「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第3章≪婚約破棄≫・11

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 朝から紗月姫は、少々機嫌が悪かった。
 いや、そわそわと落ち着かないあまり、気分が優れなかったというべきだろうか。
 授業にも身が入らず上の空だ。元々躾の良い令嬢ばかりが集まるお嬢様学校、ただでさえ教師陣も“注意”などという物はし慣れてはいない。おまけに相手は辻川財閥の御令嬢。例え机の上に腰掛けて授業を受けていたとしても、注意を促して良い物か迷ってしまうだろう。
 そんな立場的な物もあり、誰ひとりとして紗月姫を注意する事が出来ない。そこですぐに、神藤へと相談が持ち掛けられたのだ。
 正直なところ神藤は「やっぱりか」という気持ちでいっぱいだ。
 紗月姫の気分が優れない理由を知っている彼は、まだ午前中の授業が残っているというのに、早々と彼女をプライベートルームに閉じ込めてしまった……。


「授業に出てはいけないの?」
「駄目です」
 速攻で返される否定。その言葉と共に、紗月姫の傍らにある小振りのハイテーブルにティーカップが置かれた。
「少しおくつろぎ下さい。今のお嬢様が教室へ行かれても、担当の先生方がお困りになるだけです」
 神藤は紗月姫を見下ろし、その視線を外さぬまま、彼女が腰をおろすソファの前に跪く。見詰める彼の視線に気恥かしさを感じてしまった紗月姫は、頬を染めそっと視線を外した。
 肘置きにかけた腕の指先に視線を這わせ、紗月姫はその手に神藤の肌の感触を思い出す。クッションが当たる腰に、昨夜巻き付いた力強い腕の感触が蘇り、ずくりと重い電流が走った。

 藤棚の下でお互いの想いを確かめ合ったあの日から、二人は毎夜、お互いを確かめ合っている。
 それはまるで、十八年間閉じ込め続けていた想いを解放しようとしているかのよう。

 例え二人に秘密の関係があっても、紗月姫は主人であり、神藤は従者だ。周囲から見た主従関係に変わりはない。
 普段の態度も特に変わる訳ではないのだが、神藤に手を取られたり見詰められたりすると、今までには無い胸の高まりを感じてしまう。
 時にその感覚は、彼に抱かれている時の自分を思い出し、淫らな思考が紗月姫の羞恥を誘った。

「やはり、今朝、旦那様に伝えられた事を気にかけておいでですか?」
 的を射た言葉に、紗月姫は違う意味で鼓動を高める。神藤の顔を見ないまま口を出た答えは、とても気まずそうだった。
「神藤には……分かったのね」
「私もあの場に居ましたし、お嬢様のご様子がおかしいのならば、思い付くのは旦那様の一件だけです。私も、少々気にかかりましたので」
「……そうね……」
 今朝の事だ。朝食を摂ろうとしていた紗月姫の元へ総司がやって来て、今夜大切な話があるので時間を空けておくようにと言い渡されたのだ。
 何の話かは教えてもらえなかったが、学も同席するのだと聞いた時、紗月姫は直感的にそれを悟った。

 恐らく、婚約者候補に関する話を事前にされるのだろう、と。

「神藤……、ここへ来て……」
 紗月姫が隣に手を添えると、神藤は立ち上がり指定された場所に腰を下ろす。すぐに紗月姫がその胸にしな垂れかかった。
「きっと、婚約者候補の話をされるわ……。でも、いやよ、聞きたくない……」
「私も聞きたくありません。もっとも、私は席を外せと言われるのかもしれませんが……」
「駄目よ、外させないから」
 紗月姫は拗ねた顔で神藤の胸に抱き付く。彼のスーツを力いっぱい掴むと、頭の上でクスリと小さな笑い声が聞こえた。
「……離れませんよ……」
 ふわりと優しく神藤の両腕が紗月姫を包んだ。しかし優しかったのは最初だけで、すぐに強くその胸に抱き締められたのだ。

 紗月姫の将来に関する選択の話なのだ。お世話役として傍に仕える神藤にも、詳細を知る権利がある。また、知っておかなくてはならない立場だろう。彼が席を外せと言われる可能性は、ほぼ無い。
「私も……聞きたくはありません。貴女を……誰か他の男に渡さなくてはならない話など……」
「そんな事を言わないで……。私は、神藤のものでしょう? 貴方のものにしてくれたでしょう? ……私の、心も身体も、神藤のものよ……。他の男性なんて……必要無いわ」
「お嬢様……」
 
