「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第7章≪北欧の王子≫・14

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 ――――その爆音に、一瞬誰もが固まった。

 爆発自体は、そんなに大きな物ではない。
 学が放り投げた紙袋は前庭の中央で爆発し、良く整えられた芝を噴き上げ、遊歩道を囲むタイルを砕き散らした。
 前庭に人の姿は無く、また、一般の歩道側にまで影響のある爆風なども起こる事は無かった。
 その為、注意して見ていた者でなくてはそれが爆発物による影響であるという事は、理解出来ないところだろう。

「専務!」
 この場に居合わせた者達が一斉に叫んだ。
 柳原や、外に出ていた社員、エントランスの中で外の騒ぎに気付いた社員、そして詩織。
「学!!」
 だがその中で、美春だけが違う名を呼び、エントランスを駆け抜けて外へと飛び出した。
 学が助手席側から飛び出したのは分かった。その直後、何かを放り投げて爆発が起こったのだ。

 美春の脳裏に、昼間出会った成澤咲月が蘇る。
 咲月に関わった男は皆死ぬ、今残っている男も、と学を示すかのような言葉を残した彼女。
(まさかこの爆発は……彼女が……?)

 大きな不安を抱いて飛び出した美春の耳に、大きな叫び声が飛び込んでくる。
「うああっ!!」
 それと同時に走って来た男に体当たりをされ、構える間もなく転倒してしまった。
「お嬢さん! 大丈夫ですか!」
 男を追おうとしていた柳原が美春の元へ駆け寄る。美春を「お嬢さん」と呼んでしまうのは、出会った頃から彼の癖ではあるが、会社に居る時は「光野さん」と呼ぶよう心がけている。だが今のように咄嗟の状況では、やはり癖が出てしまうようだ。
 手を貸そうとした柳原だったが、美春がその手に掴まる前に、素早く駆け寄って来た学がひょいっと彼女を抱き抱えてしまった。
「大丈夫か?」
「あ……うん……、大丈夫……」
 転んでしまったとはいえ、会社の正面で堂々とお姫様抱っこをされるとは思わなかった。
 少人数ではあるが社員も見ている。ちょっと照れ臭い気持ちはあったが、学の腕に抱かれて嬉しい気持ちはその照れ臭さをはるかに凌ぐものだ。美春はそのまま抱かれている事にした。
「学こそ……大丈夫?」
「お前の男は、あんな小さな爆発ぐらいでヘバる男か?」
 美春はニヤつきそうな口元を歪めながら、学の胸をパシッと叩く。
「んもぅ、他の言い方があるでしょうっ」

 学が来てくれたので、安心した柳原は男を追おうとした。だが学は、それを引き止めたのだ。
「柳原さん、すぐ警察に連絡を。心配しなくても、彼はすぐ捕まる」
「でも、どこに誰とも……」
「――久我山氏を襲った愉快犯と同人物だと、通報しておいてくれ」
 美春は驚いて学を見た。久我山が爆弾魔の手にかかったのは、まだ学が帰国していない昨日の事だ。相変わらずの情報の早さに驚かされるが、これが葉山学の通常である事も確かなのだ。

 柳原がビルの中へ入っていくと、学は安堵の息を吐き、車に目を向けた。
「愛車がぶっ飛ばなくて良かったよ。流石に三台目も爆発させたなんて言ったら、もうディーラーに売ってもらえなくなりそうだ」
「そうかしら? 新しいパンフレット沢山かかえて吹っ飛んで来るような気がするわ。こんな時のスペア用に二台まとめて如何ですか? とか言われそう」
「かもな」
 クスリと笑って視線を流した先には、爆発で中央部分が崩れた前庭がある。
 男の顔を、学は知っていた。
 元はもっと堂々とした男であった筈だが、ひとつの失脚が彼の精神を蝕み、とうとうここまで落ちぶれさせてしまったらしい。

 一度は紗月姫の婚約者候補リストにまで名を連ねたというのに。
 高木康司。彼は、己の邪心に負けたのだ。

 爆破事件の陰に高木の存在を確信する学を見ながら、美春は咲月を思い出す。やはり彼女の言葉は、憎しみのあまり彼女自身が手を下したように思い込んでしまった物なのだと考えた。
 憎んだ相手の周囲に大きな災難が降りかかり続ければ、自分が放つ負の情念が悲惨な状況を生んでいるのだと、錯覚しても不思議ではない。

