「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第5章≪嵐の夜≫・4

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 最初はただの含み笑いだった。
 組んだ手の甲に額を付け、肩を震わせていた総司ではあったが、それはすぐに蔑みの失笑に変わる。
「うつけた事を……」
 顔を上げ、チラリと信に視線をくれ、すぐに鼻を鳴らし横へ流す。それはまるで、彼の姿など見る価値も無いと言わんばかりだ。
「君は、頭の良い人間だと思っていたが……。私の思い違いだったのかな?」

 学と総司の賭けは、学が指定された期限までに最高の結果を出せれば彼の勝ち。
 期限に間に合わない、又、総司が納得いく結果を出せなかった場合、総司の勝ち。――そういった振り分けになっている。
 賭けはまだ期限内で有り、おまけに始まったばかりだ。
 いまから、勝ちも負けも無いではないか。

「勢い良く飛び込んで来たのは良いが、美春さんを監禁しているという思い違いが恥ずかしくなり、咄嗟に話題をすり変えて体裁を保ったというところかい? それこそ、大失敗ではないのかな?」
 ギィッと重い音をさせ、背凭れがゆっくりと軋む。総司の口調は呆れ返り、話をするのも時間の無駄と言わんばかりだ。
「今すぐ立ち去りたまえ、田島信君。君の失態は“代理”と名前を利用した学君まで汚す行為だ。今すぐ立ち去るなら、私はその失態を見なかった事にしてあげよう」
 総司は厳しい視線を信に向ける。子供の戯言に、これ以上付き合うつもりは無い。彼の視線は容赦なく信を切り捨てた。

 ――だが……。
 そこまで総司に冷たい態度を取られても、信には動揺も困惑も生まれてはこない。
 それどころか、不敵にも浮かべた制勝の笑みを、彼は保ち続けている。
 その余裕に、総司は微かに眉を寄せる。この追い詰められた状態で笑っているなど、強がっているか気が触れたかとしか考えられない。
「総帥。確かに私には、法を執行する正式な権利は有りません。貴方を裁くなどもっての外です」
 総司の嘲りを受け入れ、信は自分の立場を認める。
 そんな彼に鼻白んだ総司だが、その表情は徐々に怪訝な様相を見せ始めた。
 それは信が、おかしな理屈を説き始めたからだ。

「しかし、法では無く、“決まり事”を決裁する事は出来るんです。特にこの件に関して、決まり事を各弁護士達と交わす仕事をしたのは、私ですから」
 総司は黙って信を見詰める。それは、信の言い分を聞いてやろうという姿勢だ。
 どんな戯言を口にするのか、聞きとってやると。

「総帥は、この賭けに関する取り交わしの書類に、目を通して頂けていますね?」
「ああ、隅から隅まで、一字一句逃さずに目を通したよ。完璧な取り交わし書だ。あんなに見事な物が作れるのなら、君は弁護士よりパラリーガルの方が向いているのではないのかい?」
「御褒め頂き、光栄です」
 総司の嫌味を、信は謙虚に返す。
 パラリーガルは弁護士のサポート役だが、実際、優秀なパラリーガルは下手な弁護士よりも行動力がある。内情を知っている信は、素直に褒め言葉として取った。

「賭けを執行する期間において、互いの行動を妨害する行為を禁じている項目は、覚えていらっしゃいますか?」
「もちろん」
「その意味を、理解して頂けていますね?」
「もちろん」
 信の勿体付けた問い詰め方は、少々総司の癇に障ったようだ。肘置きに預けた腕から伸びる手の指が、一度だけ苛立たし気に動く。まるで彼の機微を思わせるかのように。
「約束を違えれば、そこでこの賭けは終了だという事も」
「何が言いたいのかな。少なくとも私は、学君の行動の邪魔はしていないが」
「いいえ。貴方は邪魔をしました。葉山学の行動を止める、禁止行為を行った」
 総司の言葉が止まる。美しい陶磁器の輝きは不快な陰で曇り、悪質な様相に歪む。不快をもたらした言葉の意味を求め、総司の瞳は信を睨(ね)め付けた。もしもおかしな事を言えば、今すぐ切り裂くと言わんばかりに。

