「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第3章≪婚約破棄≫・9

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「学兄さんは、いつだってお姉ちゃんを大切にしてくれて、昔からお姉ちゃんだけ大好きで、どんな時も、どんな事があってもお姉ちゃんを一番に想って守ってくれた! お姉ちゃんを守って、絶対に泣かせる様な事はしないって言ってくれた学兄さんが、どうしてこんな事するのさ!」

 美春は目の前の光景が信じられない。
 一真が、暴力などという物とは一生無縁であるかのような弟が、学の胸倉を掴み引き上げて、今にも殴りかからんばかりの勢いを見せているのだ。
 いつも人懐こい笑顔で爽やかに目元を和ませている様な彼が、眉を吊り上げ、母親譲りの蒼い瞳を怒りに震わせている。いつもは優し気に見える明るい栗色の癖毛さえも、今はその効果を失っているかのようだ。

「お姉ちゃんの為じゃないだろう!? お姉ちゃんには何の関係も無い事で、どうしてお姉ちゃんが辛い思いをしなくちゃならないんだよ! どうしてお姉ちゃんが我慢をして泣かなくちゃならないんだ! どうしてお姉ちゃんが泣く事を、学兄さんがやるんだよ!!」

 一真には納得がいかないのだ。
 学がやっている事は、“美春の為”ではない。例え、「妹の様に可愛がっている紗月姫が悲しむ姿を見て、美春が泣いてしまわない様に」という二人だけの思いがあったとしても、そんな深い思いは第三者には分からないだろう。
 大介の言葉を借りるならば、学のプライドの為に美春が犠牲になって泣かされている、そう取ってしまっても仕方が無い状況なのだ。
 幼い頃から学を見て来た一真は、同じ男として彼に憧れていた。
 頭が良くて、何でも出来て、そして何より、大好きな姉を心から愛して幸せにしてくれている人。
 その気持ちは尊敬にも値し、学と同じくらい、いや、彼にも負けないくらい晶香を愛して行きたいと、一真の目標にもなっていたというのに……。

 しかしその尊敬は、今、打ち砕かれたのだ。

「何が、婚約解消だ! ふざけるな!!」

「違うよ、一真……!」
 庇ってくれるのは嬉しいが、美春にはもう耐えられなかった。
 一真の気持ちも分かるし、大介が悲しい目で美春を見た理由も分かる。けれど、美春の中で、これは納得している事なのだ。
 美春はずっと紗月姫と神藤に手を取り合って欲しかった。二人の為に何かしてあげたいと思っても、自分の力はあまりにも小さくて何も出来ずにいたのだ。しかしここで、学が運命の扉をこじ開けた。
 美春は嬉しかったのだ。
 彼の行動力を誇りにさえ思った。彼ならば、悲恋に泣く二人を助けてくれると。
 犠牲、だなどと思った事はない。目の前に困難な道があるなら、彼と一緒に乗り越え歩いていきたいと、本心から思っている。
 だからこそ……。

「誤解しないで! 犠牲だなんて……」

 大好きな人達、家族には、その想いを分かって欲しかった。
 ――だが……。

 掴み掛る一真を止めようと美春は膝を立てる。説得を試みる言葉を口にし、学の胸倉を掴んだ一真の手を外させようとした。
 しかし、反対に美春はその手を掴まれ、学の傍から引き離されたのだ。
 ――エリの手によって。

「……お母さん……?」
 美春は目を見開き、無言のまま彼女の肩を強く抱くエリを仰いだ。
「お母さん……、離して……」
 母の表情を見て、美春は涙が浮かんでくる。

「……お母さん……、話を……聞いて……」
 そう言っても、エリは美春を離さないだろうし、娘の学に対する擁護を聞くつもりも無いだろう。
 その意思が、固く結んだ唇と、滅多に吊り上がる事のない目から、ありありと伝わってくるのだ。
 美春に受け継がれた絹色の肌が、怒りに頬を紅潮させている。当の娘でも“怒った顔って見た事があったっけ?”と首を傾げる穏やかで明るい母が、間違いなく、娘の境遇に憤りを表しているのだ。

「おかあさ……」
 そして、エリの想いが美春には辛く、あまりにも哀しかった。
 幼い時から、ずっと学と美春を見守り続けたエリ。
 二人が高校三年生で結婚を決めた時、早過ぎる選択を大介に責められる学を見ながら泣きそうになっていた美春を、ずっと傍で見守り励ましてくれた。
 美春に芽生えた命が消えてしまった時も、二人を責める事などは一切せずに、その命が帰って来る事を教え諭してくれた母。
 娘の幸せを願う気持ちから、学との未来に不安を覚えた大介に婚約破棄を言い渡された時も、学と美春を擁護し大介の説得に回った。
 いつでもエリは、学と美春の味方だったのだ。

