「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第5章≪囚われの姫君≫・9

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 空のティーカップを携えて背を向けようとした章太郎へ、美春は慎重に問いかけた。
「……水野さんは、神藤さんと親しいんですよね……」
「彼とは、同時期にお付きとしての教育を受けました。彼は十二歳、私は十七歳で年齢に開きはありましたが、同い年の友人の様に、時に兄弟の様に鍛錬し合ったものです」
「では、神藤さんの気持ちは……、御存知ですよね?」
 代々、辻川家執事を務める一族の息子である章太郎は、生まれた時から辻川家に関わっている。神藤と一番親しく、紗月姫が産まれた時から仕えるお付きでもあるのだ。
 口に出していなくとも神藤の気持ちを察し、誰よりも深い理解の元、紗月姫と神藤を見詰めていたのではないのだろうか。

「紗月姫ちゃんと神藤さんが、惹かれ合っている事は御存知ですよね?」
 
 断定的でストレートな言い方ではあったが、間違いなく章太郎は二人の気持ちを知っている。美春はそう感じたのだ。
 章太郎の横顔が微かに歪む。心痛を悟られまいとするかのように、彼は無言で美春に背を向けた。

「二人の為にも、私は総帥に従う訳にはいかないんです!」

 章太郎の背に向かって、美春は自分の立場を訴えた。
 今の彼ならば分かってくれるのではないか、その思いに望みを託したのだ。
 総司が目論んでいるのは、学を辻川へ引き込み、紗月姫と結婚させる事。
 それはいわば、紗月姫と神藤を引き裂く事ではないか。

 学が結果を持って帰って来るまで、美春は二人の為に、そして学の為にも、この状況に屈する訳にはいかないのだ。

「美春様……。私は……」
 章太郎の背中が、やり切れない声を響かせる。――間違いなく、彼の心は動いた。
 だがその直後、彼は左耳にはまっていた小さなヘッドセットに軽く指を当て、「分かった」と小さな返答を口にしたのだ。そしてその連絡は、彼を再び豹変させた。

「“姫”を奪い返しに、不心得者が来ている様です」

 冷たい、機械の様な人間に。


*****


 普通に統括本部へ入ろうとするなら、社員証と併用されるIDパス、または関係者用の通行証が必要だ。
 それが無くては、一階のエントランスへ入る事も出来ない。
 もちろん櫻井も須賀もそんな物は持ち合わせてはいない。だが問題は無い。須賀が北口に有る出入り口の認証システムを止めた事で、二人はさりげなくエントランスへ入る事が出来た。
 北側を選んだのは、人の出入りが極端に少ない場所である事と、地下へと続くエレベーターに近かったという理由だ。
 地下なのでエレベーターは必要ないかと思われたが、地下一階には階段が繋がっていない。専用のエレベーターで降りるしか手が無いのだ。

「須賀君を丸め込んで味方に着ければ、どんな銀行の金庫にでも忍び込めるような気がしてきたよ」
 上手くエントランスへ入った二人は、人気の無い北口のエレベーターホール前へ立った。
 葉山製薬本社ビルのエントランスも広いが、ここはその何倍も有りそうだ。周囲をぐるりと見回し櫻井が須賀をからかうと、何故か須賀は少々照れる。
「そうですかぁ? なんなら組みますか? 櫻井さんが相方だと何でも出来そうですよ」
「……専務に退治されるから考え直そう。こんな事を言っているのを聞かれたら説教されるよ」
 須賀は同意をする代わりに、片手を顔の前で立て、「すいません、どうぞご内密に」のポーズを取った。

「ちょっとすいません」
 エレベーターのドアが開いた時、背後から声がかかった。二人同時に視線を流したそこには、二人組の警備員が立っている。
「社員証か通行証を確認させて下さい」
 一人が進み出て来ると、櫻井がその前に立ち塞がり、須賀がエレベーターに乗ったのを確認して背後の彼に話しかけた。
「アレだなぁ、北口は人の出入りが滅多に無いから、余計に目についちゃったのかな?」
「多分そうでしょうね。それか、不審な二人組は必ず身元確認をするように通達が来ていたか……」
「なるほど」
 話をしながら、後ろ向きのまま櫻井がエレベーターに乗り込む。警備員は驚き、慌てて引き止めようとした。
「おい! お前ら!」
 須賀がドアの“閉”ボタンを押す。ギリギリで乗って来ようとした警備員を、正面に立っていた櫻井が片足で蹴り飛ばした。

