「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第6章≪嵐の夜≫・9

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 菱崎修一郎は、酷く機嫌の悪い顔をしていた。
 それは、家元の御機嫌を取るのが上手いとされる婿養子の雅人でさえ数歩引き、京香が詩苑を近付けないよう、居間から撤退してしまうほどの形相だった。
 大きな座卓の上座にデンッと座り、着流しの袖の中で腕を組む姿は、正に鬼気迫る物が有る。

「あなた。そんな顔をしていたら、誰も寄って来ませんよ」
 それでも、そんな修一郎の傍に座り、平然と湯呑みを傾けるのは妻の亜希子だ。
 結婚して四半世紀。夫のこんな顔もすっかり平気になってしまった。それに、修一郎は怒って眉を吊り上げている訳ではないという事も、亜希子には分かっている。
「誰が止めたってやめませんよ。涼香はあなたの娘です。頑固なところはあなた譲り。ですから、悪いのは、元々頑固なあなたです」
 屁理屈にしか聞こえ無い台詞だが、妻の言葉に修一郎は眉を下げた。
「涼香は大事にしなければならない身体なんだぞ。何かあったらどうする。稽古場に座ったまま、何時間経っていると思っているんだ! そんな事を言うなら、お前がやめさせてきたらどうだ!」

 修一郎は怒っているのではない。
 心配のあまり苛立っているだけなのだ。
 稽古場に籠ったまま、精神統一をして動かない長女の涼香が、心配で堪らない。そのあまり、表情も厳しくなってしまっていたのだ。

 信が出ていってから、涼香は稽古場から動いてはいない。
 彼と美春の身を案じ、願懸けのように座り続けている。
 大切そうに、芍薬の花束を膝に携えて。

「何ぃ? この殺気立った雰囲気はっ。何かあったの?」
 この場には合わない、のほほんっとした声。修一郎と亜希子が同時に向けた視線の先には、長女を諭せない父親の情けなさなど知らぬ存ぜぬとばかりに、能天気な笑顔を見せる晶香が居る。
「どうしたんです? 父様。あ、わかったぁ、しーちゃん抱っこしたら機嫌悪くて泣かれたとかでしょう?」
 孫に泣かれたくらいで、家中が殺気立つような雰囲気を作られてしまうのも困るが、あながち冗談でもないのだ。
 馬鹿な事を言うなと一喝してやりたいところだが、修一郎は逆に晶香の能天気振りを利用する。
「晶香、お前、涼香を連れてこい。涼香をっ」
「姉様? どうかしたんですか?」
「稽古場に入って動かん。身体でも冷やしたら大変だ。お前、行って連れてこい。お前みたいに考え無しの行動力なら出来る」
 どうにも褒められている様な気がしない。晶香は一瞬ムッと眉を寄せるが、こんな扱いも慣れたものだと、余裕の笑みを見せる。
「それなら心配ないですよ。止めてくれそうな人が来てますから」
「止めてくれそうな人?」
「はい」
 ついさっき門の前ですれ違った人物を思い出す。晶香の存在にも気付かず、真っ直ぐ稽古場へ走って行った人。
 そこしか目指すべき所は無いと言わんばかりに、全力疾走して行った彼。
「姉様の、旦那様が」


*****


 菱崎家に到着した信は、小稽古場へ一直線に向かった。
 事前に連絡を入れた訳でも、家の者に確認をした訳でもないのだが、涼香は稽古場から動いてはいないという確信が有ったのだ。
 ――信が戻って来るまで、ここで待っていると……。

 稽古場へ入った信の目に映ったには、彼が出て行った時と同じように、背を正し、毅然とその傍に座する涼香の姿。
 微動だにせず、ただ信じて待つその姿は気迫さえ感じさせ、膝に抱く芍薬は、彼女をより凛と際立たせた。

 信は背後から涼香に近付き、ゆっくりと膝をついて彼女に両腕を回す。
「――――ただいま」
 力強く温かい腕を感じて、涼香の表情がふっと和む。「お疲れ様でした」と気丈な声が彼の帰りを迎えた後、彼女の身体から力が抜ける。
 ふらりと崩れた涼香を胸に抱いて、信は愛しさをその腕に込めた。

