「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第4章≪辻川の刃≫・3

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「本日ご用意されている弦楽四重奏は実に素晴らしい。紗月姫さんはヴァイオリンをやられていますよね、友人が西海女子学園のサロンで貴女の演奏を聴いた事があるそうです。“天使の音色”とはこの事だと絶賛していましたよ。実に羨ましい」

 ――九条貴明(くじょうたかあき)、三十三歳。
 九条貿易の次男坊にして、紗月姫の婚約者候補の中では最年長だ。
 眼鏡の奥にある目を優し気の細め、落ち着き穏やかな雰囲気の中には、一回り以上も年下である紗月姫に対する気遣いが窺える。
 だが、外国企業との付き合いが多い彼。限りなく口先は達者だ。
 ひと言でいえば、裏表が激しい性格だとでも言おうか……。

「有難うございます。御褒め頂きましたご友人の方にも、よろしくお伝えください」
 当たり障りのない返答をする紗月姫に、彼は更なる称賛を贈った。
「僕もクラシックは好きなので、今度是非、紗月姫さんの手で奏でられる天使の音色を聴かせて頂きたい。いや、その前に、聴かせて頂ける立場の男にならなければいけませんね」
 それはつまり、「婚約者として選んで頂いてから」という意味だろう。謙虚な雰囲気の中にも野心が見え隠れする言葉に、紗月姫はふわりと口元を和ませる。
 ふとした瞬間に見せた、十五も年下である少女の秀麗な笑み。その中に見える微量漂う色香に、九条は見惚れ言葉を失った。

「おや? 口先ひとつで世間を渡り歩いてきた九条さんともあろうお方が、十代の女の子一人にやり込められていては立場が無いのではありませんか?」
 そんな彼を、冷やかす声を立てたのは隣に立つ男……。

 ――久我山充彦(くがやまみつひこ)、三十歳。
 精神病医療の権威である教授を父に、母兄姉全てが名の知れた医者である一族の末子。もちろん本人も、精神医療界の若きスペシャリストとして活躍している。彼も、紗月姫の婚約者候補だ。
 意地悪な冷やかしを口にしてはいるが、その口調は実に穏やかで清々しい。優しげな雰囲気は九条と同じだが、裏があるのではないかと疑ってしまう九条とは反対に、久我山には“裏”を感じない。
 聖人君子とは彼の事を言うのではないだろうか。そう思ってしまうほど清浄感溢れる聖泉の様な青年だ。

「でも、無理は無い。こんなに可愛らしくて綺麗な女の子が目の前にいてはね。僕も言葉が出なくなりそうな弱い心と戦いながら必死で話しかけているんですよ」
 胸を叩きながら緊張している様子を現す久我山を見て楽しげな笑みを零した紗月姫だが、久我山の視線は彼女にではなく一歩引いて紗月姫の後ろに控える神藤に向けられた。
「紗月姫さんが、こんなに可愛らしく愛らしいのは、お世話役といわれる貴方の指導が素晴らしいからなのでしょう。神藤さんとおっしゃいましたね。優秀な従者を持った紗月姫さんは、本当に幸せな方だ」
 何と久我山は、紗月姫ではなく神藤に称賛を贈ったのだ。
 紗月姫の婚約者候補なのだから、褒めるのならば紗月姫を称えるべきだろう。だが、一見的外れの様でも実はそうではない。
 誰よりも信頼している従者を褒められて、紗月姫はとても嬉しそうな笑顔を浮かべている。
 この行為が、久我山の計算であるかどうかは、まだ謎であるところだ……。

「んん? どうしてわざわざ召使い君を褒めるのかな? 僕は反対にこの召使い君が妬ましくて堪らないな。だって、いつも紗月姫お嬢様の傍にくっついていられるんだ。男としてこんな羨ましい事は無いだろう?」
 そんな久我山に疑問を投げかけた男。三人目の婚約者候補……。
 ――袴田進一郎(はかまだしんいちろう)、二十九歳。
 総理経験のある祖父を持ち、政治家である父親の第一秘書を務めている。次の選挙に参戦予定ではあるが“三世議員”として既に「当選確実」と裏で画策されている男だ。
 勇猛で血気盛んな若獅子。
 先の二人に比べると、少々タイプは違うが姑息でずるいところは無い。ただ、育った環境柄、物怖じせず感情がストレートすぎるところもある。

