「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第5章≪囚われの姫君≫・5

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「二人が来たらどうするの? ……私と、“同じような部屋”に閉じ込めるの?」
 美春は声が震え出さないようトーンを抑え、章太郎に問いかけた。
 彼女が部屋の仕様に気付いたらしい様子を察し、章太郎は手に取ったまま放す事を惜しんでいた美春の手に再び唇を寄せ、今度は指先に唇付けて賞賛を表す。
「流石は美春様。良くお気付きになられました。――もちろん、同等のお部屋へ御案内致しますよ。BGMも何も無い、……静かなお部屋へ……」

 美春の手を丁寧に放し、章太郎が立ち上がる。このまま話をはぐらかされてしまうのではないかという危機感から、美春は彼の姿を目で追い、問いかけ続けた。
「ここは“無響室”でしょう? 全ての音は反響する事を許されず、その場で消失してしまう部屋。この部屋は、故意に耳に入る様に時々BGMが流されているから気は紛れるけれど、そんな物も無く、無音のままずっとこんな所に閉じ込められたらどうなるか……。あなたが知らない訳じゃないでしょう?」
 ワゴンへ移動しようとしていた章太郎は、立ち止まり、チラリと美春へ視線を落とす。
 不意に落とされたその視線は、あまりにも冷淡だ。だが、その冷たさに美春が顔色を変えた瞬間、彼の表情は何も無かったように穏やかさを取り戻した。
「もちろん。存じ上げておりますよ。無響室は、いわば“音”という感覚を精神的に奪われる世界。この部屋も、BGM無しで一時間以上平静な精神状態を保っていられた“お客様”はいらっしゃいません」
「……どうして、そんな部屋が……本部に……」
「――色々あるのですよ、大財閥ともなれば。とてもではありませんが、歓迎は出来ない、身の程知らずな“お客様”がいらっしゃる事も有りますしね……」

 これ以上の詮索は無用。彼はさっき一瞬見せた冷淡な視線を美春へ向け、この話題に対する彼女の口を塞いだ。

「これから来る二人は、人質なのね……」
 膝で両手を握り、美春は声を震わす。
「ひとまとめにしておくだけが目的ではないでしょう? 二人が案内される部屋を私に教えて、無響室に長時間軟禁される人間がどんな状態になるのかを認識させて、そのうえで、私が黙っていられる訳は無いと……。涼香の時と同じだわ。……私が、そっちの要望に応えなくてはならない状況を作り出しているじゃない」
 紅茶を勧める為にティーカップとソーサーを両手で支え、章太郎は動揺しかかる美春の声を耳に入れながら、彼女の傍へ寄っていく。目の前に立った彼を仰ぎ、視線を外さぬまま立ち上がる美春を、章太郎も同じように見詰め続けた。
「涼香を解放する条件は、私がこの部屋へ入る事だった。今度の二人を解放する条件は何? 私が総帥の条件を呑むと約束する事!?」

 この場に連れて来られたのは“話し合い”のはずだった。
 しかし違う。これは、話し合いなどではない。“決定事項”だ。
 最初から総司は、話し合う気など無い。決定した事を、美春に伝えただけだ。
 彼女がどんな抵抗をしようと、納得させてしまえば話し合う必要など無い。そして彼は、どんな手を使ってでも、相手を納得させる術を持った人間なのだ……。

「美春様は、本当に頭の良い方だ」
 ニコリと微笑み、章太郎はソーサーごとカップを差し出す。
 美春はそれを、思い切り手の甲で弾き飛ばした。
 柔らかな絨毯の上に、辛うじて割れる事を免れたカップが液体を広げながら転がっていく。ソーサーごと弾いたというのに、章太郎の手はびくともしなかった。
 そして彼の視線も、美春を見詰めたま微動だにしない……。

「美春様は……、やはり少しお疲れのようだ」
 章太郎はカップを弾き飛ばした美春の手を取り、脈を診る。その間にハンカチを取り出し、しっとりと湿った彼女の額を軽く押さえた。
「汗を掻いていらっしゃる……。息苦しいのでしょう?」
 美春は乾いた息を呑み込んだ。確かに、さっきから息苦しさと、どことなく気が立ちやすくなっている自分を感じている。

