「恋桜~さくら・シリーズ」
恋桜~さくら~・3

桜・8『寝かせてもらえますか?』

 ←第6章≪嵐の夜≫15 →第7章≪北欧の王子≫・1


「買い込みましたねぇ、坊ちゃん」

 ……そう言われると、私の方がちょっと照れます……。

「そうかい? 先日よりは少ないだろう?」
「袋の大きさが違いますよ。それと、重さ、かなっ……と」
 身体全体で「よいしょ」というリアクションを取りながら、庭師の森さんは大きな声で笑う。車のトランクから次々に大きなショップ袋を取り出し、お弟子さんである茂さんに渡していった。

 身体の作りが大きく、がっしりとした森さんとは違って、茂さんは少々細め。
 一気に袋を四つほど渡され、ちょっとヨロリと身体が崩れた。それでも、へこたれるところを師匠である父親に見せてはならないと、シャンっと背筋を伸ばして袋を抱える。
「一様、これは、さくら様のお部屋に運ぶんですよね?」
 茂さんが笑顔で一さんに訊ねると、森さんは首を傾げる。一さんの買い物なので、当然彼の部屋へ運ぶのだと思っていたのだろう。
 けれど茂さんは、流石まだ二十歳。ショップの袋に書かれた横文字を見て、若い女の子向けの店だという事が分かったようだ。

「いや、私の部屋で良い。部屋の鍵はメイド長に借りてくれ」
「あ、はい……」
 今度は茂さんが首を傾げる。そうよね、私のお洋服やら靴やらですから、私の部屋へ運ぶのが本当よね。
 ニコニコしている一さんを横目で仰ぎ、私は不安になる。
 今晩は、何時に寝られるのかしら……。

 ――……違うっ!
 おかしな意味では無くて!

 私は自分の思考に頬を染め、一さんから目を逸らす。
 
 一さんは、洋服などの身に着ける物を買ってくれると、必ず買って来た日に着用させる。
 つまり私は、その日に買って貰ったお洋服は、その日のうちに目の前で着て見せなくちゃならないの。
 本日お友達のお店で購入したお洋服は、大きな袋に八個分。
 ――さながら、ファッションショーだわ……。

 森さんが残りの四袋も取り出したところで、遅くまで残っていた整備士さんが車をガレージへ持って行く。それを見送って、一さんは私の肩を抱き葉山邸の中へ入った。
 買い物や夕食を済ませ、戻って来ると二十一時を過ぎている。これからお披露目会をさせられるのだけれど、本当に何時に寝られるのかしら……。

 とは思うものの……。
 一さんがとても嬉しそうにしてくれるので、私も、とても嬉しいんですけどね。


*****


 邸の中へ入ると、予想通り椿さんが出迎えてくれていた。大荷物を抱えて二階へと上がっていく森さん親子を見ながら、クスクスと小さな笑いを漏らしている。
「おかえりなさい、お兄様、さくらさん。さくらさんは、またお兄様の我儘に振り回された様ね。お疲れでしょう?」
「いいえ、我儘なんて。あんなに選んで頂いて、かえって似合わなかったらどうしようかとドキドキしています」
 意図して一さんを批難した椿さんだったけれど、それに便乗せず応対した私の答えを気に入ってくれたらしい。にこりと麗花の頬笑みを向けてくれた。そしてすぐに一さんへと向き直る。
「二十二時までにお兄様が帰るようなら、書斎へ来るようにと、お父様から託(ことづか)っていますわ。お仕事のお話では?」
「分かった。顔を出して来る。お前、言伝役を引き受けた為に、ずっとリビングで待っていたのだろう? 手間をかけたな」
「とんでもありませんわ」
 椿さんは多くを語らず、ただ頬笑みを絶やす事無く頭を下げ、階段へ向かった。
 使用人の誰かに頼む事も出来たのに、大切な用事なのだと思うからこその心遣い。
 それは決して恩着せがましいものではなく、とても自然で奥ゆかしい。

 椿さんは外見だけではなく、所作の全て心遣いに至るまで、とても綺麗な人だ。
 いつも彼女に見惚れてしまうのは、面立ちだけが原因じゃない。

「さくら、先に部屋へ戻っていてくれ。私は父上の所へ行って来る」
「分かりました。先に戻っていますね」
 戻りますね、とは言っても、自分の部屋ではなく一さんのお部屋なのだけれどね。
 お父様の書斎へ向かう一さんを見送り、部屋へ向かうべく階段を上り始めると、荷物を運び終えたらしい森さん親子とすれ違った。「有難う」とお礼を言って視線を合わせると、茂さんが私をからかった。
「さくらさん、温室の桜が寂しがっていますよ? さくらさんが坊ちゃんにばっかり夢中だ、って」

「余計な事言ってんじゃねぇっ、テメーはっ」
 すかさず森さんの拳が茂さんの頭上に落ちるけれど、本気で殴っている訳ではないので私もつい笑みが零れた。
「明日は会いに行きます。私も今日は早目に家を出たので、桜に会いに行けなくて寂しかったわ」
 茂さんは「桜に伝えておきますよー」と手を振り、森さんに耳を引っ張られながら階段を下りて行った。

 温室の桜は、一年前に私が桜花村を出る時に持って来た、村の御神木。
 それなりに大きな桜の木だもの。勿論、植え替えは大変だった。根付かなければ枯れてしまう危険性もあったから、ちょっと躊躇しなかった訳ではないけれど、村のお父様が「村を離れるさくらを見守る為に場所を移るのだから、きっと根付いてくれるよ」と言って下さった。
 そしてそれ以上に、腕の良い森さんや専属庭師仲間の方々が頑張ってくれたお陰で、一さんと私の思い出である桜の木は、葉山家の温室に根付いた。
 留守にするなどの特別な事が無い限り、私は毎日温室の桜に会いに行く。けれど今日は、早朝から出掛けてしまったので、温室へ行く時間が取れなかった。

 私は一さんの部屋へ入ると、荷物には目もくれず一直線に本棚へ向かう。私専用に置いてくれている踏み台に乗って、一番上の棚から青い布張りのケースを取り出した。
「確か、これ……」
 踏み台から降りて、ケースを外しその場で開く。その正体はフォトアルバム。以前一さんに見せてもらった事のある、大学時代の物だ。
 あまり見ない物らしく、背表紙も中の台紙もピシっとして、とても整っている。
 パラパラとめくり、私は写真の中に一さんの幼馴染である大介さんを探す。大介さんが一緒なら、一さんも気を許して映っている物だと思うから。そんな時なら、同期の女性が一緒に映っていてもおかしくない。

「これかしら……」
 気になった一枚の上で、私の手は止まる。
 一さんと大介さんの他に、女性が三人映っている。そのうちの二人は、恐らくあのショップに居た女性達。
 ――後の一人は……。

「この人が……、祥子さんだろうか……」

 何故か一さんの肩に寄り添って微笑む姿は、私の胸をきつく締めつけた……。








人気ブログランキングへ




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ 3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ 3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 2017・短編集
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【第6章≪嵐の夜≫15】へ  【第7章≪北欧の王子≫・1】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【第6章≪嵐の夜≫15】へ
  • 【第7章≪北欧の王子≫・1】へ