 澄んだ瞳とグレーの瞳が絡み合う。二人は互いの姿を瞼の裏に残し、目を閉じて、唇を重ねた。
 あの日から、何度愛おしい想いを込めて唇を合わせただろう。忘れてしまうほど重ねた唇であるはずなのに、唇同士を触れ合わせるたびに新鮮で新しい愛おしさが湧き上がってくる。
 顔の向きを変え、何度も重ね直される唇。口腔内を舌で愛撫され、控え目に受け身を取る紗月姫は「舌、出して下さい……」という囁きに上半身を震わせた。
 恐る恐る舌を出すと、神藤が絡め取り吸い上げて、唇でやんわりとしごく。ひと擦りされるごとに、顔を逸らして逃げたくなってしまう位の恥ずかしさが全身を襲った。 
「……は、ぁ……」 
 震える吐息が半開きの唇から漏れ、その熱さが唇を濡らす。二人はそのままソファの上へ倒れた。

「神藤……」
 花恥ずかしそうな笑みは、こんな場所で唇付けを受けてしまった事に対するものだろうか。紗月姫の笑みに便乗して、神藤も目元を和ませた。
「少し、御機嫌は良くなりましたか?」
「……とても、良い気分よ……」
「ではもっと、ご機嫌になって下さい……」
 再び重なる唇。今度は少しふざけているかのように、音を立てて唇を吸った。
「ご機嫌にして……」
 神藤の背に腕を回し、紗月姫は心地良い陶酔に浸る。
 
 ソファから流れ落ちてしまった絹糸の髪が引き上げられる頃。
 きっと紗月姫は、いつも通りの優美な笑みを見せてくれる事だろう。


*****


 娘である紗月姫の機嫌がやっと直ろうかとしている頃、その原因を作ってしまった総司は少々困った立場に立たされていた。
 彼は統括本部の執務室で仕事中だったのだ。
 今夜は学を交えて、紗月姫に大切な話をしなくてはならない。急を要する仕事など入れぬよう、秘書達にも言い付けていた。
 しかし、“急を要する仕事”が入ってしまったのだ。いや、飛び込んで来てしまった……。

「申し訳ありません! お待ち下さい!!」
 慌てた声を上げたのは第二秘書。しかし、その制止の声も虚しく執務室のドアは勢いよく開かれた。
 開かれたドアから入って来た人物を見て、総司は冷顔をほわりと穏やかに和ませた。彼が瞬時に表情を和ませてくれる人間など、この世に一人しか居ないだろう。
 そして、秘書やお付き、恐らく警備員等の制止も振り切って仕事中の総司にアポも無く会いに来られる人間も、この世に一人しか居ないのだ。

「やあ。どうしたのかな? 会いに来てくれたのは嬉しいが、あまり心穏やかではない様だね」
 総司が優しく声をかけた先に立つのは、ひとりの秀麗な貴夫人だ。
 絹糸の様な緑の黒髪を流し、凛とした立ち姿には品格がみなぎっている。娘時代に“葉山の椿姫”と異名を取ったほどの美貌は、確実に紗月姫へと受け継がれ、そして今も尚健在だ。
 辻川椿は紗月姫の母親であり、総司の妻。ひいては学の叔母で、一の妹だ。

 元々、総司が椿に一目惚れをしたという弱みがあるせいか、未だに彼は少々椿にだけは弱い面がある。

「人払いを」
 椿が総司を見据えたまま口を出すと、総司は室内に居た秘書や、ドアを押さえながら困っているお付きや警備員達に目で退室の合図をした。
 ドアが閉まり、室内に総司と椿だけが残されると、椿は総司が着くデスクの前へ歩み寄り、彼女とは思えないほどの物凄い力でデスクを叩いたのだ。
 
 その音と勢いに呆然としてしまった総司を前に、椿は聡明で美しい切れ長の目を細め、柳眉を逆立てた。

「貴方は、葉山を潰すおつもりですか!!」







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後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 今夜の話し合いが心配でご機嫌斜めな紗月姫ちゃん。
 少しだけ、イチャイチャしてもらいました。(^///^)

 さて、向かうところ敵なし、という雰囲気の総司さんではありますが、実は彼にも弱点となる人物がいます。
 やっとここまで来て登場させる事が出来ました。
 椿姫です。
 彼女は、総司さんを動かす事が出来るでしょうか。

 では、次回!!





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