「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第5章≪囚われの姫君≫・4

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 久我山が部屋を出ていくと、若いメイドが一人入って来た。
 ティーカップを片付ける為に入ったようだが、久我山の物はともかく紗月姫が全く口をつけていないのを見て、戸惑いの表情を見せる。
「あの……、お嬢様? 何か、違うジュースでもお持ちしますか?」
 紅茶が冷めてしまったからではない。神藤以外、紗月姫の好み通りに紅茶を淹れられる者はいないのだ。その為、彼以外が淹れた紅茶を、彼女は滅多な事では口にしない。その事を屋敷の誰もが知っている。
 当然、出されていた物が気に入らないから口を付けてくれないのだろうと察したメイドだったが、その思惑は裏切られた。
 紗月姫はティーカップを手に取り、ぬるくなった紅茶を一気に飲んでしまったのだ。それも驚く事に、立ったまま。
「喉が渇いていたから美味しかったわ。淹れてくれたのは誰かしら? お礼を言っておいて頂戴」
 ソーサーごと差し出し微笑むと、メイドは慌ててそれを受け取り、「はいっ」と引きつった返事をして部屋を出ていった。
 入れ替わりに入って来ようとしたお付きに、自室へ戻るが供は要らない旨を告げ、客間を走り出た。

 “良い人”の仮面を外した久我山。
 あの豹変ぶりはショックであるはずなのに、何故か紗月姫の心には確固たる決意が生まれている。
 彼の態度を見て、自分が口にした言葉を再確認したのだ。

 四人目の候補者は、間違った事が嫌いな人間だと……。

「……そうよ、……学さんは……」
 紗月姫は長いワンピースの裾を軽く持ち上げ、小走りで階段を駆け上がる。階下で彼女の様子を見ていたメイド達が、走っては危ないからやめてくれるように声をかけるが、紗月姫はお構い無しで上がり切った。

「学さんが……、こんな馬鹿な話に乗るものですか……」

 会社の為。地位の為。自分の為に。永遠の愛を誓った美春を捨てて有益な結婚を望む。
 学が、そんな事をするはずが無いのだ。
 彼がどんな人間であるか。どんな考えを持った男性であるか。幼い頃から彼を兄の様に慕い育った紗月姫は、それをよく知っている筈だったのに……。

 婚約者候補の出現。二人の死。神藤に対するお世話役解任予告。
 心を揺るがす出来事が次々に起こり過ぎて、紗月姫は真実が見えなくなっていた。
 総司への失望が重なり、学さえも信じる事が出来なくなっていたのだ。
 神藤だって言っていたではないか。学には、何か考えがあるのだと。信じなくてはいけないと。

 紗月姫に対して取った、あの辛辣な態度には、何か理由があるのだ。
 徹底して四人目である彼を遠ざけ、幻の五人目を臭わせた学。

「何を考えているの……」
 紗月姫は自室へ入ると、後ろ手にドアを閉め、そのまま寄り掛かった。
「……学さんは、裏切ってなんかいない……」
 口に出すと、学を信じる様に教えた神藤の陰が過る。
 学を信じる事は、神藤を信じる事だ。

 予測不能な男。しかしそれを、決して違(たが)えた事は無い。
 それが葉山学ではないか。それを、紗月姫はよく知っている。

「学さんを……信じるわ。……神藤」

 強く握った両手を胸に、紗月姫は心を決める。
 触れる事を禁じられた、愛しい人を想いながら。


*****


「すぐにお茶も出さずに失礼致しました。ただ今、お食事の用意をさせていますので、ひとまず紅茶でもどうぞ。お寛ぎ下さい」
 相変わらず好青年を思わせる声だ。
 しかし美春はその声に耳を貸す事も無く、ソファに座ったまま章太郎から顔をそむけ続けた。
 美春の視線を貰えないまま、章太郎はワゴンの上で紅茶を淹れ、ソファ横のサイドテーブルに置く。見てもらえてはいないと分かってはいても、その表情に笑みを絶やす事は無い。

