「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第7章≪北欧の王子≫・1

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「おはようございます。お目覚めは如何で御座いますか。お嬢様」
 彼の変わらぬ笑顔を前に、正直、紗月姫は、花恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
 三時間の逢瀬を貰った翌朝、紗月姫の起床時間にやって来たのは、章太郎を監視に付けた神藤だ。
 既に起きて身嗜みを整えている時もあれば、呑気にベッドの中で本を読んでいる時などもある。しかし、何たる事か今日に至っては、二人が寝室へ入った時に紗月姫はまだ眠っていたのだ。
「おや……」
 あまりの珍しさに声を漏らした神藤ではあったが、昨夜何があったのか察しが付いている章太郎は、片手で口を押さえ横を向いてしまった。
 下手をすると笑い出して、神藤をからかってしまいそうだ。「お前、どれだけ苛めたんだ」と。

 軽く揺すられ目を開いた紗月姫ではあったが、至近距離に神藤の顔があり、驚いて一瞬のうちに目は覚めた。
「御気分は如何でしょう?」
「……良いわ……」
「私もです」
 主人の気分が良いならば自分も……。という意味合いとは明らかに違う口調。紗月姫の頬はほわりと染まった。
 神藤から視線を外せないまま、ゆっくりと起き上がる。視界の端に章太郎が何とも気まずい表情のまま笑いを堪えている姿が映り、くすぐられ続ける羞恥心を抑え、あえて章太郎に訊ねた。
「ねぇ、水野。お母様は? 昨夜はいつ御戻りになったの?」
「奥様で御座いますか?」
 話しかけられるとは思っていなかった章太郎は、緩みかかった表情を素早く引き締め、得意の早技で姿勢を正す。卒の無い態度で、紗月姫の質問に答えた。
「奥様でしたら、昨夜は日付が変わる前に御帰邸なされております。――旦那様と、御一緒に」
「あら? お父様もそんなに遅くまで戻られていなかったの? 二人ご一緒だったのかしら?」
「いいえ。御一緒ではありませんでしたが、お帰りの時はご一緒でした」

 昨夜帰って来た時、紗月姫は椿に礼を言おうと思っていた。
 この素敵な逢瀬を仕組んでくれたのは美春だと聞かされてはいるが、話の流れから、恐らく椿も関係しているだろう事が推測出来たからだ。
 父に逆らって心を向けてくれた母に、ひと言礼が言いたかったのだ。
 だが戻って来てみると、椿はまだ帰って来てはいないという。帰って来るまで、就寝時間を過ぎてもこっそりと待っていようかとも思ったのだが、神藤に激しい愛情を注がれて、予想以上に身体が甘くけだるい。ベッドに入ると、引き込まれるように眠ってしまった。

 だが、昨日は帰宅が早いだろと聞いていた総司まで戻っていなかったというところには、気が回らなかった
 少々薄情かもしれないが、しょうがない。

「朝食の時に、お会い出来るかしら」
「伺ってまいりますか?」
「お願い」
「かしこまりました」
 新しい任務を与えられた章太郎が一歩下がると、彼の監視下に居なくてはならない神藤も紗月姫から離れる。一礼してから、通常通りの言葉を口にした。
「ではお嬢様、私はお部屋の外で待機をしております。お召し替えが御済みになられましたらお呼び下さい。髪を梳かせて頂きます」
「分かったわ」
 神藤に髪を梳いてもらうのは、紗月姫が大好きな時間のひとつだ。監視付きになってはいるが、その時間を貰える事に紗月姫はこの上ない至福を感じる。

 だが、幸せな気持ちは、次の瞬間不安に変わる。
「――本日の予定で御座いますが、夕刻に、久我山様が御機嫌伺いにいらっしゃる予定となっております」

 幸せな夢の後に、襲い来る現実。

「……分かったわ……」
 紗月姫は苦々しい思いで、現実を受け入れるしかない。


*****


 体のだるさは少々あった。だが学から預かっている仕事をこなさなくてはならないという使命感もあって、美春はいつも通り出勤をした。昨日は仕事の途中で連れ出されてしまったので、早朝出勤だ。
 彼女は何とか出社出来たが、櫻井と須賀に関しては休ませた方が良いのではないかと考えていた。診察後に大丈夫だと言って帰ったが、二人とも体力的精神的に疲労は大きいはずなのだ。そんな事は、幾多のトラブルを経験してきた美春には当然のように分かる。
 二人の仕事予定を確認して、無理が無さそうなら休む様に連絡を入れようと思っていた。こんな場合の為に、先週から仕事を詰め、先を見越して進めていたのだから。

