披露しているのだ。
 もちろん、誰ひとりとして笑ってなどいない。土下座をする学を見て「そんな事をするな」と止める者もいない。
 父親二人は眉をひそめて彼を見詰め、母親二人は並んで座っているというのに互いの気まずさから顔を見合わせる事も出来ず、ただ膝で両手を握り締めて、事の成り行きを神妙な面持ちで見守っている。一真にいたっては、土下座をする学よりも、その隣でこの状況に耐えている美春が心配で目が離せない様だ。
 当事者家族ではない信悟や信にしたって、学に依頼されて全ての手筈を整え、彼の希望通りの状況を書面で正式に整えた人間だ。確実に事が運ぶよう、誘導する義務がある。その緊張感は、決して軽いものではない。

 美春は学の横で正座をしたまま、身動きひとつ出来ずにいた。
 膝で握り合わせた両手が汗ばんで行くのが分かる。視線は膝の先で止まり、上げる事が出来ない。
 この視線を上げれば、驚きに表情を固める家族の顔が目に入ってしまう。一や大介は学を睨み付けているだろうし、さくらやエリは悲しそうな顔をしているだろう。一真はどうだろう? 彼の事だ、いきなり聞かされた姉の破談に、ただ呆然としているに違いない。
 そんな皆の顔を見るのが、美春は辛かったのだ。
 もちろん、横で土下座をし頭を下げたまま上げられない学は、もっと辛いだろう。
 本当ならば美春も土下座をして頭を下げてしまいたいくらいだった。「学を信じて下さい」と。「彼がやる事に間違いはない。絶対に成果を出してくれるから、どうか今回の件を許して下さい」と。一緒に頭を下げて、葉山の両親を、自分の家族を説得したかった。
 しかし、事前に学からそれは止められている。
 これは学が始め、彼が受けた賭けだ。ここで美春までもが責任を負おうとすれば、両親達からは“美春を責任に巻き込んだ”としか取られないだろう。
 「全ての責任と責めは俺が受けるから。美春は、俺を信じていてくれ」学はそう言って、今日の日に臨んだのだ。

「先にもご説明を致しましたが、期間は、約一ヶ月。辻川紗月姫嬢の誕生日から一ヶ月後に当たる、六月二日が期限となります。この日までに、学君が辻川財閥総帥が納得する調査結果を出せたなら、この件は終了。学君と美春さんを、再び婚約者同士に戻す事となります」
 緊迫した空気の中でも、悠々と発言をするのは信悟だ。張り詰めた空気の中で自分のペースに乗せて行くのは、法廷慣れした彼の得意分野。彼は信が学に頼まれて揃えていた書類を手に取り、それらを挟んだクリアファイルをくるりと丸めて口角を上げた。
「期間限定の婚約解消に関する書類は、全て責任を持って破棄させて頂きます。もちろん、辻川側の弁護士に渡してある確認証書も無効になりますのでご安心を」
 信悟の視線は、一に向けられる。目の前で土下座をする学を黙って見詰める一には、一時婚約解消という話以外にも衝撃的な話がされているのだ。それは、葉山の未来を託すべきたったひとりの跡取りが、この件でミスをすれば辻川の跡取りになるという、常識ではありえない話だ。
 そんな話をいきなり持ち出された彼の胸中は、どれほどの不安と憤りが渦巻いている事だろうか。
「同時に、学君が辻川へ、という話も無効となります。その点においても確実に誓約書の破棄が行われますので、ご安心下さい。会長」
 信悟は一へ話しかけるが、一の視線は学から逸れる事が無い。無理も無い事だ。信悟は返答の確認を省き、説明を終えた。

 信悟が説明を加える前に、事の道筋は学が説明をしている。
 神藤の出生の件までは持ち出してはいないが、ただひとりの従妹、紗月姫の幸せの為に調査をしている件があるという説明だ。
 その調査を完成させれば、悲しい運命を背負った二人の人間が間違いなく幸せになれる。辻川の総帥も結果次第で全てを容認すると約束してくれている。ただ、満足いく結果を出せなかった時は、学が紗月姫と結婚をし、辻川財閥を継ぐという約束をした。その為に、約束の一ヶ月間、紗月姫の婚約者候補にならなくてはならない、と。
 もちろん、調査はほぼ完了していて、残すは最終段階のみ。問題が起こる様な結果にはしないと話をした。

