「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第4章≪辻川の刃≫・13

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「そういえば、今日は神藤君の姿が見えないですね」
 何気なく気付いた事を口にしたのだろうが、久我山の質問は紗月姫の心を揺さぶった。
「……ええ。今日は、本部へ行っています。……本部での仕事も、持っていますから……」
「そうですか。……でも、紗月姫さんの体調が思わしくない時に行くなんて……」
「少々気分が優れないだけですわ。病気ではありません」
 視線を下げ、切なさに膝で握り締められる両手を見詰めていた紗月姫だが、その上に久我山の掌が翳(かざ)されたのを見て、何事かと顔を上げた。
「気分が優れないのだって、心の病気ですよ。そんな時に、苦しさに耐えている自分を見てはいけません。苦しくて手を握り締めても良い、けれどその手を見てはいけないという事です。余計に苦しさを感じてしまいますよ」
 そこには、穏やかな笑みを浮かべる久我山がいた。
 御機嫌伺いにやって来た彼と客間で話をしていたのだが、いつの間にか立ち上がってソファに座る紗月姫の前に来ていたのだ。
 久我山の言葉は、心療内科医としての意見なのかと思われたが、彼はすぐに物柔らかな笑みを照れ臭そうに変えた。
「手ではなくて、僕を見てはもらえませんか? 今日来てから、一度も紗月姫さんと視線が合わない」
「……あ……」
 そういえばそうかもしれない。午後からやって来た久我山だが、彼の顔をまともに見た覚えがない。
「ごめんなさい……。せっかく来て頂いたのに」
 紗月姫が久我山に視線を据え、笑顔を見せると、彼はかざしていた手をどけて「どういたしまして」と相変わらずの笑顔を保った。

「今日は紗月姫さんが学校をお休みしていると聞いたので、お見舞いがてら来てみましたが、神藤君がいないのは残念でした。紗月姫さんの体調が思わしくないのなら、彼が付いているものだと思ったのですが」
「あら? 久我山様は私ではなく、神藤にお会いになりたかったの?」
「はい。彼に、紗月姫さんが小さかった頃のお話を聞きたかった。さぞ、お可愛らしかった事でしょうね」
 少々皮肉っぽい言葉も、久我山は穏やかに返す。
 余裕のある態度を見せたまま、彼は望みを口にした。
「近いうちに、彼ともじっくり話をしたいと思っているんです。何といっても彼は、紗月姫さんのお気に入りですから。紗月姫さんに気に入って頂く為には彼とも仲良くしておかないとね。……なんて、そんなズルイ事を考えているんですよ、僕は」
 自分の下心を惜しげもなく晒し、久我山は紗月姫の笑いを誘う。
 紗月姫は小さな笑い声を上げるが、心の中では彼の言葉を否定した。

(無理よ。神藤と話なんて出来ないわ……)
 そう考えると、大きな悲しみが彼女を襲う。

 総司は神藤に、紗月姫の傍に近付くことを禁じた。

 いっそ“お世話役”の役目を解いてしまった方が早いが、神藤が任を解かれるのは、婚約者が正式決定をする日だ。
 今すぐ離してしまっては、周囲が「何かあったのだろうか」と怪しんでしまう。
 表向きお世話役のままではあるが、決して二人きりになってはいけない。行動する時は、必ず他のお付きも付ける。そして今までの様に、擁護する意味でも紗月姫の身体に触れてはいけないと……。

 神藤がこの十八年間、常に紗月姫の傍に居られるようにと彼女の部屋の隣に与えられていた部屋も、午前中のうちに移動させられてしまったのだ。

 残された時間、紗月姫と神藤が想いを交わし愛を語らう機会は、全て取り上げられてしまった……。

「また明後日にでも来ますね。その時には、もう少し御気分が良くなっていると良いですね。神藤君もいてくれると嬉しいな」
 神藤に好意的な言葉をかけてもらえるのは嬉しいはずなのに、今は彼の名前を聞くだけで切なくて涙が出そうだ。
 紗月姫は、終始作り笑いで久我山を見送った。

「神藤……」
 名前を呼ぶと涙が浮かぶ。
 脳裏には彼の姿が浮かび、どうして傍にいないのかと心が叫んだ。
 こんなにも好きなのに、何故一緒にいてはいけないのだろう。

