「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第4章≪辻川の刃≫・14

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「何見てるの?」
 控え目な声が須賀の手元を覗き込む。それと同時に彼の横には、大きなマグカップに淹れられた特製コーヒーが置かれた。
「有難う、悠里ちゃん」
 どんなに忙しい仕事を持ち帰っても、コーヒーを出した時には必ず手を止めてお礼を言ってくれる彼。
 市橋悠里(いちはしゆうり)はそれが嬉しくて、構って欲しい時にわざとコーヒーを出したりもする。――実は、今もそうだった……。

 仕事を終え、須賀が帰った所は自分の住むマンションではなく、恋人である悠里のアパートだった。
 食事を終えてから、持ち歩いているノートブックを開き仕事らしき事を始めた須賀を見て、少し待ってからコーヒーを淹れたのだ。
 モニターには地図が映し出され、発光アイコンが自己主張している。地図が苦手な悠里としては、そこが何処なのかも分からない。そこで、この地図はどこを示しているのかと訊ねてみたのだが、返ってきた答えを聞いて絶句した。

「これはね、光野さんに渡してある携帯のGPSだよ。……うん、家に帰っているみたいだ」
 須賀は平然と答えるが、悠里は訳が分からない。何故須賀が美春にGPS付きの携帯など渡しているのだろう。
 須賀が美春に憧れているのは知っている。しかしそれは、あくまで手が届かないアイドルを見るような感覚で有ったはずなのだが……。
 呆然としている悠里を見て、須賀は彼女が言いたい事を悟ったらしい。マグカップを持ち上げ、苦笑いをして見せた。
「“特別任務”」
 その一言で、悠里は事情を悟る。
 すぐに分かったのは、二人が出会った一年前、そして、彼がハッカーなのだと知った昨年末、“特別任務”を間近で見ているからだろう。
「美春さんに、何かあったの?」
 横に正座をして心配そうに訊いてくる悠里の頭をポンッと撫で、須賀は笑って見せた。
「ないように、見張ってるんだよ。オレと櫻井さんと。もう一人、専務の右腕が。専務が帰ってくるまでね」

 これ以上、悠里に心配をさせたくはない。そう思った須賀はキーボードから手を離した。
「さっ、悠里ちゃん、もう寝ようか? 明日は、仕事が早番なんだろ?」
「あ、うん……。でもいいの? 須賀さんの“特別任務”……」
「大丈夫だよ。光野さんは家へ帰っているし、多分櫻井さんも家から確認しているだろうし。何かあるとは限らないから」
 頭を撫でた手で肩を抱き、そのまま抱き寄せる。

「それに、今日で六十五回目だろ?」

 須賀の囁く声を耳に、悠里は赤くなってしまった。

 二人で一緒に過ごす夜が百回目になったら、結婚しよう。
 それが二人の約束なのだ。

「じゃぁ、私、明日は須賀さんのお部屋で夕飯作って待ってますね」
「うん、ハンバーグがいいなぁ、オレ」
「チーズ乗せるね」
 楽し気に明日の予定を話し合い須賀の腕の中で笑っていた悠里だが、ふと笑うのをやめると、須賀の背にしがみ付き小さな声で呟いた。
「……危険な事は、しないでね……」

 それは彼女の、微かな予感だったのかもしれない。
 不安を訴える彼女を抱き締めて、須賀は静かにパソコンを閉じた。


*****


 丸一日を過ぎても、学からの連絡はなかった。
 移動や手続きで大変なのだろう。彼が連絡を出来るようになるのは、それこそ女王との謁見が済んでからかもしれない。
 期待はしていなかったが、連絡が無いとやはり寂しさを感じてしまう。
 そして、一日に一度、学の声だけでも聞けないと美春が落ち込んでしまうという事を、嫌というほど知っている人物がいる。

『そっか、やっぱりまだ電話は来ないんだ』
 慰める優しい声が受話器の向こうから聞こえる。美春はついその声にすがり付きたくなった。
「うん、でも平気。学も頑張っているんだろうし。私も片付けなくちゃならない仕事がいっぱいで、落ち込んでいる暇なんか無いもん」
『ホント? 寂しくてご飯も喉を通らないなんて言わないでよ?』
「残念でしたー。お昼ご飯は社食で吐くほど食べたわ」