「わぁっ!」
 悲鳴が二つ重なり、ドアが閉まる。ひとつは蹴り飛ばされた警備員のものだったが、もうひとつは須賀のものだ。
 須賀は焦ったのだろう、ドアが閉まるタイミングは、もう少しで櫻井の脚を挟んでしまうところだったのだから。
「あー、びっくりした……」
 胸を撫で下ろす須賀を見て、櫻井は苦笑する。
「そんなに驚かなくても……。物を挟みそうになったら、エレベーターの安全装置が働いて開くだろう?」
「いや、それ、……何かあった時の為にって思って、追手対策にエレベーターのセキュリティを三十分ほど切れる様にして来たんですよね。……いやぁ、挟まなくて良かった」
「おいっ」
 聞かされてはいなかった小細工を耳にして、今更ながら櫻井は焦る。確かに挟まなくて良かったが、思わず握り拳を作った櫻井に殺気を感じた須賀は、殴られるかと一歩引いた。
 だが、今はそんな連絡不足を揉めている場合ではない。地下一階へ移動出来るエレベーターは、横にもう一基あったのだから。

「追ってくるな……」
 櫻井の呟きと共に、エレベーターが地下一階へ到着した。目の前のドアが開き、一直線に伸びる廊下が視界に飛び込む。途中、右側に大きく窪んだ角が見える。そこに美春が入れられている部屋がある筈だ。
「恐らく、隣のエレベーターで……」
 エレベーターを降りた二人は、隣のドアを一瞥する。追手はすぐにやって来るだろう。さっきの警備員二人だけとは限らない。人数は増えているだろうと考えるのが妥当だ。
 懸念する須賀の肩を叩き、櫻井はもうすぐ開くであろうドアの前に立った。
「須賀君は、先に例の部屋へ向かってくれ。すぐに俺も行くから」
「分かりました。事前に探った感じでは、例の部屋にロック反応は無かったんですけど、人為的な鍵がかかっていなければ、先に様子を見に入ります」
「南京錠でもかかっていたら言ってくれ。ドアをぶち破ってやる」
「……ぶち破る、は無理でしょう。身体壊しますよ?」
「昔、無茶やった頃、とっくに壊れていても良かった身体が運良く残ってるんだ。可愛い後輩の為に、喜んで壊れてやるさ」
「櫻井さん……」
 美春が聞いたら、感動のあまり号泣してほっぺにチュウ攻撃を受けそうだが、少々考えて櫻井は訂正を入れた。
「やっぱり、あいつの為は半壊くらいで勘弁してもらおう。嫁の為なら完全に壊れても良いけど」

 小さく、それでいて感覚的には大きく、エレベーターの到着音が響く。
 ドアが勢い良く開き、中に二人以上の警備員を確認すると、櫻井は獲物を得た獣の様に舌舐めずりをした。

「まぁ、その前に、壊れてやる気は無いけどな!」







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**********

後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 確かに章太郎の心は揺れました。ですが、侵入者の連絡を受けて、再び冷酷な仮面をかぶってしまったようです。

 前準備で須賀が活躍したなら、今度は櫻井の出番です。
 追手を防いで、このまま一気に救出となるでしょうか。

 では、次回!!





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ツキハラコトセさんへお返事です4/22


 コトセさん、こんにちは!

 櫻井さんはね……。張り切ってますよ。(笑)
 そんな事言ってる間に、ちょっとまずい事にもなって来るのですが。(-。-;)

 章ちゃん(←(笑))も、黙っちゃいないです。ある意味、憎まれ役全開ですね。
 うーん、ごめんよ章ちゃん。今回だけ憎まれてくれ~~~。( ̄∇ ̄; 
 なんて気持ちで書いてます。(笑)

 信君は、出番がもう少し後かも。
 待ってて下さいませ。^^

 有難うございました!!

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まとめteみた.【第5章≪囚われの姫君≫・9】

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