「僕だったら、すぐに大金を掴ませて暇を出すね。こんな色男に傍でウロウロされては、毎日嫉妬していなくてはならない」
 袴田の物言いに、九条も久我山も揃って言葉を失う。確かに正直な感想なのかもしれないが、この場にはふさわしくない話題ではないか。
 しかし話題に出された神藤は、表情を和らげたまま身体を折った。
「私などをお気にかけて頂き、光栄で御座います」
 そして神藤の言葉に合わせるように、紗月姫も楽しげな笑音を零したのだ。
「私も嬉しいですわ。嫉妬して頂けるという事は、それだけ評価して下さっているという事ですもの」
 気分を害するどころか紗月姫に好感触を感じた袴田は、不敵に口角を上げ、他の二人を横目で一瞥した。

 紗月姫の誕生日パーティー。余興の弦楽四重奏団が明るく朗らかな曲を奏でる中、婚約者候補三名との紹介と顔見せは終了したのだ。


 その光景を、間近に置かれたベンチソファから見ていた美春は、微かに柳眉を逆立てた。
「どうした? 美春」
 美春の横で傍観者を決め込み、シャンパングラスを指で弄んでいた学が口を開く。その口調はどこか楽し気だ。
「……三人とも嫌。……紗月姫ちゃんには似合わないわ」
「強いて言えば、誰が良いと思う?」
「強いて言わなくても、紗月姫ちゃんの後ろに控えていた人」
 ストレートな美春の感想を受けて、学は肩を震わせて笑い出した。

 会場にはもうほとんどの招待客が揃っているだろうか。紗月姫の学友などが多いせいか、企業関係のパーティーなどと比べると清々しい華やかさがある。
 だがもちろん、辻川関連企業のトップや政財界の人間も顔を出しているので、どこか気の抜けない厳格な雰囲気も漂っていた。
 
 余興もメインのプログラムを終えれば、パーティー会場は歓談の場に戻る。婚約者候補との面会を終えた紗月姫は、来賓や学友との時間に追われるだろう。
 その前に労いの挨拶をしてこようとした二人だが、グラスのシャンパンを飲みほして学はふと気付いた。
「ん? そろそろ田島が涼香さんと到着する時間じゃないか?」
「え? もうそんな時間?」
 時間を確認しようとした学より早く、彼のポケットから懐中時計を引っ張り出したのは美春だ。
「やだ、ホントっ。もう涼香が来る時間じゃない」
 パーティーには信と涼香も招待されている。ただ、涼香が妊娠初期の大切な身体である為、出席は体調次第という事になっていた。幸い今日は悪阻(つわり)も酷くは無いらしく、時間は少々ずれるが出席するという話を聞き、美春は涼香に会えるのをとても楽しみにしていたのだ。

「紗月姫ちゃんへの挨拶は俺がしておくから。美春は涼香さんを出迎えに行っておいで」
 美春の気持ちを察した学の言葉に極上の笑顔を見せ、美春は涼香を迎える為に会場を出た。

 涼香にはもちろん信が付き添ってくるのだが、この時の美春の頭には涼香の事しかなかったのだろう。
 ――信が聞いたら、少々いじけてしまうかもしれない……。






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後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 婚約者候補達の紹介から始まりましたが、もちろんこの三人、『迷宮~』をお読み下さった方々にはお馴染みだと思います。
 
 妊娠中なうえ、今回はサブメインの座を譲ってしまっているという事で、もしかしたら出番が無いのでは? と危惧されていた涼香ちゃんですが。
 とんでも有りません。
 サブの座を譲っていたって、彼女の出番はありますとも。

 久々に会う親友を出迎えに向かった美春ちゃん。
 ですがその前に、彼女は、運命を狂わされたとある女性に出会います。

 では、次回!!





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