 だが、紗月姫に関わった男であっても、学は無事だったのだ。
 美春はホッと胸を撫で下ろす。

「ねぇ、学、私なら大丈夫だから。もう良いよ、下ろして?」
 学だって大仕事の後なのだ。疲れているだろう。美春は気を遣って申し出るが、何故か彼はムッとして眉を寄せた。
「何だ? 俺の抱っこじゃ嫌だ、っていうのか?」
「え? そんな事言ってないよ。だって、ほら、皆が見てるし……。学だって疲れているでしょう?」
「転んだ美春を歩かせられるかっ。足でも痛めていたらどうする。このまま専務室まで連れていく。それとも処置室か医務室に……」
「いいってばぁっ、別に怪我なんかしてないよ。下ろして? ねっ、学」

「――神藤さんには、大人しく抱っこされていたんだろ?」

 美春は笑顔のまま言葉を失う。
 微かに冷や汗が浮かんだ瞬間、学はにっこりと嫌味なほどの笑顔を作った。
「専務室まで抱っこしてってやるから、神藤さんとどっちが気持ちイイか判断してくれ。なっ? 美春ちゃんっ」

 美春は薄っすらと思い出す。
 今朝、眠りに引き込まれる直前、夢の学に嫌がらせをしてしまった事を……。

(わ、私……、神藤さんの方が上手、とか言った様な……)

 笑顔のまま凍った美春。思惑込みで満面の笑みを湛える学。
 周囲から見れば、それはとても微笑ましい光景だ。

 だが……。

 当人達にとっては、あまり微笑ましくは無い……。


*****


 高木の精神は昂っていた。
 彼は全ての物に絶望している。自分の未来にも、生きているという事実にさえ。
 辻川紗月姫に暴挙を働いた日から転落した人生。そこから立ち直ろうと思えば足掻く事も出来たのに、彼はそれをしなかった。
 何も出来ない自分を哀れみ、その哀れみは紗月姫への恨みに変わり、脅す程度の気持ちで流行りの爆弾魔を利用して、愉快犯を気取った。
 しかしそれは、人の命を奪う大事件へと発展したのだ。
 容疑者として挙げられ、社会的地位を失い、親にまで絶縁された。
 紗月姫を道連れに死んでやろうと、爆発物を用意した辻川家のパーティーの日、彼は成澤咲月と出会い、更に運命を狂わされる。

 ――――手を組みましょう。

 復讐させてやる。
 辻川紗月姫を、一緒に悲運の中へ抛り込んでやろう、と。

 九条は薬品で意識を失わせ、アクセルを踏ませたまま車を車道へ突っ込ませた。
 泥酔していた袴田は、無理矢理歩道橋から落とした。
 久我山には、紗月姫と同じタイプの爆発物を送りつけた。

 婚約者候補はこの三人だけだと認識していたが、紗月姫に深くかかわっている男として知られているのは、葉山の御曹司。
 確か婚約者はいた筈だが、この先どうなるかは分からない。
 手を下しておいた方が良いという咲月の指示で、現れるか分からない葉山学を会社の前で待ち伏せしていたのだが……。

 失敗だ。
 すぐに手は回り、高木は逮捕されるだろう。
 顔を見られているのだから、もう容疑者ではない。犯人として扱われる。

「もう、お終いだ……」
 寂びれた小さな公園。トイレの裏に隠れ、高木は頭を抱えた。
 絶望に暮れているはずなのに、その心は荒ぶり高ぶっている。そしてそれは、彼の人生で最後の興奮だった。

「そうね……。もうおしまい」
 無感情な声が耳に入った次の瞬間、彼の身体は大きく震え、瞳孔が開き、大きく開いた口からは涎に混じって血が流れ出した。
 声も無くその場に倒れた彼の背後に立っていたのは、咲月だ。

「あんたなんか……、もういらない……」

 咲月の手に握られた大きなジャックナイフは、赤い液体にまみれていた。







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**********

後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 いやいや、学が無事で良かった。
 ……なんて、ホッとしてられないんですよ。
 これから専務室で何が起こるのか、美春にしてみれば冷や汗ものです。
 夢の中だと油断して「絶対言わない」なんて思っていた事を口にしてしまっていますからね。(笑)
 いや、何にしろ、微笑ましい光景です。(そうか?)

 その裏で、微笑ましくない出来事がひとつ。
 絶望の中で絶たれた命。躓いたまま起き上がれず、人生の坂道を転がり落ちた男も哀れではありますが、その坂道から突き落としたのは咲月です。
 高木以上の虚無感を纏う咲月の運命は、どこまで狂って行くのでしょう。

 ……と、深刻になる前に、もっと深刻な事態になりそうな専務室を覗いてみましょう。
 第7章、ラストです。
 婚約破棄事件の真相が、明かされますよ。

 では、次回!!





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 ――――その爆音に、一瞬誰もが固まった。 爆発自体は、そんなに大きな物ではない。 学が放り投げた紙袋は前庭の中央で爆発し、良く整えられた芝を噴き上げ、遊歩道を囲むタイルを砕き散らした。 前庭に人の姿は無く、また、一般の歩道側にまで影響のある爆風なども...
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