「……煌(あきら)……」
 部屋で一人、これからの自分を悲観し泣き崩れる紗月姫。

 今、彼女の悲しみに手を差し伸べてくれる者は、傍にはいない……。


*****


「久し振りだねぇ。葉山君がいなくなるなんて」
 涼香のメロンクリームソーダーは、相変わらず綺麗だ。
 大抵はアイスの白がソーダーの緑を濁らせてしまうものだが、彼女の拘りはそれを許さない。
 濁る前にアイスを食べてしまう為、ソーダーはいつもクリアな透緑色を保っている。妊婦になろうと、そのテクニックは衰えてはいない。
 いつもながらと感心して涼香の手元を見ていた美春だが、せっかく彼女が訊ねて来てくれたのだ。顔を見てなきゃ損とばかりにカフェの椅子を座りながらずらし、涼香の横にぴったりとくっついた。
「なぁに? 美春」
「んふふっ、涼香が会いに来てくれて嬉しいのっ」
「やぁねぇ、私だって嬉しいわよぉ」
 美春が肩に頭を乗せると、涼香がその頭を撫でる。昔から涼香は美春に甘えられるのが好きだ。ついつい撫で方にも力が入る。
「葉山君が海外出張だっていうから、美春が寂しがって泣いてるんじゃないかと心配だったのよ。でも、思ったより落ち込んでなくて良かったわ。昔はメソメソしてたもんね」
「言わないでよぉ。恥ずかしいなぁ」

 学には、念の為に信悟が弁護士として同行している。
 義父が日本にいなくなる理由を、信は涼香に学の海外出張に同行するのだと教えた。ただ、どんな仕事なのかは伝えてはいない。
 それを聞いた涼香は、学に置いて行かれた美春が、また学生の頃の様に泣いているのではないかと心配になり、悪阻の気持ち悪さも忘れて駆け付けて来た、という訳だ。

 丁度昼食の時間がずれていたので、美春は会社近くのカフェで、涼香と一緒に遅い昼食をとっていた。
 涼香の優しい気持ちが嬉しくて堪らなくて、美春は涼香と会ってから笑顔が絶えない。
「美春の顔見てるとさ、悪阻も忘れるよ、ホント」
「そぉ? じゃぁ、もっと見て見て。ほらほらっ」
 美春が嬉しいと涼香も嬉しい。同じくらい笑顔の絶えない涼香に、キスせんばかりの近さまで顔を近付けると、涼香は「うんっ、見るー」と言いながら、美春の両頬を押さえて更に顔を近付けた。

 二人なりのジャレ方なのだが、一応の為と様子を見に来た須賀が、その姿に少々おかしな妄想をしてしまい、一歩引いた……。


*****


 美春と別れた涼香は、近くの和菓子屋で買い物をしてから、タクシーを拾おうと歩道の端に立った。
 反対車線には多いのだが、なかなかこちら側の車線にタクシーが来ない。身を乗り出して車道を覗いていると、いきなり後ろから腕を引っ張られた。
「きゃっ……!」
 何かと驚いて振り向くと、ダークグレーのスーツに身を包んだ、背の高い見目好い青年が彼女の腕を掴んでいる。
「駄目ですよ。そんなに身を乗り出しては危険です」
「あ……、すいません……」
 どこかで見た事があると感じたが、考えるより先に青年が素早く手を上げ、反対車線を通るタクシーに大きく手を振って合図を送ってくれた。タクシーは近くの十字路で回り、こちらへ向かって走ってくる。
「すみません。有難うございます」
「お気をつけて」
 涼香が礼を言うと、青年はニコリと笑い、彼女の手を取ってタクシーに乗せてくれたのだ。

 タクシーを見送ると、青年の表情が機械の様に冷たく変わる。
「菱崎涼香……」
 口に出し記憶を辿って、彼女が“標的”の親友である事を再確認し、章太郎はニヤリと口元を歪ませた。








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**********

後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 やっぱり二人は引き裂かれてしまいました。
 当然といえば当然ではありましたが……。
 久我山さんは優しい人みたいですが、紗月姫ちゃんのお気に入りにはなれるのでしょうか。
 これから、紗月姫ちゃんと神藤さんは、どうなってしまうのでしょう。

 そして、美春ちゃんを心配してやって来た涼香ちゃん。
 この二人は仲良しですからね。女子校のノリでベタベタしますし。須賀さんがびっくりするのも当たり前か。(笑)
 ですが、その涼香ちゃんを見ていたのは章太郎さんです。
 さて彼、何を考えているのでしょう。
 第4章もラスト近く。
 何か、起こるかもしれません。

 では、次回!!





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