「お茶もお食事も結構です。早く帰してもらえないかしら。会社に戻らなかったら、上司や家族がおかしく思うわ」
「御心配には及びません。美春様が所属なさる秘書課の室長には、訪問先で接待を受けている旨を連絡してありますし、お父様やご自宅の方にも、“辻川財閥の用事で、お嬢様をお借りしている”との旨、報告済みです」
「……手回しが良いのね……」
 皮肉である事は分かっている。しかし章太郎は、笑顔のまま頭を下げた。
「恐れ入ります」

 顔をそむけたまま、美春は下唇を噛む。だが、これだけでは足りないのだ。美春の姿が見えないとなれば、必ず櫻井と須賀が動き出すだろう。
 携帯のGPS反応が無ければ、必然的に、何かあったと悟るはずだ。
 しかし、美春の心配を、章太郎は一掃する。
「専務のお傍付きであるお二人の件も、ご心配はなさらないで下さい。もうすぐここへいらっしゃると思いますし、いらっしゃったら別室で待機して頂きます。――美春様が、旦那様の条件を快諾して下さるまで」

 美春は驚いて章太郎を見た。櫻井と須賀にも、辻川が美春を連れ去ったのだと伝えたのだろうか。
 章太郎はクスリと笑い、美春の前に進み出ると足元に跪く。驚きに見開かれた瞳を見詰め、彼の笑みは妖しさを漂わせた。
「美春様は、とても物騒な物を持たされていたのですよ? 貴女が御持ちになっていた携帯電話には、強制的に破壊された場合に警告信号が発信される仕掛けが施してあった。触った瞬間に分かりました。……ですから、破壊したのです」
「……どうして? わざわざこの場所に居ると教えている様なものじゃない」
「姫君を奪いに来る人間は、ひとまとめにしておいた方が、都合が良い。あちこちでウロウロされては、目障りですから」
 章太郎は美春の右手を取り、手の甲に唇を付けて敬愛を示す。
 それはとても心惹かれる行為であるはずなのに、何故か美春は、背筋に冷たいものが走った。

(……この人は……、いったい……)

 章太郎の判断能力は、とても機械的だ。
 パーティーの場でその片鱗は感じたが、彼はこの状況を的確に判断し、コンピューターの様な確実さで処理していっている。
 神藤も、ある意味、的確な判断を下せる人間だ。それを違えた事は無く、そして紗月姫の為なら、どんな無茶な要望でも必ずこなす。
 たとえ、不可能、と言われている事でも。

「私は、旦那様の御提案について、美春様より快いお返事が頂けるまで、貴女をここから出さぬよう、旦那様から仰せつかっております。御心に少しでも迷いが生じました時は、すぐに、私奴(わたくしめ)に御相談を。――美春様」

 章太郎の口調は柔らかく、普通ならばホワリと花恥ずかしささえ覚えてしまいそうな、紳士的な態度であるはずなのに。
 美春の額には冷や汗が浮かび、全身が総毛立った。

 これが、辻川の精鋭なのだ。
 当主一族を守る為に訓練された人間達。お世話役やお付きなどという役職名で、優しくオブラートに包まれてはいるが、それを剥がせば、完璧で機械的な精鋭達が顔を出す。

 章太郎が携帯を壊したのは、櫻井と須賀をひとまとめにしておいて、無駄な手を出させないようにする為。
 警告信号が発せられたであろう事を考えても、今頃二人はこの場所をつき止めている。

(須賀さん……、櫻井さん……、来ちゃ駄目……)

 美春は、叫び出してしまいそうな気持ちを必死に耐えた。

 ――二人は、罠にはめられに来るのだから…………。






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**********

 こんにちは。玉紀 直です。
 猜疑心でいっぱいだった所から、やっと自分を取り戻して学を信じようと決めた紗月姫。
 彼女の心に希望が見え始めた所で、逆に暗転していくのは美春が置かれた状況。
 どこまでも計算高い章太郎に、罠と気付かないまま、救出部隊がやって来ます。

 美春も、ただ軟禁されているだけではありません。
 確実に、その身に危険が迫って来ます……。

 では、次回!!




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