 だが、美春が出社した時、櫻井と須賀は既に専務室で待機をしていた。

「身体も辛いだろうし、休んでもらおうと思っていたんですよ」
 二人の前にコーヒーを置き、美春はにこりと笑う。二人は思ったより疲労の色も感じさせない様子で、安心させてもらえるレベルで元気そうだ。
「そうはいかないだろう。辻川の件はカタが付いても、まだ専務は留守なんだからな。まぁ、これ以上何かあったとしても、昨日以上の事にはならないだろうが……」
 櫻井の考えに須賀も同意のようだ。聞きながら何度も首を縦に振る。どこまでも指令に忠実な櫻井と須賀を見て、美春は笑みを浮かべた。
 二人の気持ちがとても嬉しい。おまけに双方とも妙に機嫌は良いのは、大きな仕事を終えようとしている軽い達成感なのではないかと思うと、二人が学の“お傍付き”である事に誇りさえ感じてしまう。

「有難うございます。須賀さん、櫻井さん」

 だが、この二人の機嫌の良さには、仕事に対する達成感の他にも理由があるのだ。
 櫻井は、何と言っても冴子の懐妊が分かった事。彼女は今日病院へ行った。着いて行きたかったのだが、「仕事に行きなさい」と姉さん女房に怒られてしまったのだ。
 妊娠は間違いないと確信しているので、嬉しさのあまりそれを口に出してしまそうになる。だがやはりこういった話は、会長かさくらに話すのが最初ではないかと思うと、じれったく思いながらも口に出せない。
 一方須賀も、昨夜悠里と話し合い、明後日の日曜日に彼女の両親に挨拶をしに行く事を決めた。
 激しく緊張はするが、これはとても良い意味での緊張だ。この奮い立つ気持ちは、大きなシステムをハッキングしようとする前にも似ている。
 美春にチラリとでも話して、もしもの時に備え、ちょっとしたアドバイスなどを貰えたら……とも思う。そうなれば美春も、きっと仕事はそっちのけで話をしてくれる事だろう。
 しかし、やはりどうも照れ臭くて、口に出せないのだ。

「専務も、明日には戻って来るそうですし、頑張りましょう」
 二人に掛けた言葉を、美春は自分用に心の中で繰り返す。

 明日には学が帰って来る。何時頃かは分からないが、土曜には帰ると言っていたのだから間違いは無いだろう。
 戻ってから最後のひと仕上げがあるとの事だったので、終わった訳ではないのだろうが、それでも、美春の元に戻って来るのは間違いではない。

 ――すぐに帰るからな。お前の所に。――

 学の力強い声を思い出す。
 美春の頬に微かな赤みがさし、口元には微笑みが宿った。


*****


 久我山がその荷物を受け取ったのは、正午過ぎの事だった。
 場所は、久我山が講師として入っている大学の研究室。一人で居たところに、小包が届けられたのだ。
 両手で持って丁度良いくらいの大きさだが、重さはそれほどではない。何だろうと差し出し人を確認すると、何と“辻川紗月姫”とあった。

「紗月姫さん? 何だ? “特別条件”に関する誓約書でも送って来たのかな?」
 少々卑下した口調は、彼が今、条件的に紗月姫より上の立場であると確信をしているからだろう。

 久我山には自信がある。紗月姫は間違いなく自分を選ぶ。
 そうすれば、いつまでもお世話役の男と宜しくやれるのだ。
「流石にお嬢様は、話が早い」
 紗月姫の姿を思い出し、久我山はニヤリと口角を歪める。
 条件を突き付けた時の、どこか怯えた表情が彼の精神を昂らせる。婚前交渉のひとつでも迫って、もっと困らせてやろうかと考えると、全身が興奮に粟立った。

 デスクに箱を置き、梱包テープをはがす。
 彼は何も疑う事無く、大きく蓋を開けた。
 そして……。

 ――大きな爆発音が、響き渡ったのだ…………。







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**********

後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 第7章≪北欧の王子≫
 スタートします。

 嵐の夜から一夜明け、例の夫婦喧嘩……というか、兄妹喧嘩、というか……、は、どうやら椿さんが帰った事で治まりが着いた様です。
 まぁ、それでも平和的に終わったとは思えませんので、その辺りも少しずつ。(*´艸`*)

 紗月姫にとって幸せな朝かと思えば、待っていたのは辛い現実。
 ですが、その紗月姫を手玉に取ろうとした久我山にも、先の二人と同じ運命が待っていました。

 辛い現実を抱える紗月姫に反して、明日戻って来るであろう学と、彼が持ち帰る結果を心待ちにする美春ではありますが……。
 さて、学に帰って来てもらいましょうか。
 夢の中でも、いいから。

 では、次回!




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「おはようございます。お目覚めは如何で御座いますか。お嬢様」 彼の変わらぬ笑顔を前に、正直、紗月姫は、花恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。 三時間の逢瀬を貰った翌朝、紗月姫の起床時間にやって来たのは、章太郎を監視に付けた神藤だ。 既に起きて身嗜みを整え...
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