「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第5章≪囚われの姫君≫・2

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 美春は、辻川の人間を警戒しているはずだ。
 紗月姫や神藤などは例外だが、もしも辻川の人間が迎えに来たとしても、簡単に着いて行く筈がない。
 それなのに就業時間内に連れ出されたという事は、美春が行かなくてはならない、何かが有ったと考えるのが妥当だろう。

 スマホを腰のホルダーへと収め、櫻井は須賀に視線を移した。
「須賀さん、今日はデート?」
「へ? いや、デート、ってほどじゃ……。部屋には来る事になってるんですけど……」
 今日の悠里はカフェの仕事が早番なのだ。仕事が終わったら、夕飯を作って待っていてくれると昨日言っていた。
 遅くなるかもしれないと、伝えておいた方が良いだろうか。もちろんそんな事にはならないのが一番良いのだが、携帯を破壊された様子から察しても、簡単に事が運ぶとは思えない。
 連絡を迷っている須賀ではあったが、櫻井のひと言で腹を決めた。
「遅くなる……いや、帰れないかもしれない、って、伝えておいた方が良いんじゃないか?」
「――帰りたいなぁ。今夜、ハンバーグなんっすよ」
 冗談半分口にしながら、須賀はポケットからスマホを取り出す。

「……俺も、帰りたいよ。……出来れば」
 ポツリと呟いた櫻井の声は、エレベーターが地下駐車場に到着した事を告げる音に、掻き消された。


*****


「あら? メール来てる」
 来室社がいなかった事にホッとしつつ処置室へ戻った冴子は、デスクの上に置きっ放しだった携帯にメールの着信を見付けた。手に持っていた白い紙袋を置き、代わりに携帯を手に取る。
 ほんの五分程度ではあるが、処置室の並びにある薬局で買い物をして戻ったところなのだ。
 本当は終業時間近くに行こうかと思っていたのだが、どうしても気持ちが急いてしまって、目的の物を手に入れずにはいられなかったのだ。


「あら? りっくん」
 着信が櫻井である事に、冴子は首を傾げる。就業時間内にメールなど珍しい。どんな小さな用事でも、必ず処置室までやって来る彼が。

≪特別任務発動。多分遅くなる。先に寝てて≫

 携帯を持つ手がピクリと震えた。それは、特別任務として彼が何をやって来たのか、冴子も話を聞いて知っているからだろう。
 ゾワリとした、何かの予感を感じさせる不安が全身を粟立たせたが、冴子は軽く首を振って携帯をデスクへ置いた。

「今夜試そうと思ってたのに……。一緒に見て欲しかったんだけどなぁ……」

 視線の先にある白い紙袋。その中身を思い浮かべて、冴子は諦めの笑みを浮かべた。


*****


 音楽が途切れ、美春は見ていた雑誌から顔を上げた。
「……まただわ……」
 室内には、今までクラシック音楽が流れていたのだ。邪魔にならない心地良い音量だったのだが、明らかに途中で途切れてしまった。
 数分前にも、同じような事が有った。涼香と話をしている時には感じなかったが、数分間音楽が流れた後に数分間途切れ、そしてまた同じ事が繰り返される。
 BGMは勝手に流されているのだが、何を目的にこんな流し方をしているのだろう。

 どことなく薄気味悪い雰囲気に、背筋が冷える。
 柔らかな毛足の長いロングムートンカバーが掛かったソファはとても温かく、黙って座っていたら眠ってしまいそうな心地良さだというのに、美春はジワリと冷や汗が浮かび、身体が冷えるのを感じた。
 雑誌を膝の上で閉じ、軽く吐息する。時間を潰すとしたら、唯一本を読むくらいしか手段が無い部屋ではあるが、本棚が有ったのは幸いだった。お陰でほぼ時間を忘れられた。
 美春は腕時計に視線を移すと、この部屋に入れられて二時間が経っている事に気付き、思わず窓を探した。

「そうだ……。窓が無いんだ……」
 この部屋には窓が無い。外の様子は一切分からないので、夕方になっていても気付く事が出来なかったのだ。
 会社に居れば、終業時間を過ぎた頃だ。残して来てしまった仕事も気になるが、家の事も気になる。
 学が居ない間は、会社の往復を父と一緒にする事になっていた。今朝も、大介を迎えに来た社用車に同乗して来たのだ。
 しばらくの間美春が一緒なので、妙に大介がご機嫌だったのを思い出す。帰りはケーキを買って帰ろうかと、車の中で話をしていたのだ。
 だが、スマホは取り上げられ、携帯も壊された。これでは誰にも連絡など出来ない。

 ――皆に、心配をかけてしまうではないか……。

 そう考えると、急に憤りが湧き出してくる。
 更に、美春の心を動かすには他人を利用するしかないと言った総司の言葉を思い出し、抑え切れない衝動が彼女を襲った。

「何なのよ! もうっ!」
 両掌が雑誌ごと膝を叩く。そんなに強く叩いた訳ではないのだが、その音は妙にその場でだけ反響した。
 しかしその雰囲気に、美春の動きが止まる。彼女は天井をぐるりと見回し、続いて壁に目を走らせる。そしておもむろに顔の前で両手を打ったのだ。
 それを数回繰り返し耳を澄ます。とある確証を得て、ソファサイドに置かれたテーブルに、力強く雑誌を叩き付けた。
 直後、耳を澄まし、美春は眉を寄せる。

「ここって……、無響室だ……」


*****


 表向きお世話役とされていても、紗月姫と神藤は二人きりになる事を禁じられている。
 昨日今日と体調が思わしくないという事で学校を休んだ紗月姫は、一日中部屋へこもっていた。
 神藤は朝から総司に付かされ、共に統括本部へと行ってしまった。
 今朝、章太郎と共に朝の挨拶に来て、ほんの数分間彼の顔を見たきり、声も聞けないまま半日が過ぎようとしている。

 統括本部も通常の勤務時間は終わった頃だ。神藤も帰って来るだろうが、総司の許しが無い限り、紗月姫の元へ帰宅の挨拶をしに来る事は出来ない。
 だが、紗月姫が表向き総司を出迎えた振りをして、神藤に声をかけに行く事は出来るのではないだろうか。

 例え、数秒でも良いのだ。例え、ひと言ふた言でも良い。
 彼の顔が見たい。彼の声が聞きたい。彼に、笑いかけて欲しい。

 今まで当然の様に紗月姫の手元にあったもの。それを求めても得られなくなっている自分に、涙が浮かぶ……。

「昨日より御機嫌は良いのかと思ったのですが、そうでもないのかな?」
 切ない想いが胸中を駆け抜けていく。
 目頭が熱くなりかかっている紗月姫に優しい声をかけたのは、穏やかな雰囲気で彼女の心に入り込もうとする、久我山だった。







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**********

後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 本日は、お傍付きが揃って何か訳ありみたいですよ。
 櫻井夫人が何を買って気にしていたのかも気になるところではありますが……。それも後ほど。
 
 無響室に軟禁された美春。こんな場所に閉じ込められた理由は。
 そして、紗月姫の傷付いた心に取り入ろうとする、久我山のとんでもない思惑が明かされます。

 では、次回!!





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chieさんへお返事です4/16


 chie さん、こんにちは!

 わっ、わざわざ調べて下さいました!?
 凄いとこでしょう。(^_^;) んもぅ、なんてところに入れるのよっっ。(←お前だ)

 冴子さんの袋の中身は、後々出て来ますよ。
 ちょっとだけ、幸せの予感……かな?

 有難うございました!!

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