そうだ、君にキスしよう

第1話・それはキスの話題から始まった

 ←第7章≪北欧の王子≫・14 →桜・9『気にしても良いですか?』
「今までで、いっちばん気持ちの良かったキスって、いつのだった?」
 思えば、誰がそんな事を言い出したのだろう。
 私立西海学園高校。三年A組の教室には麗らかな陽射しが射し込んでいる。昼食を摂ったばかりの身体に、暖かな気温が気持ち良い。
 ついつい眠気を感じ、うつらうつらと夢心地でいる中、少々思春期少年特有の反応を身体に感じ始めてしまった仲間の一人が、そんな色気付いた話を口にしたのだ。

「葉山の話なんか、聞いてみたいよなぁ」
 窓辺に固まった五人組の男子。
 その中でも一際目立つ少年に話は振られる。射し込む陽射しをオーラのように背から受け、窓縁に寄りかかるその姿は、眉目秀麗のお手本の様な容姿。
 葉山学。
 その姿形のせいか、また実際そうであるせいか、数々の浮名を流す彼に話が振られるのは当然の事。
 どんな濃厚な話が聞けるかと周囲はワクワクするが、彼の口からは考えるまでも無く、アッサリとした答えが出された。
「んー、二歳の時のキスかな」

 予想外過ぎてギャラリーは言葉を失う。
 もちろんだが、彼らが聞きたかったのはそんな“おままごと”的な話ではない。
 もっと思春期の血が湧き立つような、「昼から変な話しないでよ!」と周囲の女子に怒られてしまいそうな話だ。
 しかし、期待のホープは信念を曲げない。
「あの時以上に気持ちの良かったキスなんて……、今までにねーなぁ……」
 呟きつつ、学はチラリと視線を流す。

 同じように窓側に立ち、数人の女子と固まって談笑している、栗色の髪をした少女へ。

 期待のホープは食後のコーヒーを飲む前だ。きっとこの暖かさで頭が平和になっているに違いない。そう信じた質問主は、自分が腰掛けている机の主に話しを振った。
「田島は?」

 不意に話を振られ、ただひとり席に座っていた田島信は質問主を見上げる。
「は? 何が?」
「何だよ、何、ボーっとしてんの」
「あ、いや、腹いっぱいで眠くてさ……」
 話を逸らしたい態度が透けて見える信の言い訳を聞いて、学がクスリと笑う。実際、信がボーっとしていた理由を知っているのは学だけだ。

 信が見ていたのは、学が視線を向けた所と同じ場所。教室の後ろ側の窓辺に溜まる女子グループ。その中に混ざる、セミロングの黒髪が綺麗な、和風的雰囲気の漂う少女だ。
 持ち前の爽やかな笑顔で仲間を誤魔化そうとする信は、ちょっと可愛い系のアイドル顔ではあるが、中身は立派な“男”である為、好きな女の子を少々の妄想込みで眺めてしまうのは致し方ない事なのだ。

「信チャンは、こーんな可愛い顔して、経験豊富だからなぁ。お前、年上とばっか付き合ってたから、結構苦労無しだろ」
 学の前に立っていた少年が、信の頭を掴みグリグリと頭天を押す。ここにたむろしている五人は系列中学からの繰り上がり進学組だ。誰が、いつ、どんな彼女を作ったという類の不純異性交遊歴は隠しようが無い。
「でも、高校に入ってから彼女作った事無いよな?」
「……まぁな」
「声掛けてくれるオネーサンとか、いない訳じゃないだろ? カラオケとか行ったら、お前絶対OLとかに声掛けられるし」
「ははは……」
「その可愛い顔で騙した女の体験談を、是非っ」
「アホっっ」

(そういう話は葉山に振れっ)

 何とか話を逸らしたい信は、助け舟を求めて無二の親友を視線で仰ぐ。
 しかし学は、涼しげな目元を軽く和ませただけで口を挟もうとはしない。どうやら彼は、信が弄られるのを楽しんでいるらしい。 
(てめっ! お前の好きな女の名前、教壇の上で叫ぶぞ!)

 心の中で脅してみるが、実現不可能である事は本人が一番良く知っている。
 する前に叩き潰されるか、決行した瞬間、報復措置として中学時代の年上遍歴をクラス中に晒されるだけだ。

 ――――付き合うのも別れるのも、いつも女側から。その可愛い容姿と、有名弁護士の息子であるという肩書だけで彼に纏わり付いてきた、年上女性達との嬉しくない“大人の付き合い”的な全貌を。

 何とかして誤魔化す方法は無いものか。彼の思考は逃げ道を試行錯誤し出す。
 そんな時、彼の横を、ふわりとした風が流れた。
 風の中に漂う、頭の中が蕩けてしまいそうなほどの良い香り。その香りが誰のものであるかを悟った信は、すぐに香りの主へと視線を向けた。

「クスッ……」
 小さな笑い声が、信にだけ聞こえたような気がする……。
 信の机の横を通り過ぎた主は、さっきまで彼が見詰めていた黒髪の少女。――菱崎涼香だ。
 友達と楽しそうに話をしている信をチラリと見て笑顔を零した彼女。少々きつめの和風美人な彼女ではあるが、ふいに零す笑顔はとても可愛らしい。そんな笑顔を見せられては信も堪らない。彼は咄嗟に椅子から立ち上がった。
「涼香さんっ、どこ行く……!」
「おやぁ? 涼香嬢、どこへいらっしゃるので?」
 しかし、信と同じ質問を、信より大きな声で、更に製薬会社の御曹司という育ちの良さを全面に見せる理知的な口調で、同時に発してしまったのは学だ。
 こういう時は声の大きな者、それも、相手を引き付けた方の勝ちだ。今の場合どちらに軍配が挙がるかといえば、もちろん声を発しただけで近くの女子から視線が集中する学の勝ちだろう。
(はやまぁぁっ……てめぇっ……)
 信は言葉を失い、両手を机に着いたまま肩を落とす。

「うん。ジュース買いに。自販機まで。じゃんけんで負けちゃったのよ。うふふっ、“パシリ”よっ、“パシリ”っ」

 しかし涼香は何故か、学ではなく信に話しかけた。










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