「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第5章≪囚われの姫君≫・11

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 元々料理をするのは好きだ。
 好きな人を想いながらだと、テーブルの準備まで楽しく感じる。
 裾に黒猫の後ろ姿がプリントされたエプロンは、シンプルだが悠里の雰囲気に似合ってとても可愛らしい。
 彼女はポケットから携帯を取り出し、メールが来ていないかを確認した。
 メールが来れば音で分かる。だが、“メールが来ているのに自分が気付いていなかったら困るから”という意味での確認なのだ。
「どのくらい遅くなるのかな……」
 携帯をポケットへ戻し呟く。須賀からメールが来たのは三時間前。仕事で少し遅くなる、とのメールだった。
 その直後にもう一度メールが入り、
<もしかしたら、少しよりもっと遅くなるかもしれないから、今日はやめにしようか?>
 などと、彼らしくない言葉が並んでいた。
 それに対して、大丈夫だから待ってる、と返した悠里。彼女はどうしても、須賀に会いたかったのだ。

 キッチンに入る手前で、壁にかかったカレンダーに目を移す。
 自然植物の写真が入ったカレンダーは、葉山製薬のオリジナルだ。
 四角枠の左上に日付が入っているタイプなので、余白には予定などを書き込める。昨日の日付枠に小さく“65”と赤ペンで書いてあるのを見て、悠里は幸せそうな笑みを浮かべた。

「……待ってるね……」

 はにかむ彼女の頬は嬉しさに染まる。

 ――今夜、二人で過ごす六十六回目の夜……。


*****


「答えを貰おう、須賀大智君。ここで見た事や知った事を忘れるならば、この手は放してあげよう」
 答えさせる為ではあるが、章太郎の手がわずかに緩む。苦痛だけに歪んでいた須賀の表情に、刹那安堵が過った。余裕が出来ると、第一に気になったのは美春の事だ。彼はソファの前で立ち竦む美春に目を向けた。
 大きく目を見開いて、不安にその身を固める彼女。
(専務なら絶対、光野さんにあんな顔させないのに……)

 己の非力さが恨めしい。しかし学は、須賀を信じて美春を託してくれたのだ。
 彼は彼が出来る方法で、その気持ちに応えるしかない。

「……断る……」
 須賀は肩越しに章太郎を睨み上げた。
「光野さんを、連れて帰る。それが、専務に任された仕事だ」

 自分の意思を明言する須賀を見詰め、章太郎はわずかに瞼を落とした。
「――学様は……本当に素晴らしい人材を傍に就けていらっしゃる」
 褒め言葉ではあるが、その口調に感心した様子は無い。むしろ、呆れ果てたとでも言いたげな雰囲気だ。
「見上げた忠誠心だ」
 章太郎は再び須賀の腕を捻り上げた。

「うぁっ……!!」
「須賀さん!」
 もう我慢など出来ない。美春は足元に溜まるシーツを片手で持ち上げ、走り出した。

「やめて! 放して!! 私が考えれば良いんでしょう!? 考えるわ! 時間をちょうだい! だから、須賀さんを……!」

 必死に叫ぶ美春だが、もちろん彼女はこれが罠である事は分かっている。
 目の前で彼女に関わる“他人”を傷めつければ、美春が黙っていられない事を章太郎は知っているのだ。
 無響室のからくりを話した時から、これは彼の計画のうちに入っていたのだろう。
 美春を返せと正面から入ってきた場合は、無響室を使って。忍び込む形で突破して来た場合は、彼女の目の前で。いずれにしろ二人を人質に、美春の考えを仰ぐつもりだったのだ。
 人質を取られては下手な返事を返す事は出来ない。だが、敢えてこの罠にはまらなければ、須賀は二度と立ち上がれなくなるほど傷めつけられるだろう。

「お願い! 放して!」
 美春は両手で章太郎の腕を掴んだ。
 真剣な双眸で凝視してくる彼女を見詰め、章太郎はふっと口元を和ませる。
「では美春様、お答えを」
「……それは……。それはもう少しだけ考えさせて……。少しでいいから……時間をちょうだい……」
 今この場で答えなど出せない。美春は時間を稼ぎたかった。

 柔らかく和んでいたはずの口元が、不敵に歪む。
 章太郎は須賀から両手を放すと、床に崩れ落ちた彼の右腕を踏みつけた。
「あっ……ぅっ!」
 ビクンと跳ね上がった須賀を目の前に、美春は彼を庇おうと飛び出す。
「やめて! 何す……」
 しかし、そんな彼女がただ一枚纏っているシーツを鷲掴み、章太郎はその身体から唯一の衣を奪い取ったのだ。
「きゃっ!」

 全て奪い取られた裸体が、前屈みに竦む。
 突然の出来事に身体を隠す余裕も無いまま、シーツは再び美春の頭から被せられた。
 突如もたらされた羞恥に慌てた直後、訪れたのは白い闇。シーツを除けようと手を動かすが、なかなかそこから抜け出せない。
 やっと顔を出した時に飛び込んで来たのは、章太郎が須賀を蹴り転がし、今度は左掌を踏みつけた光景だった。

「どうせなら左手から粉々にしてやろう。右手だけでは中途半端で気の毒だ」
 左踵が掌に食い込む。右手で抵抗しようとした須賀だが、捻られた時に肩を外されたのかもしれない。右腕には激痛だけが走り、動かなかった。
 
 ただ虫けらの様に踏み潰される自分が情けない。
 須賀は心の中で学に謝罪をすると、ふと悠里を想い浮かべた。

(ごめん……。今日は、帰れないな……)

「君は二度とハッカーとしての才能を発揮する事は出来なくなる。さようなら、須賀大智君。君は“本当の意味で”伝説になれるよ」

「やめてっ!!」
 無情に響く章太郎の声。そして、美春の悲痛な叫びが須賀の耳には悠里の声に聞こえる。
 踏まれ続けた左手の感覚も無くなってきた時……。

 何故か、章太郎の足が離れた……。

 いや、足だけではない。章太郎の全身がその場から吹き飛んだのだ。
 ソファのサイドテーブルに激突した彼は、そのままテーブルごと転がった。
 しかし、全身に痛みを感じながらも章太郎はすぐに立ち上がる。一番痛みを訴えているのは、骨を折らんばかりの勢いで後ろから蹴りを入れられた腰の辺りだろうか。
 身体に痛みを覚える事など久し振りだ。彼はこの痛みを与えてきた相手を、眼光炯炯たる双眸で睨み付けた。

「俺の相棒と後輩を、返してもらうぞ」

 須賀と美春の前に立ちはだかる、櫻井を。






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**********

後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 何も知らずに待ってる悠里が痛々しい……。;;
 時間稼ぎをしようとする美春ですが、そんな物章太郎にはお見通しです。

 頭脳担当の須賀が章太郎に敵う筈もない。
 では、実戦担当の櫻井ならどうでしょう。前例で考えるなら、向かうところ敵なし、なのですが……。
 でも忘れてはいけません。
 章太郎は、辻川の精鋭、なんです。

 では、次回!!




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