「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第5章≪囚われの姫君≫・13

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「お風呂、先に入っちゃおうかなぁ」
 いつもは冴子が一人で入ると「駄目だろ、一緒に入るんだから!」と怒るが、今夜は待っていたらいつ入れるか分からない。
 それでも、彼はもうすぐ帰って来る。「ただいま、冴ちゃん」そう言って、悪戯っ子の様な昔張りの笑顔で笑ってくれる。
 そう信じたい冴子は、ソファに座り直した。
 それでも、少し落ち着く為にコーヒーでも淹れようかと考え、雑誌をローテーブルに置いて立ち上がる。
「あ、……コーヒーじゃ無くて、コーヒー牛乳にしようかなぁ……。あっ、りっくんの晩酌にも付き合えなくなるのか……」
 思い出すように呟き、冴子はローテーブルの上にチラリと視線を落としてはにかんだ。
「……早く、見て欲しいんだけどな……」

 そこには、冴子が閉じたプレママ雑誌と、ハンカチで大切に包まれた、陽性反応を示す妊娠判定試薬が置かれている。。


*****


 大きく櫻井の身体が跳ねた。
 見ていた美春や須賀にも分かるほど、頭から足まで波打つようにうねったのだ。
 だが一カ所だけ、跳ね上がらなかった部分がある。それは章太郎が押さえている胸部だ。
 前屈みになった彼は、たった五本の指を立てただけの姿勢で有るのも拘らず、櫻井の動きを完全に封じている。

「苦しいかい?」
 穏やかな口調で、章太郎は櫻井に問いかけた。
 痛いか痛くないかなど訊かなくたって分かるはずだ。彼の指には、痛みの極限状態に痙攣を起こす、櫻井の鼓動が伝わって来ているはずだ。弱みなどは見せないはずの彼が、顔面を苦痛で歪ませる表情が、目に入っているはずではないか。
「気の毒に。いっそ楽にしてあげたいところだが、別に私は君の命を奪いたい訳ではない」
 章太郎は姿勢を崩さないまま視線だけを上げ、鋭い双眸を美春へ向けた。
「……ねぇ? 美春様」

 須賀を支えたまま、美春は動けない。
 美春が櫻井の元へ駆け寄れば、須賀はまた倒れてしまう。何とか動く左手で美春の膝を押し、櫻井の元へ行ってくれと合図をよこす須賀の好意にも、美春には従えない。
 須賀を捨てて櫻井を庇っても、今度は櫻井が須賀から離れるなと彼女を戻そうとするだろう。
 どっちに着いていても同じなのだ。
 この二人を助ける為に、美春が出来るのは庇う事などではない。

 彼女に課せられた、答えを出す事なのだ。

「お答えを頂けませんか? 美春様」

 章太郎の声が、冷たく機械的に響く。
 その瞬間、彼の指に再び力が入ったのだろう。櫻井の口から痛切な呻き声が上がった。

(学……)
 美春の目に涙が浮かぶ。
 もう限界だ。
 これ以上、どう耐えろというのだろう。時間稼ぎなど不可能だ。
(助けて……学……)
 しかしその願いが不可能である事も、美春には分かっている。けれど願わずにはいられなかった。
 この状況を、学が知り得る事はない。美春や須賀や櫻井が、どんな危機に侵されているかなど彼は知らない。
 学の助けは望めないのだ。
 ならば、美春自身が選択するしかないではないか。

(――ごめん……。学……)

「分かった! 分かったから! 答えを出すから、今すぐ出すから! だからもうやめて!!」

「光野さん!」
「黙れ、馬鹿野郎!」
 承諾を叫ぶ美春に、須賀と櫻井はすぐに反応した。彼女が何の答えを迫られているのか詳しくは分からなくとも、それがまともな話ではないという事くらい二人にも分かる。
 須賀はともかく、櫻井は声を出す為にかなり無理をしたのだろう。叫んだ後、全身を貫いた痛みに息を止めた。