「総司君が相手では、誤魔化す訳にはいかない……。それでここまで完璧に手を回した訳か。信悟先生や信君まで使って……。こちら側の用意が周到なら、辻川側から下手に不利な手を回される事も無いからな。先手を打ったのは、見事だった」
 冷静に言葉をかけて来たのは一だった。その瞬間、美春は目を見開いて一を見る。視界の隅に、やっと学も頭を上げたのが見えた。
 決して優しい表情ではない。きっとこんな目で見据えられたら、美春は泣きたくなるとさえ思うほど厳しい目だ。しかし、一は確かに理解を示してくれた。

「自信はあるんだな?」
「はい」
 一からの追及を、学は即答で返す。そして、信じてくれて言わんばかりに一の目を見据え返した。
 美春は少し気持ちが軽くなったような気がした。一は辻川の内情をよく知っているし、紗月姫の事も姪として可愛がっている。総司の手の内を読める人間に理解してもらえるのは、とても心強い事だ。
 詰まっていた胸のつかえが少し解放された気分で、一度大きく息をする。しかし、その呼吸はすぐにまた止まってしまった。

「つまりは、美春に犠牲になれって言うんだね」
 嘲笑を感じさせる口調。それはあまりにも彼らしくはない。そんな態度を見せたのは大介だったのだ。
「不幸な人間が幸せになるのは良い事だ。その手助けをしてやるのももちろん素晴らしい事だろう。だが……あまりにもこの件は、リスクが高すぎやしないか」
 落ち着きなく早口になってしまっているのは、彼が少々動揺しているせいだろうか。大介は厳しい表情を崩さず、学を見据え続けた。
「君は頭が良い。行動力もある。きっとこの件も、どんなに難しくても旨くまとめてしまう事だろう。それだけの事が出来る天性の才能を持っているからね。けれど、その為に……、その才能とプライドの為に、美春がどれだけ犠牲になっているのか、君には分かっているのかな」

「お父さ……!」
 大介の言葉に反論しようとした美春は、思わず腰を浮かせる。しかし学が手を出し、立ち上がり掛ける彼女の膝を押さえてそれを制した。
「……学」
 不安げに瞳を潤ませる美春に、学は黙って首を振る。口を出すなと言いたいのだ。
 美春が再び腰をおろすと、大介は言葉を続けた。
「君は良いよ。この件を上手く解決して、紗月姫さんの件も総帥の件もカタをつける。君のプライドは大満足だ。だが、それが上手くいくまでの間、ただ不安で見守るしかない美春は、犠牲になって泣いているだけじゃないのか?」
 大介は美春に目を向け、何か言いたげに唇を震わせる娘を悲哀に満ちた目で見詰めた。

「美春の事だ。きっと、学君と一緒に頑張るとでも言ったのだろう。学君を信じているから、耐えられると、健気に笑いでもしたのだろう。……けれどね、学君、私は、美春にそんな気苦労をさせたくて君との結婚を許した訳じゃないんだよ」

「絶対に守ってくれるって言ってたじゃないか!」

 まるで大介の言葉を引き継ぐかのような叫び。そして次の瞬間、学はその叫び声を上げた人物に胸倉を掴まれ、腰を引き上げられた。

「お姉ちゃんを大事にするって、約束したんじゃなかったの!?」

 美春はその人物を見て目を瞠る。
 その暴挙に出たのは、一真だったのだ……。






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後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 説明が始まりました。学君は土下座をして、美春ちゃんには口を挟ませず全ての責任を負おうとします。
 問題の一さんは分かってくれたようですが、やはり大介さんは納得いかないでしょう。
 それでも怒鳴りはしませんから、納得する他ないという事は彼も分かっていると思います。
 ですが、納得出来ない人がいました。

 まさか、の彼が、学君に憤りをぶつけます。
 ただ、もうひとり、怒ってしまう人がいるんですね。

 では、次回!!





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