「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第7章≪北欧の王子≫・7

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 そこは、小さいが良く整備された、小奇麗な公園だった。
 広大な敷地を持つ辻川の屋敷。その裏手に、紗月姫が産まれる前からある施設だ。
 周辺には数件の高級住宅や高層マンションなどがあるので、公園には子供の姿を見る事もあれば、散歩などをしている者もいる。

 そしてこの公園に、神藤は特別な思いを抱いていた。

「まさか美春様にお誘い頂けるとは、思ってもいませんでした」
 美しいシャンパンベージュのベンツ。後部座席のドアを開き、神藤はエスコートの手を差し出す。彼の手を借り、にこりと笑みを見せたのは美春だ。
 小さな公園の傍らに停めたベンツから降り立ち、美春は手を取ってくれた神藤を見詰める。木漏れ陽と共に揺れる黒髪が銀色の採光を放つさまに見惚れながら、誘いの理由を口にする。
「学が、小さな紗月姫ちゃんを連れて遊びに来ていた、っていう公園を見てみたかったの。黙って連れて行って神藤さんに怒られた、って言っていたわ」

 土曜日の昼下がり、美春は椿を通して神藤を呼び出して貰った。
 邸で仕事をしていた彼ではあったが、美春がどうしても行きたい場所に、彼の付き添いを望んでいると聞いて少々首を傾げた。だが、学が居ないので神藤に、との事だ。もしかしたら危険が伴う場所なのかもしれない。
 場所を教えられないまま、会社で仕事をしている美春を迎えに向かう。神藤が到着をした時、既に会社の前で待っていた美春を見て、そんなに急いで行きたい所とは何処なのだろうと固唾を呑んだ彼に、美春は明るい笑顔で言ったのだ。

「神藤さん! デートしましょう!」

 ――彼は、この言葉を聞いた瞬間、学に殴り殺されるかもしれない可能性を覚悟した。


 しかしその内容は、小さな紗月姫をよく学が連れて行ったという公園へ、美春も連れて行って欲しいというものだったのだ。
「幼いお嬢様を、学様は時々私の目を盗み、裏口から連れ出してしまうのです。こっそりとこの公園へ連れて来て、ブランコに乗せていました」
 公園内の遊歩道を並んで歩き始めると、神藤は長い腕を伸ばし、遊び場の片隅にあるブランコを手で示した。
 それは、ごく普通のブランコだ。箱椅子型になっている訳でも、ガードが付いている訳でもない。ただ腰を下ろして左右の鎖を掴むだけのブランコ。
「お屋敷からお嬢様が消えて、もちろんお付き達は大騒ぎでした」
「でも、いつも神藤さんが見付けていたんでしょう?」
「はい。学様が連れ出すのはいつもここ。あのブランコにお嬢様を乗せて、手加減無くこいでいるのを見付け、何度ご注意申し上げた事か」
 
 その光景が目に浮かぶようだ。
 もしも紗月姫が六歳くらいなら、学は十二歳、神藤は十八歳。
 ちょっと生意気盛りになりかかったお嬢様の従兄を、彼はどんな思いで叱っていたのだろう。
 遠回しに叱られても、きっと学ならば平然として聞き流していたか、時として言い返していたのではないかとさえ思える。

 想像して笑いを堪える美春を、神藤は頬笑みを浮かべ傍らのベンチへ促す。一度ベンチの表面を掌で撫で、自分のハンカチを敷いて美春を座らせると、横へ視線を流した。
 そこには、辻川の敷地を囲む木々が見える。屋敷の裏門を出て木々を抜けると、滅多に車も通らない道を挟み、この公園まで来る事が出来るのだ。
「学様に連れ出されていたお陰で、お嬢様は邸からこの公園にだけはお一人で来られるようになりました。ご機嫌を損ねられました時、数回ここでブランコに乗っていらっしゃった事があります」
「紗月姫ちゃんが……唯一、神藤さん無しで来られる場所かしら?」
「そうですね……。ですが、これからは……、もっと増える事でしょう」

 グレーの瞳に陰が落ちる。紗月姫の婚約者が決定すれば、神藤は完全にお世話役を解かれるのだ。そうなれば、彼が紗月姫について歩く事も無くなるのだから、紗月姫はおのずと自分ひとりの行動範囲を広げてゆく事になるだろう。
 彼の手は、やがて完全に必要なくなる。神藤はそれを思い、無意識のうちに両手を強く握り締めた。

