「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第3章≪婚約破棄≫・12

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「学君は葉山グループの跡取りです! 葉山には学君しか跡取りが居ないのですよ!? その彼を“辻川に”などと、何を考えておいでですか!!」

 人払いをしておいて良かった。総司は心からそう思う。
 椿が厳しい女性である事は、総司の側近の誰もが知っている事だ。しかし、秀麗優美と誉れの高い妻の激怒した姿を、他人にはあまり見せたくはない。そんな素晴らしい特権は自分だけのものだとも思う。
 なので総司は、目の前で憤りを露わにする椿を、どこか心奪われた気分で見詰めていた。

「紗月姫の誕生日パーティーの件を珍しく何もおっしゃってはくれないので、よほど何か自信のある余興をご用意なさったのかと思っていましたわ。それが……葉山を潰す算段ですか!?」
「まぁ、待ちなさい、椿」
 総司は苦笑いを浮かべながら椅子から立ち上がり、ゆっくりと椿へ歩み寄った。毅然とした表情で彼の動きを追う椿を見詰め、デスクを叩いた状態のまま握り締められている彼女の両手を取る。そして愛し気に掌を指先でさすり、彼はそこに唇を付けた。
「何という事をする。あんな力でデスクなど叩いては、この美しい指が腫れ上がってしまう。痛みはないかい? 可哀想に」

 娘時代に総司からこんな仕草で囁かれたなら、頬を染め恥じらいもしただろう。
 いや、今だって椿の機嫌さえ良いならば、彼女の美しい頬笑みがお披露目されたはずだ。
 ……だが、今はそんな状態ではない……。

 一歩間違えば総司の顔に当たったのではないかという勢いで、椿の手は総司の元からすり抜けた。
 これはかなりの御立腹なのだと悟った総司は心の中で溜息をつく。しかし椿が怒るのも無理はない話なのだ。
「葉山の実家を喰い物にされる事を考えたら、胸が痛んで手の痛みなど感じませんわ」
「喰い物、は酷い。私が椿の実家にそんな事をする訳がないじゃないか」
「何を白々しい……。学君を紗月姫の婚約者候補のひとりに挙げると、弁護士に聞きました。学君が候補に挙がっていて、あなたが彼を選ばない訳がない。紗月姫が選ばなくとも、現総帥の判断で押し切るおつもりでしょう。学君を取られたら、葉山グループはどうなります!?」

 総司は怒る椿の肩に手を置き、ニコリと微笑んだ。
「何なら、提携したって良い」
「……提携?」
「両組織が提携を結べば、紗月姫は辻川の総帥となり、学君は紗月姫と結婚しても葉山を継ぐ事が出来る。巨大組織同士が結びつくんだ、異を唱える者は誰もいないだろう」
 嬉々として“その時”を口にする総司だが、いくら葉山が一の代になってから昔とは比べ物にならないくらい躍進をし続けているとはいっても、まだまだ辻川財閥を見上げる立場だ。辻川と葉山が提携を結んだところで、大きな利があるのは辻川側ではないか。
 “葉山グループ”という名前は残っても、“喰いものにする”という感覚は拭えない。

 肩に置かれた手を、椿は身体をずらし一歩引いて外した。妻に対していつも通り好意的な態度を取る総司とは逆に、椿は冷たい眼差しを夫に注ぎ続ける。
「紗月姫には、どう言うおつもりですの。婚約者候補は、学君だけではないのでしょう?」
「今夜言うつもりだ。但し、婚約者候補を決める、という話だけだが。学君の件はパーティーの後に伝える。一ヶ月後、紗月姫が結果を出す時まで、彼が候補である事は他の候補者などには伏せられる。知り得るのは、ごく身近な近親者だけだ」
「用意周到ですのね。流石は総帥、というべきですか?」
 もちろん今の言葉は嫌味なのだが、総司は避けられた彼女の肩を笑いながら再び叩き「有難う。椿に褒められると嬉しいよ」と余裕の返事を口にした。

「ただ……、学君が紗月姫の婚約者になるかどうかは、彼の調査次第だ」
「調査? 弁護士が葉山側と交わした確約書に、『ある一定の条件を満たし、成果を上げた場合は契約が無効となる』とありましたが……。その事ですか?」
 総司は一瞬言うのを躊躇ったが、「そうだ」と呟き彼女の横を通り過ぎる。
 大きな応接用のソファに腰を下ろし、背凭れに身体を預け天を仰ぐと、ゆっくりと吐息した。

「学君が、神藤の出生を調べている」

 椿は目を見開き、総司を振り返る。まさか、という思いが彼女の胸を過った。

「学君は、見抜いているのだよ。神藤の根底にある何か通常とは違う物を。それを全て暴いて見せると言っている。そして、その結果が満足のいくものになったのなら、神藤を五番目の婚約者候補に加えて欲しいと」
 椿はゆっくりと総司へと歩み寄った。彼女の胸は、とある希望に高鳴り出している。
 神藤の出生については、生い立ちと同様、彼が現れた十八年前に調査済みだ。だが、出生までは追い切れなかった事を椿も知っている。
 彼から漂い滲み出る雰囲気は、怪しげな組織に育てられただけの少年が持つものではないという事を、上流社会で生まれ育った総司や椿は見抜いていた。しかし、どれだけ調べてもその出生が明らかに出来なかったのだ。
 だが学が、再びその謎に挑んでいるという……。

