「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第6章≪嵐の夜≫・14

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 紗月姫を神藤の元へと送り届け、一度辻川邸へ戻った章太郎は、何食わぬ顔で執務室に入り仕事をこなしていた。
「失礼します」
 ちょっと気取った可愛らしい声と共に、細い腕がデスクの脇にコーヒーカップを置く。肩越しに振り返ると、辻川家のメイド服を可愛らしく着こなした女性が、ニコリと笑って立っていた。
「有難う」
 章太郎も笑って礼を言うと、女性はキョロキョロと周囲に視線を這わせる。執務室内の誰もこの光景に目を留めていない事を確認すると、素早く章太郎の耳元に顔を近付け、上目遣いに彼を覗き込んだ。
「……章太郎。今夜は? 部屋に来る?」
 彼女は気を遣って声を潜めているつもりなのだが、潜めなくとも補佐仲間に二人の仲は露見済だ。彼女が入室した時点で、目的は章太郎だけだと分かっているので、誰も二人を見て居ないのは、気付かないのでは無く気を遣われているだけなのだ。

「今日は疲れたから、大人しく自分の部屋へ帰るかなぁ……。身体を動かしたんで腰も痛いし」
 章太郎は少々大袈裟に溜息をつき、トントンっと後ろ手に腰を叩いた。冗談の様に映る仕草ではあるが、あながち冗談でも無い。今日は久し振りに本気で疲れた。やり合った影響で腰が痛いのも本当だ。
 しかし、いつもは自分から誘って来る筈の彼が、こんな避ける言い方をすると、彼女もつい疑いの目が鋭くなる。
 可愛く大きな目で睨まれ、章太郎はつい口を滑らせた。
「……分かった。仕事が終わったら行くよ」

 機嫌良く満面の笑みを湛えた彼女が執務室を出て行くと、近くに居た補佐仲間が近付いてきて「若い彼女は大変ですね」とからかった。
 章太郎は軽い溜息をつき、彼女が持って来たコーヒーに手を伸ばす。
 普段、執事補佐役の最上位として、辻川の精鋭として、機敏に仕事をこなす彼ではあるが……。
 ――十五歳年下の恋人には、時々敵わない。

「章太郎」
 彼女の声を耳の奥に残し、しばし安らいでいた章太郎だが、突如背後から聞こえた声に、その存在を確認せずとも彼の血が反応した。
「旦那様、わざわざおいでに成らなくとも、お呼び下されば私から……」
 言い終わった時には背筋を伸ばし、総司を前に軽く頭を下げるスタイルが出来上がっている。
 他の者がやろうとしても、真似の出来ない早技だ。

 総司は今帰宅したところらしい。出迎えた紗月姫のお付きに、さっきまで紗月姫が総司を待っていたのだと聞かされ、詳細を章太郎に訊ねに来たのだ。 
「紗月姫はどうした?」
「お嬢様は旦那様をお待ちしておりましたが、御気分が優れないらしく、お休みになられました」
「――神藤はどこだ?」
 紗月姫の次に神藤の所在を訊かれ、章太郎は胸を痛めながらも虚言を吐く。
「……奥様がお出かけになるとの事で……。その付き添いに、……自分の車で、出た様です」
「椿が? 出掛けているのか?」
 椿が留守だとは思わなかったらしく、総司の興味は紗月姫や神藤から逸れた。
「どこへ行った?」
「ちょっと出て来ると伺っただけですので……。旦那様にご連絡を入れるとの事でしたが、来てはいませんか?」
「……いや」
 総司は眉をひそめ、椿の言動を思い出していた。

 ――許したと、思わないで下さい……。

 あれは、どういった意味だったのだろう。

 夫婦喧嘩らしき物をした事が無い訳ではない。ほとんどの場合、総司が椿を怒らせてしまうパターンではあるが、それでも報復措置としては、一緒に食事の席に着いてくれない、朝の挨拶をしてくれない、見送りをしてくれない、夜の夫婦生活を拒否される、等々だ。
 最後のひと項目は辛いが、大体可愛いもので済んでいる。
 今回はどんな報復をされるのだろう。総司の感覚的には、かなり怒らせてしまった気がするので、数日寝室を別にされるくらいの覚悟はしておいた方が良いだろうか。