 三人の候補は消えてしまったが、まだ学と謎の五人目が存在している。
 紗月姫の婚約者選びは、続行されているのだ。

 神藤の物憂げな表情を確認しながらも、美春は周囲へ視線を走らせ、公園の周囲を黒い車が二周した事を確認した。
「神藤さん、喉渇かない?」
「はい? 喉、ですか?」
「ええ。神藤さんと二人っきりだなんて、私、緊張しちゃって喉が渇いたわ。公園の入り口に自動販売機があったでしょう? 紅茶か何かあったら、買って来てもらえません? 連れて来て貰ったお礼に、神藤さんの分も奢っちゃいますっ」
 笑顔で飲み物を頼む美春だが、どう考えても唐突過ぎやしないか。もしかしたら、少々沈んでしまった神藤に気を遣ったのではないか。彼ならずとも、そう考えてしまうところだ。
 神藤は、バッグから小銭入れを出そうとした美春の手を、指先で触れて止めた。
「結構で御座います。私に、御馳走させて下さい」
「でも悪いわ。紗月姫ちゃんに怒られちゃう」
「他の誰でもない、美春様にですよ? お嬢様がお怒りになられる筈が無い。私も、美春様と二人でお話が出来るなど、とても素敵な時間を頂けているのですから、お礼をさせて下さい」
 男性の申し出に必要以上の我を張るのはかえって失礼だ。ここは気持ちを受け取ろう。美春はバッグを膝に抱え、にこりと微笑んだ。
「お言葉に甘えます」
 肩を竦め、はにかんだ可愛らしい頬笑みに少し見惚れてから、神藤もにこりと笑みを浮かべた。
「お待ち下さい。すぐに買ってまいります」
 そう言い残して、神藤は美春の傍を離れる。
 彼の後ろ姿を見送りながら、美春は眉を寄せ、固唾を呑んだ。

「……成功しますように……」


*****


 公園の正面入り口横には、二台の自動販売機がある。
 どちらも飲料系ではあるが、一台はコーヒーがメイン。もう一台はジュースがメインだ。
 缶に入った飲料など口にした事が無かった紗月姫に、初めて与えたのはこの自販機で買った紅茶飲料だった。
 あれは紗月姫が十二歳の時。神藤のポケットマネーで買ったものだったが、それ以来、紗月姫は時々、神藤に缶ジュースを強請る様になった。
 缶ジュースが気に入った訳ではない。神藤が、自分のお金で何かをしてくれるという行為が、紗月姫には嬉しかったのだろう。
 望まずとも何でも与えられる彼女にとって、自分が強請る事で好きな人が何かを与えてくれる、そんな一時は、得たくても得られない宝物のような経験だ。

 嬉しかったのは、もちろん紗月姫だけではない。
 神藤にとってもまた、宝物の様な一時だった。

(そんな事も、もう出来なくなるのか)

 考え込みながら自販機へ向かった神藤は、目指す場所に先客が居る事に気付いた。
 女性。それも日本人ではない。それはスーツから伸びた手脚の白さ、彫刻の様な目鼻立ち、そして何より、後ろで綺麗にまとめ上げた銀色の髪が物語っている。
 凛として、それでいて穏やかで品のある立ち姿は、一見椿の雰囲気を想像させる。だが、年齢的には椿よりも年上だろう。
 飲み物を買うのではなく、ただ誰かを待つように佇む女性へ、神藤は声をかけた。

『何か、お困りですか?』

 その時、神藤の口から出たのは、何故かD王国の公用語。

 そして……。

 女性が持つグレーの瞳が、神藤の瞳と出会った時……。

 ――三十年分の運命が、逆回転を始めた……――。







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**********

後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 いきなり神藤を呼び出した美春。
 それにはもちろん、理由がありました。

 彼が出会った女性は何者なのか。
 神藤に、運命の転機が訪れます。

 では、次回!!




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 そこは、小さいが良く整備された、小奇麗な公園だった。 広大な敷地を持つ辻川の屋敷。その裏手に、紗月姫が産まれる前からある施設だ。 周辺には数件の高級住宅や高層マンションなどがあるので、公園には子供の姿を見る事もあれば、散歩などをしている者もいる。 そ...
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