「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第3章≪婚約破棄≫・13

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 その日、二十時近くに学と美春が辻川邸へやって来た。
 学はともかく、美春も一緒だった事に驚いた紗月姫ではあったが、この一件に学が関係しているのならば、当然美春も事情を知っているのだろうと解釈をし、日曜日に見舞ってくれたお礼から、和やかに話し合いの場は始まったのだ。
 辻川邸のリビングに揃ったのは六名。
 総司と椿、学と美春、そして紗月姫と神藤だ。メイドやお付きなどは全て部屋を出されたが、神藤だけは残るように言われ、彼は紗月姫が座る椅子の後ろで待機をしている。
 紗月姫に事前報告と称して総司から伝えられたのは、やはり婚約者候補を誕生日パーティーで紹介するという話だった。候補者は確定で四名。後に五名になるかもしれないという曖昧な話と共に、紗月姫には婚約者候補となる三人分の書類が渡されたのだ。
 四人目はパーティー当日に紹介が出来ないので、後日になるとも……。

「四人目のお方は、当日来られない分、他の三人に水をあけられる事になりますわね。立場的に不利になる事を分かっておいでなのかしら」
 その四人目が目の前に居る事を知らない紗月姫は、皮肉を口にしながら三人分の書類に目を通し始めた。
 もちろん当人である学は、美春と顔を見合わせ苦笑いだ。

 話の予想を付けていた紗月姫は、渡された身元調査書を冷静に見ていた。背後で控えていた神藤をすぐ傍らに着かせ、「この人、パーティーで会った事があるわ」「この方、神藤と同じ歳? ずっと年上みたい」などと、一緒に書類を見ながら気楽に話をする余裕まで見せていたのだ。
 しかしこの余裕は、総司が神藤に向けて放った一言によって消え去った。

「紗月姫が候補の中から婚約者を確定させる時、神藤の“お世話役”としての任を解く。心しておきなさい」

 紗月姫が見ていた書類が勢い良く床に落ちる。総司が言葉を発した次の瞬間、思わずその場で立ち上がってしまったせいだ。
 婚約者候補の話は知っている。だからこそ冷静にもなっていられた。しかしこれは初耳だ。
 神藤がお世話役ではなくなる。それは、実質的に紗月姫の傍から離されるという事ではないか。

「以後は、他の者達と同じ、“お付き”としての立場に準ずるように。お前には、統括本部の仕事にも身を入れてもらいたい。――将来、第一秘書として、紗月姫の右腕になれる様に」
 紗月姫は、淡々と非情な言葉を発する父親を目を見開き凝視した。
 何故そんな事を決められなくてはならないのだろう。十八年間仕えた人間をその職務から外すという話は、紗月姫を育てたと言っても過言ではない神藤に対してされているものだ。
 紗月姫が誰よりも信頼を置き、頼っている人間を、傍から離すという話だ。
 そんな大切な事を、紗月姫に相談も無く決められてしまった。それは、紗月姫にとって、いや、紗月姫と神藤にとって、限りなく衝撃的な事実なのに。

 立ち上がったまま蒼白になる娘と、その傍らで言葉を失っている神藤を見ながらも、総司は隣に座る椿の反応が気になって仕方がなかった。
 婚約者候補の件であれだけ憤りを露わにした彼女の事だ。いきなり怒り出して退室をしてしまってもおかしくはない……。
 しかし椿にその気配はなかった。特に口出しをする訳でもなく、落ち着き払った優雅な仕草でティーカップを傾けている。
 ホッとすると同時に、少々嫌な予感が胸を過る。だが不審な妻の様子を探る間もなく、意義は申し立てられた。
「反対です! 総帥!」
 総司が視線を向けた先に居たのは、向かいの席で学と並んで座っていた美春だ。
 彼にとってみれば、この件に関しては誰かから反論が出るだろうとは思っていた。それは紗月姫だったかもしれないし、椿だったのかもしれない。
 いわば想定の範囲内。彼は黙って美春の言葉に耳を傾けたのだ。

