「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第5章≪囚われの姫君≫・6

 ←第5章≪囚われの姫君≫・5 →第5章≪囚われの姫君≫・7


 花に目を惹かれたのは、とても久し振りだったのではないだろうか。
 車を菱崎家の門に寄せて停め、信は助手席に置いた花束を見て考える。
 薄暗い車内。それでも一際鮮やかさを湛える、ピンク色の芍薬(しゃくやく)。
 高校二年の時だった。文化祭の準備で涼香が持って来てくれた芍薬を牡丹の花と間違え、彼女に笑われてしまった。
 その後、図書室へ引っ張って行かれ、植物図鑑を目の前に三十分以上、牡丹と芍薬の違いについて涼香から講義を受けた。それも二人きりで。
 まだ自分の片想いだと思い込んでいた頃。彼女を目で追う毎日を過ごしていた彼の、ちょっと嬉しくて恥ずかしい思い出だ。
 そんな思い出を作ってくれた芍薬。つまりそれだけ、牡丹と見分けも付かないくらい似た花なのだ。

 仕事で訪れた高級ホテルのフラワーショップに、牡丹と並べられていたのを見付け、目を惹かれた。
 芍薬は牡丹が終わってからの花だと涼香に教えられていたので、二種類が同時に並んでいるとは思わなかったのだ。
 涼香のイメージは牡丹なのだが、一緒に居た指導教官に、芍薬は漢方で鎮静効果があるのだと聞き、まだ時々悪阻(つわり)で体調が悪そうな涼香の慰めになればと、こっちを選んでしまった。あくまで薬にしてからの話ではあるが、大輪の芍薬はとても穏やかな風情があり、見るだけでも心を和ませてくれそうだ。

「涼ちゃん、喜んでくれるかな」
 涼香は洋風の鮮やかな花より、趣のある花が好きだ。彼女に花をお土産に買っていくなど久し振りで照れ臭くはあるが、彼女の笑顔を見られるのかと思うと、そんな物どこかに飛んでいってしまう気分だ。
 信は芍薬の花束を抱えて車を降りると、急いで菱崎家の門をくぐった。


「しーんー」
 可愛らしく無邪気な声が彼を迎えたのは、正面玄関へ向かう石畳を歩き始めてすぐの事だ。
「あらぁ、信兄様」
 涼香の声に似ているが、おっとりとした話し方が本人ではない事を物語る。その声と共に、先に聞こえた無邪気な声の主が信の脚に体当たりをして抱き付いた。
「しーん、しーんっ。あそぼぉ、しーんっ」
 信を見付けて嬉しそうに飛び跳ねるのは、菱崎三姉妹の次女である京香の息子、詩苑(しおん)だ。 
 二歳になったばかりの男の子だが、信にとても懐いている。とはいえ、涼香が大好きな詩苑としては、彼女と結婚する信は恋敵だ。一緒に遊んでいる時に時折見せる乱暴な体当たりは、詩苑の嫉妬表現なのかもしれない。
 ちなみに、同じ“叔父”扱いになる一真に対しては、乱暴な態度など一度も取った事が無い。

「こらっ、『伯父様』でしょうっ」
 抱き付いたところまでは良いが、その後ポカポカ叩き始めるという新技を見せた詩苑を引き剥がし、京香が笑いながらその腕に抱くが、信はその意見に辞退を示した。
「ごめん、『しん』でいいよ。『伯父様』は勘弁……」
 涼香と結婚する事で親族が一気に増える信。呼ばれ慣れないとやはり戸惑ってしまう。
「それより京香ちゃん、涼ちゃんは? 今日は具合悪そうにしてなかったかな?」
「え? 電話で話してないの?」
「うん。今日は午前中、教官と一緒だったから電話出来なくてさ。昼から一回電話入れたら出なかったから、具合悪くて寝てるのかなって思ったんだ」
 京香は少しの間無言になる。信から逸らした目が、瞬きと共に左右に彷徨い戸惑いを見せた。
「……あのね、信兄様……」
 歯切れ悪く口火を切り視線を戻した時、信の表情は真剣なものへと変わっていた。京香の様子から、必然的に何かあったのだという事を悟ったのだ。

「姉様、午後に一度出掛けたの……。黒塗りのベンツが迎えに来て、スーツ姿の、とても丁寧な男の人が『美春さんが待ってるから』……って」


*****


 涼香は具合が悪くて休んでいる訳では無かった。
 夕方家へ戻ってから、予定外だった弟子の稽古に少し付き合い、それからずっと小稽古場に籠っていたのだ。
 かといって、彼女自身が稽古をしていた訳ではない。悪阻が軽い時は気晴らしに扇子を握る事もあるが、今日はただ黙って座り、何かを考えているようだった。

 精神統一をしたい時、また、考え事がある時、涼香が稽古場へ籠る事は家族の誰もが知っている。それは信も承知の上だ。
 なので、稽古場へ入り彼女が黙って座っているのを見た時、ここで考え事をしてしまうくらい大変な何かが有ったのだという事を悟った。

