「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第5章≪囚われの姫君≫・14

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「御苦労だった」
 最後に労いの言葉を加えて章太郎への命令を解除した総司は、手元のパソコンで通信を切り、デスクから立ち上がった。
 深く息を吐き、執務室の大きな窓辺へと歩み寄る。
 地上二百メートルから見下ろす下界は、生きている証を示すよう懸命に輝く地上の星。彼はいつもそれを見下ろす存在であり、見下ろす事を許された人間だ。
 ――だが、今日だけは違った。

「……まったく……。この私を脅すとは……」
 総司は楽しげに呟き、そして今の状態を嘲笑う。

「君は……、父上以上の兵(つわもの)になるかもしれないな……」

 称賛とも取れるその言葉は、もしかしたら嘲りだったのかもしれない。
 しかし総司の言葉を真意に受けて、彼は謝意を口にした。
「恐れ入ります。総帥」

 嫌味でも皮肉でも無い口調を耳に、総司はゆっくりと振り向き、陶器の様に端麗な顔面に、ナイフの冷たさを湛える。
 視線の先に立つ青年を眼刀で射抜くが、全く動じない彼に称賛代わりの笑みを見せた。

「――覚えておこう……。“葉山学の右腕”、田島信君」

「お見知り置きを」
 総司の気持ちを受け取り、信は口角を和ませる。

 それは、法廷で勝利した時の父親と、同じ顔だったのかもしれない。


*****


 章太郎の傍を離れた神藤は、先に櫻井の元へと向かった。
 身体を傾け、肘を着いて起き上がろうとしていた彼の肩と腕を支え、ゆっくりと起き上がらせる。座った状態の櫻井を前に、神藤は「ちょっと失礼」と断り、シャツの上から彼の胸部を触診した。
「骨は折れてはいないでしょう。押されるとまだ痛いですか?」
「いや。さっきの彼に押されるよりは痛くない。神藤さんの押し方が優しくて惚れそうだ」
「クスッ……、その余裕があれば大丈夫ですよ。さっきの彼は、完全に折るつもりでしたから、痛かったのも当然ですよ」
 冗談抜きで語られる事実は、改めて聞くと身の毛がよだつ。
 櫻井は学と同じで、少年時代からこの手の事に関しては負け知らずだ。ここまでやられたのも初めてだろう。

「神藤さんは、どうしてここが分かったんです?」
 基本的な質問だ。しかし質問をしておきながら、櫻井はすぐにその謎を察した。
「……須賀君、か……?」
 櫻井の視線は須賀へと向けられる。須賀は美春の横で頼りなく身体を起こし、櫻井を案じて二人を窺い見ていた。
 視線が合うと、須賀は持ち前の爽やかな笑顔を櫻井へ向けるが、櫻井がムッとした表情を見せたので少々焦ったようだ。

「そう睨まないであげて下さい。私は本部で自分の仕事をしていましたが、須賀君がハッキングして来たのはすぐに気付きました。彼は予め本部に私が居る事を調べ上げ、連絡をくれたのですよ。“地下の部屋に向かっています”と」
 地下には“特別な客用”の部屋がある事を、もちろん神藤も知っている。そんな場所へ、何故須賀が向かわなければならないのか。それを考えた時、おのずと学が紗月姫の婚約者候補になっている不可解な一件を思い出し、これは美春が絡んでいるのではないかと察した。
「その直後に、奥様から連絡が来たのです」

 学から連絡を受けた椿は、すぐに総司の悪足掻きが始まったのだと気付いた。
 美春が関わっているのだから、供として連れていくのは神藤しか居ないと、彼を選んだのだ。

「連絡してたなら、連絡をしてるって……、教えろっての……」
 櫻井は片手で額を押さえ、須賀に対して不満をぼやく。
 この件といい、エレベーターの件といい、連絡不足にも程がある。
「須賀君には……、諸連絡の重要性という物を、教え込まないと駄目なようだ……」
 額を押さえた指の間から、ジロリと須賀を睨み付ける。
 教育指導を行わねばならない標的を、もう一人捉えた鋭い眼光を向けられ、まだしつこく櫻井の様子を窺っていた須賀は、今度こそ本当に目を逸らしてしまった。

「すぐに医師も到着します。このまま動かないでいて下さい」
 そう言い渡し、神藤は次に、睨まれて萎縮してしまった須賀の元へ行くつもりだったのだろう。だが、立ち上がった彼に、櫻井は心配そうに訊ねた。
「……今日は、帰れるだろうか?」
 櫻井の気持ちを察し、少々微笑ましい温かさが心を覆う。神藤はとても穏やかな笑みを彼に向けた。
「ご心配なく。お帰り頂けますよ。――愛する奥様の、待つ場所に」
 ハッキリと言われてしまうと照れ臭い。櫻井は珍しく、決まりが悪そうな顔で神藤を見送った。

 ――愛する人が待つ場所。
 口から出したこの言葉に自分自身切なさを感じながらも、神藤はそれを表情に出さず、美春の元へ向かった。
 スーツの上着を脱ぎ、「恐縮ですが」と彼女の肌を隠す為に肩から掛ける。

 神藤は美春に怪我は無いかと問いかけたかったし、須賀の様子も見たかった。
 須賀も、神藤に気付いてくれた礼を言いたかったし、椿も、総司や章太郎の行為を美春に詫びたかった。
 けれど、この場に居る誰もが、声を出す事が出来ない。

 スマホを両手で握り締めて、声を出さないよう息を詰め、美春が泣いている。
 涙は次々と、彼女の紅潮した頬に温かな清流を作った。
 美春の全神経は、耳に集中する。
 聞こえて来る彼の声を、息遣いまで逃さぬよう、耳を傾ける。

『美春』

 聞きたくて聞きたくて堪らなかった声。
 求めても叶わないと、諦めた人。

『良く頑張ったな。美春』

 ――最愛の人……。

「……学……」
 耐え切れなくなった心が、感泣(かんきゅう)した……。







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**********

後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 さてさて、神藤がこの場へやってきた理由や、須賀や櫻井が何とか無事であった事は分かりましたが……。
 総司の元に居たのは信です。
 彼は一体、何をやったのでしょう……。

 第5章、ラストです。
 信の事、神藤の事、そして戻ってくる時期など。学が色々な事を教えてくれます。

 では、次回!!




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