「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第6章≪嵐の夜≫・6

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 ――――命令は解除された。
 その役目を全うする事無く。彼の仕事は、終わったのだ。

 章太郎は、今まで総司の声が聞こえていたヘッドセットに指を当て、目を閉じて深く息を吸い込んでから、目前には居ない“当主”に頭を下げた。
 ゆっくりと息を吐き、吐き切るタイミングで頭を上げる。
 命令を解除されたからには、彼は自分の中でも気持ちのリセットをかけなくてはならない。
 いつもの彼に、戻るのだ。

「章太郎」
 彼の様子を見ていた椿が声をかける。章太郎は素早く椿の傍へ歩み寄り、その場に跪いて頭を下げた。
 椿にではなく、学との電話を終え、まだその場に座り込んでいる美春の前で。

「美春様。数々の非礼、深くお詫び申し上げます」

 その声は穏やかで礼儀正しい。豹変していた時の彼も礼儀正しさだけは失わなかったが、雰囲気がまるで違う。

「如何なる責めもお受けいたします。何なりと仰せつけ下さい」

 美春は言葉に困った。章太郎は罰を与えてくれと言っているようだが、具体的に何を望めば良いのだろう。
 取り敢えず思い付いた事といえば、須賀と櫻井に謝ってほしいという事と、それより先に服を返して欲しいという事だ。
 涼香を利用し、須賀と櫻井を罠にかけて冷遇した。それらの行為に対しては、得意の平手打ちでもお見舞いしてやりたい気分ではある。だが、怒り切れない想いが胸に有るのも確かなのだ。

 迷いを見せる美春の両手を、傍らに屈む椿がそっと握った。
「――美春さん、章太郎を、どうか許してあげてくれませんか?」

 頭を下げていた章太郎は、驚きに目を瞠り、顔を上げる。
 そんな彼の動揺を知ってか知らずか、椿は美春に懇願した。
「私からお願いします。章太郎を……」
「おやめ下さい、奥様! これは私が……!」
 椿に謝らせるなど論外。章太郎にとっては考えられない出来事であり、言語道断だ。
 慌てて椿を止めようとした彼の肩に、後ろから神藤の手がかかる。章太郎が見上げると、神藤はただ厳しい表情で首を横に振った。
 当主夫人に庇われ、上司に制され、章太郎は自分の焦る気持ちを閉じ込めるしかない。

 章太郎にチラリと視線を向け、椿は懇願を続けた。
「章太郎は、代々辻川家に仕える執事一族の血をひいています。その体内には、辻川の当主には絶対に逆らえない血が流れているのです」
 椿は章太郎の後ろに立つ神藤を見上げる。
「神藤が……、主人である紗月姫の為ならば何でも出来る様に……。何でもする様に……。その命令が、絶対のものである様に」
 他の人間が口にしているのを聞いても、平静を装って居られる。だが椿の口から紗月姫の名前を聞くと、事情を知られているだけに、神藤は胸が詰まる。
「章太郎にとっても、当主の命令は“絶対”なのです。その想いは、他の使用人達とは比べ物になりません。……当主が誰かを亡き者にして欲しいと望めば、彼は何の迷いも無く命令を執行するでしょう」
 椿は、握り締めた美春の両手に額を付けて詫びる。
「彼は己の血に逆らえない。彼のDNA自体が、辻川に服従しているからです。……ですが、章太郎は、何も無ければとても穏やかで心優しい青年です。……お願い美春さん。どうか章太郎を、許してあげて下さい」

 椿の言葉が耳に入るたび、章太郎は鼓膜から体内を切り裂かれていくような痛みを覚える。
 事もあろうに、当主の奥方が、彼の為に頭を下げているのだ。それを止める事も出来ず、黙って聞いていなくてはならない。
 ――――これ以上の拷問が、あるだろうか……。

「申し訳ありません……。奥様……」
 小さな呟きは、心の痛みを刺激し続け、血を吐くほどの苦痛を彼に与える。
 震え出してしまいそうな自分に耐える章太郎を見詰め、美春は優しく語りかけた。
「もう良いです。……水野さん……。顔を、上げて下さい」
 柔らかな椿の手から両手を外し、美春は逆にその手を握り返す。
「奥様も……、もうやめて下さい。……とても良く分かりましたから」
「美春さん……」
「誰かの為に、自分の命を懸けられるという気持ちが、その人の為ならばどんな事でも出来るという気持ちが、……とても良く分かるんです」

 椿の話を聞いていて、美春が思い出したのはもちろん学の事だ。
 学も美春の為なら何でも出来る男だ。
 例え自分の命が危険に晒されようと、美春の為に我が身を投げ出せる人間だ。

 ――もしも美春が望むなら、生ある者の命を奪う事も厭わないだろう。

 昔から、そんな激しい愛情を受けて来た美春だからこそ分かる。

 誰かを、命を懸けて守りたいと思う気持ち。
 自分の命よりも大切に思う気持ち。
 その人を、完璧に守れる人間でいようとする思い。

 それが恋人であれ、自分の主人であれ、関係性は違っても一途で懸命な思いは、同じなのだ。

「水野さん、……ひとつ、お詫び代わりに私のお願いを利いて頂けますか?」
「はい。何なりと」
 章太郎はそのまま膝を進めて美春に近寄る。美春は更に彼を手招きして、口の横に掌を当て“内緒話”のポーズを作った。
 その仕草が妙に可愛らしい。水野は口元を和ませ、「失礼致します」と耳を近付けた。
 そして、美春が彼の耳元で囁いた“お願い”に目を瞠ったのだ。

「あなたにしか出来ません。利いてもらえますか」
 両手を合わせ、お願いポーズをとる美春に、何故「NO」と言えようか。章太郎はいつもの爽やかな笑顔を浮かべ、胸に手を当てた。
「お任せ下さい、美春様。必ず……、いいえ、今すぐ」
「お願いしますね」
 章太郎の頼もしい返事を聞いて、美春はニコリと微笑む。しかし、すぐに立ち上がり実行に向かってしまいそうな彼に、慌てて声をかけた。

「そっ、その前にっ! 服を返して下さい!!」

 これは、重大な問題だ……。







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後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 章太郎を庇った椿。
 実は、プロローグで側近を庇ったエレンを思い出して欲しくて組み込んだエピソードでしたが、それを考えるなら、ここは紗月姫じゃなきゃ駄目だったかな。(^^ゞ

 章太郎は、決してお咎め無しだった訳ではありません。
 自分の為に椿が頭を下げた。これはきっと、一生彼の心の中で、血を吐く様な辛い思い出として残っていくでしょう。

 それにしても、美春は章太郎に何をお願いしたのでしょうね?
 でもまぁ、取り敢えずは……。
 服を返してもらいましょう。(笑)

 では、次回!!





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