「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第6章≪嵐の夜≫・3

 ←第6章≪嵐の夜≫・2 →第5章≪嵐の夜≫・4


 社会的地位の格差。そんな物は、ここへ来る前から分かっている。
 信はそれを見越した上で、総司に噛み付きに来たのだから。

「では総帥。光野美春をこの場所へ連れて来た事は、認められますね?」
「“客人”として、だ」
 総司はあくまでも拉致を否定する。仮に肯定したとしても信に手出しは出来ないが、信は“葉山学の代理人”を謳って来ているのだ。それを警戒してか、総司はどこまでも美春は客人であるという主張を貫いた。

 今まで何を言われても動じなかった信の表情が動く。
 それも、困惑の表情ではない。口角を上げ、不敵にも制勝を漂わせる笑みを見せたのだ。

「葉山学と貴方が行った賭けは、貴方の負けです。総帥」


*****


 普段、じゃんけんは苦手だ。勝った事など、今まで二十三年間生きて来て数えるほどしか無い様な気がする。
 だがどうした事か、今日は勝ってしまった。駄目元と諦めて参加したじゃんけんは一回目で彼女の一人勝ち。
 もしかしたら今年の運は、この勝ちで全て使い果たしてしまったのではないだろうか。思えば、この辻川財閥統括本部の秘書課に採用されるという夢の様な出来事があった昨年は、もうそれだけで一年分の運を使い果たしてしまったが如く、勝負事という物に全くツキが無かった。
 そう思うと、このじゃんけんに勝ってしまった事が悔やまれる……。
 ――が……。
「あの……、コーヒーどうぞ。――神藤さん」
 恐る恐る声をかけ、デスクの端にコーヒーカップを置く。忙しなくキーボードの上を動いていた神藤の手がふっと止まり、前方を見詰めていた顔が彼女を見上げた。
 彫りの深い目鼻立ちにエキゾチックな瞳。いつも遠くから見詰める事しか出来ない彼に視線を貰い、彼女の身体は硬直する。
「有難う」
 お礼と共に彼女へ与えられるのは、憧れの人の笑み。
 使い切った運を惜しんでいた彼女の気持ちは一気に浮上。この笑みを心の糧に、今年一杯頑張って行けるとさえ思える。

「いっ、いいえっ、お、お口に合わなかったらスイマセンっ。神藤さんほど、上手に淹れられないので……っ」
「もし、美味しくなかったら、淹れ方を教えてあげるよ」
 神藤の笑顔に動揺しまくる彼女に、悪気の無い社交辞令。
 しかしこの社交辞令は、あまりの興奮に彼女の眩暈を誘い、ガラスの壁で囲まれた神藤の個人オフィススペースの外からこの光景を見ていた、“じゃんけん負け組”の嫉妬を誘った。
 “誰が神藤さんにお茶を入れるか”というのは、神藤が統括本部へ仕事に入るたび、秘書課の女性達が揉める問題だ。
 それを知っていても神藤自体は気にも留めないが、この事態を密かに知っている紗月姫が、時々やきもちを妬いて神藤に嫌味をぶつける。

 ――今日は誰に、お茶を入れてもらったのっ?

 本部から戻ると、何気ない振りをして必ずそんな事を聞いてくる紗月姫。
 やきもちを妬く彼女の様子を思い出したのだろう。神藤の表情が、切なげに和んだ。

 紗月姫の姿を想い、紗月姫の事を考えたくて堪らないが、今は自分の我儘を優先させている場合ではない。
「……須賀君は、これを見たのか」
 数分前から、本部のラインにハッカーが忍び込んでいる。発見した瞬間に須賀の仕事だという事が分かった。また須賀も、神藤が本部に出ている事を調べたうえで、<地下の部屋へ向かいます>というメールを飛ばして来たのだ。
 神藤は須賀の姿を追い、逆にハッキングし返す。それによって、美春が地下の無響室に入れられた映像を見付けた。
 そこが何の為に使われる部屋であるか、もちろん神藤だって心得ている。
 通常は邸に待機をしている章太郎が案内していた時点で、これが総司の命令である事もすぐに分かった。

 いつもなら紗月姫の指示を仰ぐが、今はそれが出来ない。
 総司の命令で行われている事となると下手に動く事も出来ないのだ。
 しかしこれが、学が紗月姫の婚約者候補になっているという不可解な事実に関係があるという事は間違いが無い。
 そして、美春が危険に晒されているのだろうという事も……。

 神藤は微かに眉を寄せ、流れていく映像を目で追った。
 須賀が一人で有る筈は無い。櫻井が一緒である事は察しがつく。二人が美春を助ける為に相手をしなくてはならないのは章太郎だ。普段穏やかに執事補佐業務に従事している彼が、一度その身体を凶器にし出したら止まらないという事実を、神藤は良く知っている。
「……殺されるぞ……」
 冗談ではない呟きだ。神藤にとって紗月姫の命令がそうであるように、章太郎にとって総司の命令は、最終措置をも厭わないほどの意味を持つのだから。

 学は昨日、私用で外国へ発ったらしい。彼の助けが見込めないとなると、万が一章太郎が牙を剥いた場合、その牙を確実に折る事が出来る技量を持っているのは神藤しかいない。
 しかし、総司の命令を受けた章太郎を止めるという事は、総司に逆らうという事なのだ。

 辻川家に従事する者が、その当主に逆らう事は、許されない。

 だがこの状況を放っておけば、間違いなく須賀や櫻井は傷を負う。下手をすれば、美春もただでは済まないだろう。
 美春が傷付けば、彼女を慕っている紗月姫が悲しむ。
 今の神藤は紗月姫に付く事を禁じられてはいるが、例え傍にいられなくとも、紗月姫が悲しむ結末を生むと分かっていて、何故放っておけるだろう。

 それが、総司に逆らう行為でも……。

 神藤は心を決め、デスクから立ち上がる。
 紗月姫を心に思い浮かべ、動き出そうとした彼の耳に社員達のざわめきが入り込んだ。何の騒ぎだろうと確認をしようとしたが、その前にガラス戸が開く。
 現れた人物を見て、神藤は目を瞠った。そして、社員達が騒いだ原因も分かったのだ。

「神藤。用意をなさい。私の供をしてもらいます」
 そこには、椿が、SPも着けず一人で立っていた。

「いい加減、総帥を夢から目覚めさせなくてはなりませんから」
 少々意地悪な表情を作る椿に、彼の天使が制裁の翼を広げる時の凛然とした姿を見た神藤は、素早く足を進めた。
「御指示を。奥様」
 紗月姫と同じ聡明な瞳が、グレーの瞳を射抜く。紗月姫の為にも、神藤に辻川の未来を見たい椿は、彼が跪こうとする前にその動きを止めた。
「あなたが跪くのは、紗月姫だけになさい。その為にも美春さんを保護しに行きます」

 この状況を救える予期せぬ人物は、最高の支援者。
 神藤はぞわりと神経が粟立つのを感じた。







人気ブログランキングへ

**********

後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 今日のメインは神藤が動き出すまで。
 結局その理由は学と同じなんですよね。
 好きな人が悲しむ姿を見たくないから、っていう。
 
 椿が登場したところで、こちらの準備は万端。
 話は執務室に戻ります。
 この賭けは総司の負け。さて、その理由は……。

 それは、次回!!





 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ 3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ 3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 2017・短編集
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【第6章≪嵐の夜≫・2】へ  【第5章≪嵐の夜≫・4】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【第6章≪嵐の夜≫・2】へ
  • 【第5章≪嵐の夜≫・4】へ