「何故、神藤さんを外す必要があるのですか? 紗月姫ちゃんのお世話を出来るのは、彼しか居ないはずです。紗月姫ちゃんが傍に就く事を許しているのは彼だけでしょう。そんな彼を離すなんて……!」
 神藤から離されれば、紗月姫はどうなる。
 生まれた時から彼に手を取られ、彼に守られながら育って来た紗月姫は、彼が居なくては何も出来ない。大袈裟に言えば、ひとりで街の中にでも放り出されたら、彼女は確実に迷子になり屋敷へ戻って来る手段さえ取れないだろう。
「反対です! 紗月姫ちゃんを守れるのは、神藤さんしか居ないんですよ!」
 必死になる美春の膝を、学がポンッと叩いた。顔を向けた彼女に、学は「落ち着け」という意味で笑って見せる。
 逆に美春からしてみれば、何故こんな話をされて落ち着いていられるのかというところなのだが、その理由はすぐに総司が口に出してくれた。
「私を責めるのは構わないが……。この案を出してくれたのは、学君なのだよ」

 息を呑んだのは美春と紗月姫。神藤は表情を崩さないまでも眉を寄せ、今まで何の反応も示さなかった椿でさえティーカップの動きを一瞬止めた。
「……学……」
 美春の声が震える。二人を結びつける為に奔走している彼が、何故、引き離す案を出したのだろう。
「例えば、だが……、美春さん……」
 緊張感みなぎる中、総司も椿の動作を真似るようにティーカップを手に取る。口元でカップを止めてしまった妻に言い聞かせるよう、総司は美春に説明をした。

「もしも学君に、幼い頃から付き従えている専属のメイドなどが居たら、貴女はどう思うかな? 着替えから食事から入浴まで、彼の全てを仕切る女性だ。気にはならないかい? それと同じだよ。婚約者が決まった娘の傍に、誤解を招く男が居てはいけない」
「それは……」
「例え貴女が、学君の婚約者では無くても、そんな女性が居れば気になる様に、婚約者が決まった娘の傍に年相応の男が着き従えていれば、嫌でもおかしな噂は立つ。いや、すでに、立っているのが現状だ」
 学への不信感より、美春には総司の言葉が突き刺さった。「学君の婚約者では無くても」意図して出された言葉なのかどうかは分からない。しかし、確かに今、美春は学の婚約者ではない。総司はそれを知っていて、わざわざその言葉を使ったのだろうか。
 そして、紗月姫と神藤におかしな噂が立っている事実も知っている。
 年頃の美しい令嬢と、付き従える見目麗しい青年。
 不埒な噂の対象にならない方がおかしいのだ。
 しかし、だからといって二人を引き離すなど、考えたくはない事だ。

「お嬢様……!」
 誰もが口をつぐんだ重い静寂は、神藤の慌てた声に破られた。
 全員の視線が集中した先では、あまりのショックに紗月姫がその身を崩し、神藤に抱き支えられている。彼のスーツに両手をしがみ付かせる紗月姫の顔は青白く、冷や汗さえ流れていた。
「旦那様、退出をお許し下さい。お嬢様が……!」
 紗月姫を守る彼としては、今すぐ紗月姫をここから連れ出し休ませてやりたいところだ。しかし総司は首を縦には振らなかった。
「神藤、私はお前の返事を聞いていない。正式に紗月姫の婚約者が発表される時、お前のお世話役という任を解くが、異存は無いな」
 神藤は紗月姫を抱き支える腕に知らず力がこもる。否定の言葉など出せるはずが無いではないか。おまけに総司の口調は意見を求めているものではなく、決定を伝えているものだ。
 そして、否定などしようものならば、この部屋から出る事は出来ないだろう。

 神藤は、震えそうになる声を抑え、紗月姫を連れ出す為にもその言葉を口にした。

「旦那様の……、仰せの通りに……」

 紗月姫が彼の腕の中で震える。
「嫌よ……、神藤……」
 そう呟いた彼女の声は、恐らく彼以外には聞こえていなかっただろう。

「伝えたい事は話した。好きにしなさい」
 満足そうな総司の言葉に、神藤は頭を下げ、素早く紗月姫を抱き上げた。一歩下がり「失礼致します」と再び礼をすると、足早にリビングを後にしたのだ。

 そんな二人を、美春はただ泣きたい思いで見送る事しか出来なかった。






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後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 婚約者候補の話は知っていましたが、知らなかったのは神藤さんがお世話役を降ろされるという話。
 しかもそれを提案したのは学君です。
 彼が意図するのは何なのでしょう。

 不安に襲われる美春ちゃんに、ここのところ大活躍だった彼女が声をかけてくれます。

 第3章も大詰め。
 パーティー前の波乱も、もうすぐ終了です。

 では、次回!!





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