 涼香と話すと、やはり気持ちが落ち着く。昨日に引き続き美春を心配して電話をくれた事に、涙が出そうなほど嬉しさを感じてしまうのだ。
 専務室で仕事をしていた美春に、涼香からの電話が入ったのは十五分ほど前。
 心配してかけたものではあるが、やはり仕事中なので長電話はいけないと気を遣った涼香が「また、かけるね」と嬉しい一言を残し、二人は電話を終えた。

「ありがと……、涼香」
 受話器を胸に呟き、美春の表情がほころぶ。
 勇気付けてもらったイイ気分のまま仕事を再開しようとした時、ドアからノックの音が響いた。
「どうぞ」
 受話器を置き、声をかける。専務が留守である事は関わるほとんどの社員が知っているので、今ここを訊ねて来るのは櫻井か須賀くらいだろう。
 気楽に考えていた美春だが、入室して来た人物を見て目を瞠った。
「失礼致します。美春様」
 丁寧に一礼し入室して来たのは、辻川家の執事補佐である章太郎だったのだ。

「水野さん……?」
「お迎えにあがりました」
「……迎え?」
 美春の眉がピクリと動く。これはどう考えたら良いのだろう。
 章太郎は紗月姫のお付きだ。“紗月姫からの迎え”だと考えられるなら何も問題はない。
 しかし彼は、同時に辻川家の執事補佐でもあるのだ。
「旦那様が、美春様とお話をしたいそうです」
 美春は表情を固めた。それは彼女が、一番警戒すべき人物の存在ではないか。
「何のお話ですか? 今は仕事中ですから、お話なら……」
「美春様とお話が出来ないのなら、“お友達”と話をすると、旦那様はおっしゃっています」
「……お友達?」
「昨日もお会いになっていたようですが?」

 耳に“友達”の声が蘇る。目の前にいなくとも、脳裏に焼き付いている笑顔を思い出す。
 頼り甲斐のある、姐御肌の優しい友人。

「……涼香……」
 美春の声が震えた。しかし動揺する美春を感じてはいても、章太郎は淡々と任務を遂行する。
「菱崎様の元へも、今頃迎えが行っている頃かと思います。同じく、統括本部へお招きする予定です」
「どうして……、涼香を……」
「美春様は賢い方だ。私が無駄な話をしなくても分かって頂けるかと」
 水野がニヤリと笑う。美春が見た事のある、品の良い穏やかな笑みではない。パーティーの時に一瞬垣間見たような、機械の様な笑みだ。

 美春はゴクリと乾いた息を呑み、眉をひそめて章太郎を見据えた。
「……私が、総帥との話し合いに応じれば、涼香は戻してくれるんですね?」
「はい。お話し合いが終わりましたら、早急に。それまでは、別室で待機をして頂きます。菱崎様が身重である事は存じておりますので、決して負担にはならぬよう取り計らわせて頂きます」
 美春はゆっくりと足を進め、章太郎の前に立った。
「行きます」
 章太郎の笑顔が穏やかな物に変わる。彼はその表情で、美春に片手を差し出した。
「携帯電話などは私にお預け下さい。お帰りの際にお返し致します」
 美春はスーツのポケットからスマホを取り出し、章太郎に手渡す。彼はそれを受け取ると、そのまま美春の手を取りエスコートして専務室を出た。

(気付いて……。お願い)

 美春はただ、心の中で願う。
 反対側のポケットでその姿を潜めている、須賀から預けられた携帯電話が、この事態を知らせてくれる事を。






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後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 須賀さんと悠里さんは65回目です。
 100回も近いですね。(*´艸`*)

 なんて、浮かれてる場合じゃありませんっ。←
 ついにお迎えが来てしまいました。それも、警戒していても必ず美春ちゃんが出向かなくちゃならない方法で。
 涼香ちゃんの様子を探っていたのは、この為だったんですね。

 美春ちゃんがひとりで、総司さんと対峙します。
 どんな話がされるのでしょう。
 波乱を含んで、第4章、ラストです。

 では、次回!!





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