「失礼致します。旦那様」
 考え込んでいた総司に、補佐の青年が話しかけて来た。
「奥様からお電話が入っておりますが、ここでお繋ぎ致しますか? それとも書斎かどこかで……」
 総司の眉は更に訝し気に歪む。用が有るなら直接スマホにでもかけてくれば良い物を。何故わざわざ邸へかけて寄こしたのだろう。
「いや、いい。繋ぎなさい」
 青年は章太郎のデスクに有る電話を使い通話を繋げると、頭を下げ仕事に戻った。

 自分のデスクではあるが、目の前では総司が私用電話中だ。無神経に傍で立っている訳にもいかないだろうと、章太郎も下がろうとしたが、受話器を耳に当てた総司に「下がらなくても良い」と目で合図をされ、その場に残った。

『総司さん?』
 受話器から聞こえる、ゆったりとした声に、総司は思わず表情を和める。
 椿が立腹している事は察しがつくが、彼女の声を聞くと、条件反射の様に口元がほころんでしまうのだ。
 とはいえそれも、棘のある言葉を投げられた時以外なのだが……。
「どこに行っているのだ、椿。いきなり出かけたと聞いたのだが」
『実家ですわ』
「実家? 葉山家か?」
『ええ。総司さんの顔なんて暫く見たくはありませんもの。少しここに居ようと思っています』

 ゆったりとした口調で繰り出される言葉は、鋭利な氷柱。
 総司は言葉も止まるが、表情も固まる。

『明日にでも、紗月姫も迎えに行きますわ。総司さんみたいに我儘な石頭が一緒では、繊細な私の紗月姫がおかしくなってしまう』
「つっ……椿っ!!」
 総司が怒鳴ると、執務室全体に緊張が走った。全ての者が動きを止め、息を呑み、総司に目を向けても良いものか迷っている。

「何をおかしな事を言っている! 一さんに迷惑だろう! すぐに帰って来なさい!」
『あら? 迷惑な事ばかりをしているのは、あなたではありませんの? あなたの無駄な我儘のお陰で、一体どれだけの人の迷惑になった事か』
 椿からは、以前、彼女の親族を傷付ける事は許さないと釘を刺されている。
 これが、美春に手をかけた報復である事は明らかだった。

「とにかく、すぐに帰って来なさい、話はそれから……」
『嫌です』
「椿!」
『では、総司さん、ごきげんよう』
「つっ……!!」

 一方的に電話は切れる。
 総司は受話器を持ったまま立ち竦んだ。
 周囲の人間は誰ひとりとして動けない。固唾を呑んで総司の様子を窺っている。すぐ傍に立つ、章太郎も同様だ。

 総司は静かに受話器を置くと、眼光炯々と言い放った。
「車を用意しなさい! 葉山家へ行く!」








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後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 実はこちらでは出すつもりが無かったのですが、章太郎が暴れ始めた第5章から御要望が多かったので、チラリと登場させてみました。
 章太郎の15歳年下の恋人、萌(もえ)ちゃんといいます。(20歳です)
 『迷宮~』では頻繁に登場していました。後に、紗月姫専属のメイドになる子です。
 チラリと覚えておいて頂けると嬉しいです。^^

 章太郎が3時間後に紗月姫を迎えに行く前なので、少し時間が戻っています。
 愛する妻から三行半を叩きつけられた旦那様。
 ただ、この旦那様、若い頃からしつこさにかけては学と良い勝負です。
 妻の実家に乗り込むつもりの様ですが……。さて?

 第6章ラストです。
 辻川家の夫婦喧嘩は、意外な人物が間に入ってくれますよ。(笑)

 では、次回!!





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ツキハラコトセさんへお返事です5/12


 コトセさん、こんにちは!

 椿さん、実家に帰っちゃったのは良いんですけどね、兄という強敵が待っていましたですよ。( ̄∇ ̄; 
 総司さんもやる事がセコイ。(おいおい)
 さて、どうなった事やら……。
 でも、このまま帰っても、更に椿さんの怒りを買って、家庭内別居状態にはなりそうな雰囲気ですが。 (o_ _)ノ彡☆ポムポム←

 第7章まで、しばしお待ち下さいね。

 有難うございました!!

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