「光野美春を、拉致同然に連れ去った。“客人”としてでも、それを周囲が認めない限り、光野美春が望んでここへ来たのではない限り、これは拉致であり、誘拐です。そして、彼女が窮地に追い込まれる事で、葉山学の動きは止まるんです」

 総司の眉がつり上がる。それは最早、不快では無く怒りだ。
 彼はこの、罠に誘い込もうとしているかのような理屈に憤怒しかかっているのだ。
 総司の心の動きが、空間の険悪な雰囲気と共に信にも伝わってくる。しかし彼は怯む事無く言葉を続けた。

「何故なら、光野美春は、葉山学の行動を操れるただ一人の人間であり、葉山学の唯一の弱点だ。それを貴方は、知っているはずです。総帥」

 苛立たしげに肘置きを打っていたはずの指は、いつの間にか握り締められ、総司は信を睨め付けたまま冷淡な声を発した。
「だが、そうは言っても、学君がこの状況を知り得なければ、行動が止まる事も無いだろう? 彼は今日本にはいない。賭けの為に、自分の思惑の為に奔走しているところだ。これは特に、邪魔をした事にはならない」
「なりますよ」
 信はスーツのポケットから自分のスマホを取り出すと、予定通り連絡を入れてきた相手にほくそ笑み、通話を開始した。
「丁度総帥と話をしていた。お前の出番だぞ」
 信はデスクの正面まで歩み寄り、真っ直ぐに腕を伸ばし自分のスマホを差し出す。
「光野美春のスマホには、葉山学が持つスマホにだけ感知出来るGPSが特別仕様として取りつけられています。つまり葉山学は、いつでも彼女の動きを知る事が出来る。もちろん彼女がここへ連れて来られた事も、彼は知っているんです」
 総司は、デスクの端に置かれた小物用のトレイを、チラリと盗み見た。そこには、章太郎が取り上げておいた美春のスマホが置かれている。信の言葉を信じるのなら、これがこの場所に置かれた事で、学が美春の状態を悟ってしまったのだという事になるのだろう。

「どうぞ、総帥。葉山学から、お電話です」
 信が差し出したスマホを、椅子からゆっくりと立ち上がった総司が受け取る。少々半信半疑ではあったが、そこから聞こえて来たのは紛れもなく学の声だった。

『総司叔父さん、美春を返して下さいよ』

 全て悟っているかのような軽快な口調。総司は思わず鼻で笑う。
「丁度良かったよ学君。今、君の代理人に、つまらん言いがかりをつけられていたところだ」
『言いがかり? なんて?』
「美春さんを客人として迎えた事が、君の動きを止めるという話だよ」
『もちろん止めますよ。美春に何かあるのではと心配で堪らない。今だって、まだ昼食が喉を通りません』
「おいおい、それはおかしいだろう」
 総司は学の台詞に異を唱え、軽笑の声を上げた。

「君は今、紗月姫の婚約者候補だ。美春さんとは、ただの幼馴染に関係性を戻しているはずだ。そんな男が他の女性に気持ちをグラつかせているなど、不誠実極まりない。逆に、私の行動の方が止まってしまう発言ではないのかい?」

 それは、形勢逆転を示唆する言葉だった。








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後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 軽く見ていた信に、じわじわと追い詰められていく総司。
 そこにトドメを刺そうとするのが学ではありましたが、彼の発言が総司の優位性を導き出してしまいます。
 ……ですが、ここで黙る学ではない事は、きっと皆さんにご理解頂けている事と思います。

 これから学が総司に突き付けるひと言は、第5章ラストで美春に伝えた、二人の関係性を示す、簡単で絶対的なひと言です。

 では、次回!!




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