「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第6章≪嵐の夜≫・8

 ←第6章≪嵐の夜≫・7 →第6章≪嵐の夜≫・9


「何の用なの、水野。そういえば水野も今まで姿が見えなかったのね。どうしたの? “また”お父様の命令でも下った?」
 不機嫌な表情で、棘のある言葉。
 切れ長の瞳を細め、紗月姫は章太郎を冷たく一瞥する。
 章太郎は総司に命じられ、正式にお世話役の任を神藤が解かれる日まで、二人を監視する役目を負っている。
 使用人の中では、唯一紗月姫と神藤の関係を知る人間だ。
 章太郎は紗月姫のお付きなのだから、紗月姫を守らなくてはならない立場。だが、もうひとつの立場上、総司の命令を最優先にさせなくてはならない人間でもあるのだ。
 紗月姫とて分かっている事だが、神藤との件に関してはどうしても裏切られた気持ちが強く、章太郎を見る目も変わってしまう。
「お嬢様を、お迎えにあがりました」
「迎え? 私はどこへも行かないわよ」
「奥様のお言い付けなのです。奥様は今、美春様とお会いになっておりますので、是非お嬢様もつれて来るようにと」
「美春さんと……?」
「はい」
 
 椿が美春と二人で会っているなど、初めて聞く話だ。
 そんなに深い接点がある様に感じてはいなかったが、もしかしたら今回、学が紗月姫の婚約者候補になっている事に関しての話し合いでもしているのかもしれない。
 衝撃をもたらした、四人目の婚約者候補。
 学の思惑を知りたい気持ちはもちろんだが、美春がどんな気持ちでいるのかも知りたいところだ。
 今回の件は美春も納得をしていると学は言っていたが、言葉で言うよりもずっと彼女が苦しんでいたとしたら……。そう考えると、居た堪れない。

 神藤には会いたい。けれど、美春にも会っておきたい。
「美春様も、お嬢様とお話がしたいとの事です」
 章太郎のひと言で心を決め、紗月姫はスッと立ち上がる。
「分かったわ。すぐに車の用意をして」
「既に」
 ゆっくりと頭を下げた章太郎の口元が、“うまくいった”と、笑みを零した。


*****


 紗月姫の専用車を運転するのは、ほぼ神藤の役目だ。
 いつでも行動を共にしていたのだから、それは当たり前の事だろう。なので紗月姫は、いつものように後部座席から見える後ろ姿が見慣れた物ではない事に、切なく違和感を覚えた。
 本来なら、紗月姫は運転席の後ろへ座る。だが彼女は運転する神藤の姿が見たいがために助手席の後ろへと移動し、よく斜め後ろから彼を眺めていた。

「どうかなさいましたか? お嬢様」
 敷地内の並木道を走る車内で、ハンドルを握る章太郎がルームミラーから紗月姫に問いかける。
 彼としては紗月姫が腰で横に移動したので、何をしているのかと不思議だったのだろう。
「ううん。何でもないの」
 紗月姫はすぐに、運転席後ろのシートへ戻って行った。

 肩を落とし、浅く鼻で息を抜く。
 斜め後ろから見る運転席の光景は、彼女が見たいものではないと分かっているのに。ついいつもの癖で横へずれてしまった。
 いつもと同じだったのは、ダークグレーのスーツだけ。
 大好きな柔らかい癖毛も、時々銀色に輝く黒髪も、何時間見詰めても足りないくらいに愛おしい横顔も、そこには無かった。
 そんな事分かっているのに、神藤を求める心が、儚い希望を求めて彼女を動かしてしまう。

(神藤……)

 彼に会いたい。触れられなくても良い。姿が見たい。
 美春にも会いたいのは確かなのだが、それ以上に神藤への思いが募り、彼に会いたくて堪らない。やはり邸で帰りを待っていた方が良かっただろうか。
 迷いの陰を落とした瞳が、後悔の涙で滲む。
 その瞳を窓の外へ向けた時、紗月姫はおかしな事に気付いた。
 並木道を一直線に進んで行かなくてはならない車が、ゆっくりと細い脇道へ入って行ったのだ。
「水野……?」
 紗月姫は訝し気に身を乗り出し、フロントから外を見た。
「どこへ行くの? こんな所に入って……」
 しかし言葉はすぐに止まる。ヘッドライトに照らされた先、立ち並ぶ木々と芝生の間に、一台の車が停まっているのを見付けたのだ。
 その車には見覚えがある。紗月姫の専用車と同じ、オプシディアンブラックのベンツ。彼女の物よりグレードは落ちるが、付けられたナンバープレートは、その車が神藤個人の私用車である事を示していた。

