「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第4章≪辻川の刃≫・4

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 涼香に妊娠報告を受けたのは三月だった。
 「やっちゃった……」恥ずかしそうに笑っていた彼女。それでもその顔は幸せに輝いていたのを覚えている。
 避妊に関しては真面目に取り組んでいたはずの二人から聞いた報告。それは最初、“失敗”した結果なのかと思われた。
 それが信の希望であり、二人で決めた未来なのだと知った時、学も美春も心から祝福した。
 涼香はまだ菱崎姓だが、妊娠中期の安定期に入ったら、入籍と結婚式を同時にするそうだ。そしてその時には、信も最終試験に合格して、弁護士の資格を得ている事だろう。

 その後一度だけ会ってはいるが、悪阻が辛そうだった。無理をさせてはいけないと直接会うのは控え、時々電話で話す程度に留めていたのだ。なので、今夜会えるのを美春はとても楽しみにしていた。

「美春様? 何かお急ぎの御用ですか?」
 信と涼香を迎えようと邸のエントランスホールへ出た美春に、背後から声がかかった。
「どうされました? そんなにお急ぎになって」
 心配そうに駆け寄って来た青年を見て、美春は足を止める。考えてみれば、イブニングドレスのスカートを両手で掴み上げ、そのスタイルには似合わないスピードで大広間を飛び出して来たのだから、目に付かないはずもない。
 美春はスカートを下ろし、恥ずかしそうに微笑んだ。
「もうすぐお友達が到着する予定だったものだから、つい慌てちゃって。『はしたない』って怒られてしまうわね。ごめんなさい、水野さん」

 美春の優美な雰囲気からは想像が出来ないような可愛らしい笑みを目の前にして、章太郎は逆に照れ臭そうだ。
 辻川邸にやって来た時は、いつも執事の水野か、その息子である執事補佐の章太郎が出迎えてくれる。彼は紗月姫のお付きであり、また神藤とも親しいらしいので美春も良く覚えている。
「そうですか。お急ぎになっていたので何かあったのかと思いました。――お出迎えは、田島様と菱崎様ですね?」
「ええ。そうよ。あ、もしかして、来ていないのは二人だけなの?」
「いいえ。まだ百名ほど来邸なさっておりません」
「……よくお分かりになりましたね? 私のお友達……」
 美春が信や涼香と一緒に居る場面を、章太郎が見た事は無いだろう。美春の友人関係など彼が知っているはずもないのだ。
 章太郎は当然の事の様に笑みを作る。そしてその口から出た事実は、美春を驚かせた。
「御来賓の皆様に関するデーターは、全て把握しております。お名前から御容姿、交友関係まで」
「……凄い……。何百人もいるのに……。お付きの方々は、皆さんそうやって覚えているの?」
「いいえ。これは“私の”役目ですから」

 考えてみれば、彼は将来辻川家を取りまとめる執事になる男だ。
 何百人単位のデーターを把握出来る位の能力と機転が無くては、務まるものではないのかもしれない。
 そう思うと学を思い出す。彼も本社支社傘下企業にいたるまで、数千という社員のデーターを把握している男だ。
 学はもともとIQ自体が高いので納得出来るところもあるが、章太郎の場合は、置かれた環境ゆえに訓練された能力なのだろう。辻川財閥令嬢のお付きなのだ。常人とは一線違うところがあっても当然なのかもしれない。

「外の通路まで、私がお供致します。貴女の様な淑女がお一人で夜闇に踏み込んでは、それを見た紳士が悪い気持ちを起こさないとも限らない」
 章太郎は美春の前に跪き、右手を彼女の前へ差し出した。
 来賓が車を降りる通路までエスコートしてくれるという意味合いなのだろうが、その言い回しが何とも照れ臭い。だが洗練された環境下で育って来た彼が言うと、無理をしているような印象を受けないから不思議だ。
 思えば学も、神藤の立ち居振る舞いと雰囲気があまりにも完璧過ぎる事に疑問を持った事から彼の調査を始めている。やはり、生まれながらに持つ雰囲気というものは隠しきれないものなのだろう。
「有難う。水野さん」
 頬を染めた美春が右手を預けると、章太郎も微笑んで彼女の手を軽く握り立ち上がった。
「さぁ、こちらへ」
 章太郎が美春を促し歩き出そうとしたその時……。