「無事で良かった……。信ちゃん、お帰り……」

 ほんの少し甘えた涼香が、信にしがみ付く。
 不安をずっと押し隠していた瞳が、薄らと安堵の涙で滲んだ。


*****


 本部内の客室へと案内された時、既に医師も到着しており、美春が服を着て身支度を整え終わると、須賀と櫻井の診察も済んでいた。
 神藤が前もって触診した通り、大きな異常は無かったようだ。念の為に一晩入院をしてはと勧められたが、二人ともキッパリと断り、すぐ帰途についたのだ。

 美春の「お願い」を遂行する為に、章太郎は内容を神藤に話す。言葉を失うほどに、神藤は驚いた。
 驚かぬはずはない。章太郎を許す代わりに美春が頼んだ願いとは、「神藤さんと紗月姫ちゃんを、二人きりで会わせてあげて」というものだったのだ。
 今その願いを叶えられるのは、二人の監視を頼まれている章太郎しかいない。だからこそ美春は、許す代わりに、という条件を付けた。

「美春さん、有難う」
 章太郎と神藤が出て、部屋の中には椿と美春だけが残った。
 美春がお願いした内容を知った椿が礼を口にすると、美春ははにかみを見せる。
「いいえ。……私ね、何だか嬉しいんですよ。紗月姫ちゃんが、好きな人と一緒に居る為の手助けをしてあげられるなんて……」
 外見の雰囲気もあるが、紗月姫には常に“シッカリとした芯の強い女性”というイメージが付属している。
 実際に彼女はいつも気丈で頼られる女性だ。だが、そんな彼女だって、好きな人には甘えたい筈。自分の弱い部分を抱き締めて欲しい筈……。
 そんな紗月姫が、一番甘えたいと思う神藤と寄り添っていられる時間を、作ってあげられるのだ。
 彼女は、喜んでくれるだろうか。幸せだと、微笑んでくれるだろうか。
 例えそれが、一時の幸せでも。

「あなたと学君には、感謝してもしきれないわね……」

 感慨深げに呟く椿の傍に、神藤が出ていく前に手配したSPが近寄って来た。何事かを耳打ちし後ろへ下がると、椿はにこりと美春に微笑みかける。
「車の用意も整っているそうよ。そろそろ帰りましょうか? 大介さんにもお会いしたいし、私も光野家でご挨拶に降りるわね」
「えっ? そんな、結構ですよ……。奥様もお疲れでしょうし、そのまま辻川家へお帰りになってお休み下さい」
 椿に送らせるなどとんでもないと美春は遠慮をするが、椿はクスクスと可愛らしく笑う。
「もちろん、私だってそのまま帰るわ。だって、お隣ですもの」
「……あの……ぉ、奥様? どこへお帰りに……」
 少々おかしな予感に焦る美春の問いに、椿はしたたかな妻の頬笑みを溢れさせる。
「もちろん、――“実家”よ」







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後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 まず最初に、大切な人の元へ帰ったのは信。
 彼は特に診てもらう様な事もありませんでしたから、そのまま飛んで帰ったんですね。
 信じて待つ涼香も、心配なのは同じです。

 そして、美春も家へ帰ります。
 ただ、椿がおかしな事を言ってますよ。
 これは俗に言う「実家へ帰らせてもらいます」という奴でしょうか。
 ……いつ気付くのかな……、総司は。(笑)

 ではでは、次こそ、二人きりで会わせてもらえたカップルを覗いてみましょうね。

 では、次回!!




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 菱崎修一郎は、酷く機嫌の悪い顔をしていた。 それは、家元の御機嫌を取るのが上手いとされる婿養子の雅人でさえ数歩引き、京香が詩苑を近付けないよう、居間から撤退してしまうほどの形相だった。 大きな座卓の上座にデンッと座り、着流しの袖の中で腕を組む姿は、正...
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