「神……藤……?」
 神藤の個人私用車は、去年彼の誕生日に紗月姫がプレゼントとして与えたものだ。与えた本人が間違う筈も無い。
 しかし、何故ここに神藤の車があるのだろう。
 いや、車があるだけで、彼が誰かに貸したのかもしれない。

 色々と思惑を巡らす紗月姫ではあるが、問題の車から何者かが降り立ち、それに合わせて紗月姫の車も停まる。
 章太郎が紗月姫を振り向き笑顔を見せるが、紗月姫の視線はフロントから見える、ヘッドライトに照らされた人物に釘付けになっていた。

 ライトの光が彼を照らす。
 いつもと変わらぬダークグレーのスーツは、お付きである証。
 曲がる事を決して許さないネクタイと、堂々とした風格と優雅な物腰は、従者にしておくには惜しいほどの逸脱した雰囲気を醸し出している。
 ライトの光に反応した黒髪は銀色になびき、その瞳の奥に見える色と同化した。

「……神藤……」

 何故彼が、ここに居るのだろう。

 紗月姫は神藤の姿を凝視しながら、掴んだシートを強く握った。 
 飛び出して行きたい。
 今すぐ彼の元へ走って行きたい。
 だが、ここへ紗月姫を連れて来た章太郎の意図が分からない。章太郎は監視役ではないか。その彼が、わざわざ二人を会わせる様な事をするだろうか。

 心に疑心暗鬼を生じ、動き出せずにいる紗月姫。しかし、彼女の疑問を取り去ったのは、他ならぬ章太郎だったのだ。
「三時間が、限界です」
 目を見開き神藤を見詰めたまま、その瞳が潤み始めた事にも気付けないでいる紗月姫の背を、章太郎の言葉が押し出す。
「三時間経ったらお迎えに参ります。その間私は邸で仕事をしておりますので、お嬢様の行動も、神藤の行動も、知り得る事は出来ません」
 章太郎は前を向き、神藤の姿を見て口角を上げる。しかし神藤もまた紗月姫を見詰め続けているので、この後で切り替わった彼の苦笑いは目にする事が出来なかった。

「私は旦那様が帰って来る前に邸へ戻り、邸でずっと業務に徹していた事にしなくてはなりません。早く降りて頂けますか?」

 車のドアが、大きく開け閉めされる音がした。
 前方に漆黒の黒髪が闇の中を流れていく様子を目で追いながら、章太郎が車をバックさせる。
 視界の端に、抱き合う二人を確認して、彼は表情を和ませた。
 兄弟の様に育った“煌”の喜びを、一緒に感じ取るかのように。








人気ブログランキングへ

**********

後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 紗月姫が連れ出された場所。そこに居たのは神藤でした。
 二人を会わせる為に、章太郎が動いたんですね。
 ただ、彼が動いた理由は、もちろん……。例の彼女がお願いをしたおかげなのですが……。

 求めても叶わない二人。
 しばし、寄り添ってもらいましょう。
 そして、活躍した人達も徐々に、待っている人の所へ帰って行きます。

 では、次回!!





 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ 3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ 3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 2017・短編集
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【第6章≪嵐の夜≫・7】へ  【第6章≪嵐の夜≫・9】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

まとめtyaiました【第6章≪嵐の夜≫・8】

「何の用なの、水野。そういえば水野も今まで姿が見えなかったのね。どうしたの? “また”お父様の命令でも下った?」 不機嫌な表情で、棘のある言葉。 切れ長の瞳を細め、紗月姫は章太郎を冷たく一瞥する。 章太郎は総司に命じられ、正式にお世話役の任を神藤が解か...
  • 【第6章≪嵐の夜≫・7】へ
  • 【第6章≪嵐の夜≫・9】へ