 章太郎の口角がニヤリと上がる。
 そして彼は、美春に快諾を強要した。
「では美春様。お答えを」

 美春は息を詰める。
 キュッと結んだ唇を開こうとした時、彼女の声を待つ静寂に新たな声が混じった。

「その必要は有りません」

 凛然とした女性の声。

 しかもその声を耳にした瞬間、章太郎の身体はビクリと跳ね上がり、櫻井から手を放して直立すると、素早くドア側に身体を向けて跪いたのだ。

「総帥の悪足掻きは、ここまでです」

 部屋の中に入ってきた女性を見て、美春は大きく目を瞠る。
 秀麗な立ち姿に、凛然とした風格。
 総帥と並んでも決して引けを取らない女性が、そこに立っている。
 それも後ろには、神藤を従えているのだ。

「……奥様……」
 美春の声が震えた。

 この異常な光景に臆する事もなく足を進め、章太郎の前に立ったのは、総司の妻である椿だ。
 彼女は足元で跪き頭を下げる章太郎に、労いの声をかけた。
「御苦労でした、章太郎。あなたへの命令は解かれました。ここに居る三名は、今から私のお客様です。別室を用意して、医師も呼んでちょうだい」
「ですが奥様……。旦那様は……」
 命令を下したのが総司なら、解除するのも総司でなくてはならない。例え椿の命令であっても、簡単に利く訳にはいかないのだ。
 納得をしない章太郎の前に、神藤が立つ。彼は自分の左耳から小さなヘッドセットを外し、章太郎へ差し出した。章太郎の物は、櫻井に蹴り飛ばされた時、落ちてしまったのだ。
 章太郎は受け取ったヘッドセットを耳に当て、そこから聞こえて来た声に背筋を伸ばした。
 聞こえて来たのは総司の声だ。

 ――命令解除の、通達だった。

 神藤が章太郎の相手をしているうちに、椿は美春の傍へと歩み寄った。
 長いドレスの膝を折り、須賀を支えて座り込む美春と同じ目線まで屈むと、椿は文字通り花の様な微笑みを向ける。
「無事で良かったわ」
「……奥様……、どうして……」
 美春には信じられない事だ。何故椿が、この状況を知る事が出来たのだろう。それも神藤と一緒に現れたのだ。

 すると椿は、手に持っていたスマホを美春に差し出した。
「これ……、私の……」
 それはここへ来る前、章太郎に取り上げられた美春のスマホだ。それもどうやら通話状態になっている。
 訳が分からず手を出せないでいると、椿はクスリと小さく笑って美春の耳にスマホを当てた。
「彼が教えてくれたのよ。貴女の危険を」

 スマホを手に取り、そして美春は息を呑む。

『美春』

 ――そこから聞こえて来たのは、学の声だったのだ……。






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**********

後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 この状況を治めたのは、誰よりも総司に対しての発言権を持つ椿でした。
 ですが、何故彼女が来たのか。何故学が危機を知り得たのか。簡単に総司が命令解除をしたのは何故なのか。
 それにもう一人! 助けに出た筈の誰かさんが登場してないし!

 ……第5章も大詰めだというのに、謎だらけです。(笑)
 少しずつそれを解いていきますが、この夜の出来事は第6章にまで引っ張られます。

 学からの電話で、少し美春にも安心してもらいましょうね。

 そうそう!
 祝・冴ちゃん御懐妊!!!((笑))

 では、次回!!
 



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まとめteみた.【第5章≪囚われの姫君≫・13】

「お風呂、先に入っちゃおうかなぁ」いつもは冴子が一人で入ると「駄目だろ、一緒に入るんだから!」と怒るが、今夜は待っていたらいつ入れるか分からない。それでも、彼はもうすぐ帰って来る。「ただいま、冴ちゃん」そう言って、悪戯っ子の様な昔張りの笑顔で笑ってくれ...
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