「……お母さん……学のトコに、行かせて……」
 美春の頬を涙が伝う。
 今のエリは二人の味方ではない。美春の味方ではあっても、学の味方ではなくなってしまっているのだ。
 この母を、言葉も出ないくらいの悲しみに陥れてしまったのだという現実が、美春の胸に突き刺さる。
 エリは美春を抱く腕を離す事はない。その腕からは、学の元に行かせたくないという思いがひしひしと伝わってきた。
「お母さん……お願いぃ……」

 嗚咽を上げて泣き出した美春と、それでも娘を放さないエリ。隣に座るさくらは、成す術も無く二人を見詰めた。
 彼女も幼い時から二人を見守り続けた立場だ。一の考えに同調するなら、学を庇ってやりたいのは母親としての気持ちだろう。学の傍に行きたいと泣く美春を寄り添わせてやりたいのが本心だ。しかし、実の母がそれを許さない。
 どんなに幼い頃から実の娘の様に美春を可愛がってきたさくらでも、エリの想いには敵わないものがあるのだ。

 そして、そんな美春とエリを見て、学も辛かった。
 さくらが美春を可愛がっていたように、エリも学を幼い頃から自分の息子の様に可愛がってくれた。
 神童と呼ばれ、理知的な子供だった学を誰もが大人扱いする中で、エリだけは“子供”として扱い、甘えさせてくれた。
 頭を撫で微笑む彼女を見て、美春もこんな素敵な大人の女性になってくれると良いな、と、幼い心を高めた事もあるというのに。

 陰から二人を見守り続けた人間にまで、とうとう背を向けられてしまう事態を引き起こしてしまった事実……。

「殴っちゃ駄目だよ? 一真君」
 学に殴りかかりそうだった一真を止め損ねた美春だったが、彼女の代わりに信が一真の行動を止めた。
「今殴れば、悪者は君だ。どれだけ葉山が美春さんを傷付け極悪非道で許せなくても、手を出して来ない無抵抗な人間を殴れば、この場合“法律上”悪いのは君になる。そうなればオレは、葉山の行動を助けている人間として、君を暴行罪で訴えなくてはならない」
 淡々と語る信に、いつもの爽やかな雰囲気はない。
 こんな時の彼は、正しく“田島信悟の息子”といわれるだけの気迫を持ち合わせている。
 学は一真に対して指一本動かそうとはしない。殴りたければ殴れと言わんばかりに彼を見詰めているだけだ。一真は奥歯をギリッと噛み締めると、学から手を放した。
 一真の対応に安心しつつ、信は苦笑いを漏らす。
「それでいいよ。……君が下手な事をすれば、今度は晶香ちゃんが悲しむ」

「……そんな事……、しません……」
 学から放した手を力強く握り、一真は学から目を逸らす。憎々しげな呟きは、彼から絶望しか感じさせなかった。
「僕は……、絶対に晶香ちゃんを泣かせるような事はしない。何があっても、どんな小さな事でも……。例え自分の命を投げ出してでも彼女の全てを守る。……そうやって守って行くって……僕は……」
 一度逸らした目を学へと戻した時、そこには絶望ではなくすがりつく様な目があった。
 一真は学の前に膝を落とし、掴み上げられて崩れてしまったスーツの襟を両手で掴んだのだ。

「僕に……、それを教えてくれたのは……、学兄さんなのに……」

 顔を下げ、一真は嗚咽を堪えるかのように肩を震わす。

「……すまない……。一真……」

 学の声は、彼らしくはないほど小さく、今にも消えてしまいそうだった……。






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後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 一真君が怒ってしまう事さえ珍しいのに。それに輪をかけて珍し過ぎる人が怒ってしまいました。
 エリさんです。
 いつもいつも、何があっても二人の味方になってくれていた人。
 そんな彼女を怒らせてしまうほど、今回の事は、二人が考えるよりもずっと衝撃的な事だったんですね。
 一真君もショックですよね。
 彼は学君を尊敬していましたから……。

 さて、今回の事にささやかな抵抗を示すかのように、大介さんがとある条件を出してきます。
 何でしょう……?

 それは、次回!!





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