「三十分ごとにBGMで気を紛らわせてはいても、その間、二度ほど無響状態を体感していらっしゃる。気付かないうちに、徐々に心身ともに負担を感じる様になっていらっしゃる筈ですから……」

 自覚が無いまま、少しずつ美春の精神状態も乱れていく。
 音が響かない、本当の無音という世界の恐ろしさは、体験した者でなくては分からないだろう。
 このまま、美春自身が耐えきれなくなって条件に応じてしまうか、櫻井と須賀を人質にとられ、二人の身を案じて降参してしまうか、どっちが早いかというところだ。

「ですが、答えを出していないうちから、貴女に倒れて頂く訳にはいかないのですよ……」
 美春の手を放し、章太郎は彼女の顎を掴んだ。口で息をする様子を少しの間眺め、ハンカチをはらりと落とし、その手の中に隠し持っていた小さなカプセルを半開きになった口の中へ指ごと押し込んだのだ。
「……んっ……、くっ……」
 そのままでは美春の意思でカプセルを吐き出す事が出来る。それをさせない為、章太郎は彼女の顎を思い切り上げさせ、喉の近くまで指を挿し込む。カプセルを上顎で潰し、中の液体を喉に流し込んだ。

 喉を真っ直ぐに伸ばし、真上を仰がされたまま顔が動かせない。顎と口を一緒に押さえ付ける章太郎の手は、美春がどんなにあがいても放れる事は無かった。
 徐々に美春自身、抵抗する力が無くなって来たような気もする。
 何を飲まされたのかは分からない。けれど、決して美春の為になるものではないだろう。

 章太郎の手が離れた。逃れるチャンスだと思考は叫ぶが、身体はその場に崩れ落ちる。
 床に膝が付き、上半身はソファの柔らかなムートンに捕まった。 
 意識が朦朧としていくのが分かる。息苦しさは無く、逆にふわりとした、どこか陽気立つような浮遊感を覚えた瞬間……。

 ――美春は、意識を手放した……。

「貴女に、先に倒れられては困るのですよ。貴女には、精神的にも“無傷”でいて頂かなくては……」

 ソファから上半身が滑り落ち、床に倒れた美春を見詰め、章太郎は呟く。

「美春様を傷付ける事無く、お心の変化を仰ぐ事が、私の役目です。お考えを改めて頂けるまで、私は、どんな事があっても、貴女をここからお出しする訳にはいきません。――例え、どんな手を使っても……」
 美春の傍らに屈み、彼女を抱き上げる。そのままソファに横たえ、彼は美春のブラウスのボタンを外し始めた。

「それが、旦那様の御命令。……旦那様の御命令は、辻川の意思……。私はそれに、逆らう事は出来ない……」

 無表情で呟く章太郎の口調は冷たく……。そして、機械的だった。






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後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 とんでも無い部屋を用意されてしまいました。下手に身体的暴力を受けるよりタチが悪い仕様です。
 無響室も、造り方によってレベルが変わってきます。体験的に作られた部屋などはそれほど高いレベルにされてはいないと聞きますが、実験など、ある一定の目的の為に作られる物は、高い無響状態を持つレベルだそうです。
 今回使いました無響室は、高レベルのものだと御解釈下さい。

 おかしな薬で意識を奪われた美春。
 総帥の命令は絶対。まるでDNAにそう組み込まれているかのように動く章太郎の元へ、救出部隊がやってきます。
 二人はこのまま、罠にかかってしまうのでしょうか。
 そして。
 お待たせしました。(に、なるのかな?)もう一人、学が不在時にいつも美春の監視を任されている“葉山学の右腕”さんが異常に気付きますよ。

 では、次回!!






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「二人が来たらどうするの?……私と、“同じような部屋”に閉じ込めるの?」美春は声が震え出さないようトーンを抑え、章太郎に問いかけた。彼女が部屋の仕様に気付いたらしい様子を察し、章太郎は手に取ったまま放す事を惜しんでいた美春の手に再び唇を寄せ、今度は指先...
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