「どうして入れないの!? おかしいでしょう!?」

 女性の金切り声がエントランスホールに響いた。
 美春と章太郎が同時に目を向けたのは、丁度出入り口となる大きな扉の前だ。そこでは招待状を確認し来賓のチェックが行われている。
 確認にあたっているのは、警備員が二人と紗月姫のお付きらしい男が二人。四人の男にくってかかっているのは、何と一人の少女だ。何故少女だと分かるかといえば、紗月姫と同じ西海女子学園の制服を着ているからだ。
 制服も正装の代わりにはなる。決して正式の集まりに着て来てはいけない訳ではないが、この場にはあまりには不似合いではないか。
「美春様、少々お待ち願えますか?」
 章太郎は美春に断りを入れ、その場へ足を向けた。西海女子学園の制服を着ているという事は紗月姫の学友なのだろう。招待客ならば章太郎は彼女が誰なのかが分かるはずだ。彼なら、この場を治める事が出来るのかもしれない。
 やはり章太郎は彼女を知っているようだ。近付きながら穏やかに声をかけた。
「如何なさいましたか? 成澤様」

 章太郎が口にした名前に、美春は聞き覚えがある。それも最近、企業家の間では話題になっている名前だ。

 ――急激に衰退の一途を辿っている、“成澤ホールディングス”と。

「咲月様よ……」
「あの方、学園をおやめになったはずだけれど……」
 美春の傍に立っている二人組の少女が、同じく金切り声に驚いてその光景を見ている。二人の声は明らかに不快を表す物だった。
「退学した学園の制服を着てここへいらっしゃるなんて……人格を疑いますわね」
「それよりも、よくも紗月姫様のパーティーに来られたものだわ。先月、紗月姫様が体調をお崩しになったのは、あの人のせいだと聞きましたわよ?」
 少女達の噂話を後ろに聞きながら、美春もその光景に見入った。

 かつて綺麗に巻かれていた髪は無造作にうねり、血色の良かった白い肌は色を失い、メイクの欠片もない唇は青ざめる。気高く伸びていた背筋は肩を落とし、幾分彼女を小さく見せた。しかしその目は、以前のままの気の強さで、近付いてきた章太郎を睨み付けたのだ。 
「わたしは招待状を持っているのに、どうして入れてもらえないの!? 招待状は偽物なんかじゃないわ! それとも、破産した家の人間はお断りだとでも!?」
 成澤咲月は皮肉を込めてわめき散らすが、章太郎は取り合わなかった。警備員が咲月から渡された招待状を彼に渡し、招待状の番号が確認出来ない旨を伝える。
 招待状には、招待客を特定するために通し番号が付けられ、個人の情報が登録されている。咲月が持って来た招待状は、その番号が無効になっているのだ。
 章太郎は渡された招待状の裏表を確認し、確かに辻川側が用意した招待状である事を確認してから、記載された番号を見詰めた。

 彼の中で記憶が動く。
 考え込む時に一瞬見せる無表情は、まるで彼が機械にでもなってしまったかのように冷たい。

「恐れ入りますが、成澤様。この招待状の番号は、取り消されております」
 人間の温かさを取り戻した表情で、彼は冷たい機械の声を出す。
「招待状の差し替えが行われております。違う招待状を受け取ってはおられませんか? 貴女の登録はそちらになっておりますので、この招待状では中にお招きする事は出来かねます」

 咲月はハッと目を見開いた。
 “あの日”、神藤の気を引く為に招待状を失くしたと嘘をつき、新しい物を受け取っている。
 しかしその招待状は、“あの日”の衝撃と憤りで、粉々に破り捨ててしまっていた……。






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後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 さてさて。
 覚えてますか? 成澤咲月さんです。『迷宮~』の方では学園での事件の後は出番がありませんでしたから、この辺りは『理想~』ならではのストーリーになります。

 嫉妬から出た煽りと愚行が、彼女の運命を変えました。
 彼女は、パーティーに出席する目的だけでここへ来たのでしょうか。プライドが高いはずの彼女が、落ちぶれた姿を晒してまで……。

 章太郎さんは、意外と凄い人なんですが、あちらのお話では“凄いところ”は出てこなかったんですよね。^^;
 彼の“凄いところ”は、後々もお見せします。
 取り敢えず今は、咲月さんの件を何とかしましょう。
 あ、次は涼香ちゃん出ます。^^

 では、次回!!





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