 紗月姫が、身分的に抱いてはいけない想いを神藤に向けている事を、総司と同様、椿も気付いている。そして神藤も、従者が抱いてはいけない想いに苦しんでいる事も……。

 これは凄い事だ。
 もしかしたら、紗月姫の恋は成就させてあげられるものに変わるのかもしれない。
 絶望的だった紗月姫と神藤の関係を、変えてあげられるのかもしれない。

「ただ、神藤の出生は、辻川の情報網を駆使しても“外国から連れ去られて来た”くらいしか判明しなかった。辻川で出来なかった事を、学君はやろうというのだ。……可哀想だが、完璧な結果が出せるとは……」
「出来ますわ。きっと」
 総司は言葉を止める。ソファにも凭れ掛かったまま、首だけを動かして傍に立つ椿を仰いだ。
 椿の声は落ち着き、とても嬉しそうに総司の鼓膜を刺激した。見上げた彼女の表情は、声と同じくらい和やかな物に変わっていたのだ。

「学君なら出来ます。だって彼は、お兄様とさくらさんの息子ですもの。“葉山の切り札”と言われる彼が、切り札になれなくてどうしますか」

 総司は身体を起こし、少々眉をひそめて椿を見る。最初に険しい表情をしていたのは椿の方だったというのに、今はすっかり気持ちが逆転してしまったかのようだ。

「それに、彼が神藤の出生を確定させてくれる事によって、大切な娘の幸せも確定される様なものですわ。神藤が婚約者候補に加わって、紗月姫が神藤を選ばないはずはありません。学君は、紗月姫の事を考えて今回の調査に臨んでくれたのでしょう? 彼は天性の才能を持った青年です。完璧にやり遂げる事でしょう」

「椿は……、私の味方をしてはくれないのかな? 私が、ずっと学君をこの辻川に欲しがっていた事を知っているだろう?」

 椿は艶やかに頬笑み、しなやかな指先で口元を覆い小さな笑い声を漏らした。
 総司の表情が段々と変わって来ているというのに、彼女は微塵も気にはしていない様だ。

「愛娘が、幼い頃から耐え続けた想いを成就させられるのですよ? 次期総帥としてではなく、女性として、本当の幸せを与えてあげられるかもしれないのに、それを願わない母親がいますか?」
 椿は笑顔のまま総司を見据える。それは、挑戦的ともいえる眼差しだった。

「学君は、必ず素晴らしい結果を持って来てくれますわ。紗月姫の幸せの為なら、私は、喜んで貴方の敵になります」

 最愛の妻から突き付けられたのは、正に三行半的な言葉。これは総司にとって青天の霹靂以外の何物でも無かった。
 彼はソファから勢い良く立ち上がり、椿を見据える。しかし、椿の心に動揺は無かった。彼女の気持ちは決まったのだ。
「総司さん、貴方はお忘れですか? 学君の婚約者、美春さんは、私の大切な幼馴染の娘さんです。今回の事で、彼女はどれだけ悲しみ傷付けられる事でしょう。彼女が悲しむという事は、その親も悲しむという事ですわ。貴方は、間接的にでも、私の大切な人達を傷付けているのです。さくらさんや、一お兄様も同様に。そんな貴方に、私は味方をする事は出来ません」
「椿……!」
「今夜の話し合いには、私も出席させて頂きます。では……」
 何かを言いたげな総司には取り合わず、椿は軽く会釈をすると最後にニコリと口元だけで微笑んで見せた。

「結果が楽しみですわ。――総帥」

 踵を返し、椿は振り返る事も無く部屋を出て行った。
 その後ろ姿を見送り、総司は溜息をつきながらソファに座り込み、落胆に肩を落とす。

「……何という事だ……」


 運命を変える為に、行われた賭け。

 それは、学から最愛の美春を奪い……。

 そして今、総司から、最愛の椿を奪った……。――――






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**********

後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 椿さん、好きなんですよねぇ……。昔からぶれないこのツンデレ具合が……。(///∇///)
 あ、別に彼女は総司さんが嫌いな訳じゃないです。ただ、愛情表現の仕方が、昔から他のヒロイン達と違うというか。(笑)

 紗月姫ちゃんと神藤さんを応援し、学君を信じてくれる人がまた一人増えました。
 そんな中、紗月姫ちゃんに婚約者候補の件が告知されます。
 そこには、美春ちゃんも同席するのですが……。

 初めて聞く事実に、美春ちゃんが、そして紗月姫ちゃんもショックを受けます。
 その内容は……。

 それは、次回!!






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カッコいい!!椿さん、お姉さまと呼ばせてください(笑)

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mimanaさんへお返事です3/9

mimanaさん、こんにちは!

 椿さん、カッコ良かったですか!?(≧▽≦)
 久し振りに出したので、私も張り切ってしまいました。

 この後も美味しいところを持っていったりしますので、楽しみに(?)していて下さいませ。

 有難うございました!!

ツキハラコトセさんへお返事です3/9

コトセさん、こんにちは!

 第3章、本当にサブタイトルが「ちょっと待てや!」と怒鳴りたくなるような物でしたよね。(^^ゞ
 コトセさんと同じように、ショックでお姿を潜めてしまった方々が多数……。

 椿さんは、久々の出番でしたので、私もちょっと張り切ってしまいました。(///∇///)
 書きながら「やちゃえ、やっちゃえ♪」って呟いていましたよ。(笑)
 この先も、椿さんに活躍してもらう予定ですので、お楽しみに……。(*´艸`*)
 だって、総司さんが危ないんですもの……。

 ちょっと力が抜ける感じで、第3章が終了していますが、第4章のサブタイトルがまた……。(煽る)

 少々お休みを頂きますが、忘れないで下さいね。(;▽;)

 また宜しくお願い致します!

 有難うございました!!

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