「信ちゃん……」
 信は涼香の傍へ歩み寄り声をかけようとしたが、逆に涼香が口を開いた。
 そして彼女は、不安に押し潰されてしまいそうな胸を押さえながら、心の内に渦巻く願いを口にしたのだ。
「……美春を……、助けて……」

 ゆっくりと涼香の横に膝を落とし、信は彼女を見詰める。
 涼香は信を見ないまま言葉を続けた。
「昼過ぎに、男の人が迎えに来たの……。先日、辻川のパーティーへ行った時に見た人だったわ。美春が待っているからって言われて……。辻川の人だし、何の疑いも無く行ったんだけど……」

 涼香はその後、妙な部屋で待機させられた事や、数分間だけ会って話をした美春の様子がおかしかった事などを話した。
 元々涼香は、人間観察に長けている。
 美春や、傍で一緒に居た章太郎等の様子を見ていて、これは何かおかしな事態になっているのではないかという事に気付いたのだ。

「美春が言ったの……。『涼香は帰ってゆっくり休んでね』って……」
 涼香はやっと、傍らに屈んだ信に視線を流す。
「――まるで、“私は帰れないけど”って、言っているみたいでしょう?」

 信は眉を寄せた。美春が辻川に連れ去られたのなら、これは危惧していた重大な問題だ。しかしここで涼香が関わってしまったという事は、この事態を説明する為に、彼女に隠していた今回の事態を全て話さなくてはならないという事になる。
 学と美春の一時婚約解消の事から、学が紗月姫の婚約者になっている事、そして、美春が辻川に狙われ始めたのだという事。
 妊娠初期である涼香に、ショックを与えたくは無い。信ならずとも、学や美春もその思いが大きかった。だからこそ、彼女には何も告げず、全てを解決させて事無きを得たかったのだ。

 だが、もう黙っている事は出来ない。
 関わってしまったという事は、彼女は、知る権利を得てしまった、という事なのだから。

「涼ちゃん……、実はね……」

 信は心を決めた。
 いくらかのショックは受けるかもしれない。そうしたら、彼がフォローしてやれば良いだけだ。
 涼香だって、親友の美春がまた何かに巻き込まれているのかもしれないとなれば、不安で堪らないだろう。
 
 全て話そう。信は口を開いた。
 だが、その唇に、涼香の指先があてられたのだ。

「言わなくていいわ……」
 信は目を瞠る。そこに有ったのは、久し振りに見る、涼香の強い瞳。
 大輪の牡丹の様な、凛とした姿。

「皆が、私を心配して必死に隠している事なんでしょう? なら、言わなくていい。皆の気持ちを貰って、私は敢えて知らないままでいるわ。でも、ひとつお願いがあるの」
 信は涼香を見詰めたまま、その瞳に「何?」と問いかける。涼香は、確固たる意志で望みを口にした。

「私の大切な親友を、助けて」

 それ以上の言葉はいらなかった。
 信は手にしていた芍薬の花束を涼香の腕に預け、稽古場を飛び出したのだ。







人気ブログランキングへ

**********

後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 今回の事態を、涼香だけが知らなかったんですよね。
 もちろんそれは彼女の体調に配慮してだったのですが……。
 でも、強い涼香は健在です。自分を心配してくれた皆の気持ちを汲み取って、ただひとつの願いを信に託しました。

 “右腕”さんも始動です。
 他の二人とは違うところで動きますが、彼にも活躍してもらいますよ。

 さて、“罠”にはめられそうな二人は、どうしているんでしょう……。
 それと、美春は……?

 それは、次回!!





 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ 3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ 3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 2017・短編集
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【第5章≪囚われの姫君≫・5】へ  【第5章≪囚われの姫君≫・7】へ

~ Comment ~

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

ツキハラコトセさんへお返事です4/19


 コトセさん、こんにちは!

>とんでもないおっさんですねっ(-"-)

 …噴いたっ!

 いや、もぅ、突き落とされてもしょうがない事をしております。( ̄∇ ̄; 
 この収拾はどう着けようか……。(こらこら)

 信君には、他の二人と違うところで活躍してもらいますよ。^^
 色々彼らしい事で手を回してもらおうと思ってます。(*´艸`*)

 「姫・認定」もらえて良かった!(笑)
 いや、もぅ、美春ちゃんは「姫」以外付け様が無くて…。母親世代になっても「姫」って言ってるかもしれない。(それはマズイか)
 王子がいない状態ですが、それでも騎士達が頑張りますので。見守ってあげて下さいまし!

 ではでは、有難うございました!!

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

まとめteみた.【第5章≪囚われの姫君≫・6】

花に目を惹かれたのは、とても久し振りだったのではないだろうか。車を菱崎家の門に寄せて停め、信は助見て考える。薄暗い車内。それでも一際鮮やかさを湛える、ピンク色の芍薬(しゃくやく)。高校二年の時だった。文の準備で涼香が持って来てくれた芍薬を牡丹の花と間違...
  • 【第5章≪囚われの姫君≫・5】へ
  • 【第5章≪囚われの姫君≫・7】へ