そうだ、君にキスしよう

第2話・パシリのお供、させて頂きます

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「酷いでしょう? 五人分よぉ?」
 クスクス笑いながら、涼香は“信”に話しかける。
 普通の女子なら学に反応するところだ。だが彼女は信に反応してくれた。その事実に、彼自身感動せずにはいられない。
 どうやら友達皆の分を一手に引き受けさせられたらしい。「酷いでしょ」と批難をしつつも、“パシリ”などという彼女のイメージには合わない言葉を使って笑顔を見せる涼香は、その実とても楽しそうだ。

「ふぅん、五人分じゃ重いよねぇ」
 信に敗北するという有り得ない結果を見た学ではあるが、そんな事でショックを受ける彼ではない。「うん、重い、重い」と連呼し、信の机を蹴飛ばして合図を飛ばしたのだ。
 合図の意味に気付いた信は、勢い良く立ち上がった。
「涼香さんっ! オレ、手伝う! 持ってあげるよ、ジュース!」
「え? でも、悪いよ。大丈夫よ、五本くらい」
「涼香さんは、そんな重たい物持っちゃ駄目だよ! 筋肉痛とかになって扇子とか持てなくなったらどうすんのさ!」
 涼香は信の勢いに噴き出した。
 涼香の家は日本舞踊の家元。彼女は長女で、生まれた時から雅な世界の人だ。彼女が持つ凛とした和的なイメージは、生まれ付き身体に沁みついているものでもあるだろう。
 お箸と同じくらい扇子を持ち慣れた人間ではあるが、ジュースを持って筋肉痛は言い過ぎではないだろうか。

「ほらほら、行こう、行こうっ、何だったらオレが奢ってあげるからっ」
 信は机から出ると、涼香の背を押して歩き出した。
「いっ、いいわよ、お金は皆から徴収したし。……ジュースも、持てるから……」
「いいから、いいからっ」
 そのまま、あっという間に教室を出てしまった二人。
 このやり取りを唖然と眺めていたのは、涼香と一緒だった女子四人と、同じく信とたむろっていた男子四人ではあるが、そんな中、学が苦笑いで呟いた。
「“パシリ”が“下僕”を連れてったぞ」


*****


「あと、紅茶が二本……」
 友達から聞き預かった注文を繰り返し呟き、涼香は商品のボタンを押す。
 売店横、三台並んだ自動販売機のうち中央の一台を占領し、仲良く並ぶ二人組。一本一本落ちて来る度に取り出すのは、低くしゃがみ込んだ信の役目だ。
 冷えた缶飲料が落ちてくると、素早く取り出し次を待つ。しかしただ黙って待っている彼でも無く、その間は横目で涼香の脚を鑑賞していたりするのだ。

(涼香さんの脚、細くて白くて綺麗だよなぁ……。転んだら折れちゃいそうだ……)

 ついついボーと見惚れてしまい、視線が膝丈スカートの上へ行こうと悪戯心を起こすと次の缶が落ちて来る。そこで現実に戻され視線は逸らされる訳だが、まるで涼香が図って落としているかのような実に良いタイミングだ。

「はい、これで最後」
 最後の一本宣言と共に落ちて来たのは缶コーヒー。それも、甘いカフェ・オ・レ系ではなくブラック系。女子でもこんなの飲む子がいるんだと、何気なく取り出し一緒に抱えて立ち上がる。
「あれ?」
 改めて見ると缶飲料は六本。女子は涼香も含めて五人だったと思ったが、誰かが二本頼んだのだろうか。
 すると、涼香が信の腕の中から問題のコーヒーを抜き取り、彼の制服をグイッと引っ張るとブレザーのポケットに入れた。
「はい、これ田島君の」
「え?」
「持ってもらったお礼よ。んふっ、これで良かった? よく葉山君と一緒にこれ飲んでるから」
 両肩を軽く竦め小首を傾げる。にこりと微笑んだ笑顔は、信の目を釘付けにした。
(可愛いなぁ……、涼香さん……)

 あまりにも涼香に見惚れ過ぎた信は、返事をするのも忘れる。もちろん涼香は不審そうに眉を寄せた。
「……コーヒーじゃない方が良かった?」
「あっ、いや、違うよ、……買い物のお供くらいでこんな……いいのに」
「いいじゃない、私がしたかったんだもん。素直に受け取ってよ。田島君にはいつも色々良くしてもらうし、……って、そんな事言ったらコーヒー一本じゃ足りないくらいだけど」
「コーヒーで良いよ、充分、充分っ」
 このままだともっと涼香が義理立てしてしまいそうだと感じた信は、コーヒーのお礼を有り難く受け取る。
 何にしろ憧れの彼女に貰った物だ。このコーヒーは絶対開けず、亡き母の仏前に供え、毎朝晩一緒に拝もう。――信は、硬く心に誓う。

「良かった。何かと気に掛けてやってるんだから、お礼に制服くれ、とか言われたらどうしようかと思っちゃった」
「ちょっとっ、オレ、そこまで変態じゃないからっ」
「だって、さっき物欲し気に私のスカート見てたでしょ?」
「えっ!?」
 信は焦って抱えたジュースを落としそうになった。
(違う! 見てたのはスカートじゃなくて、脚!!)
 ……とは言えない……。

「面白いから、田島君が見上げてきたらジュースを落としてたのよ。気付いた?」
 ジュースが落ちるタイミングは、やはり図られていたものらしい。少々意地悪にも感じてしまう涼香の態度も、信が見ればこの上なく恋心がくすぐられる。しかし、制服を欲しがっているという疑惑は解きたいところだ。
「まぁ、冗談抜きにね、田島君には感謝してるのよ。一年の時からいつも気に掛けてくれるでしょ。重い物持ってくれたり、行事で遅くなったら家まで送ってくれたり。こうやって買い物に付き合ってくれるのも良くある事だし」
 どうやら涼香は、制服の件を気にはしていないようだ。おまけに好きでやっていた事に関して彼女は感謝してくれている。
 もちろん信の気持ちは舞い上がる。

「葉山君なんかね、『田島は涼香さんの下僕みたいだな』とか言うのよ。酷くない?」

「そうだなぁ、一回キスしてくれたら、オレ、本当に涼香さんの下僕になってもいいなぁ」

 舞い上がる気持ちのまま、信は言葉を口にした。
 片腕で缶五本を抱え、空いた手の指先で涼香の唇の先をツンっと軽くつついたのだ。

 その瞬間。

 涼香が困った顔をして、真っ赤になってしまった……。











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まとめtyaiました【第2話・パシリのお供、させて頂きます】

「酷いでしょう? 五人分よぉ?」 クスクス笑いながら、涼香は“信”に話しかける。 普通の女子なら学に反応するところだ。だが彼女は信に反応してくれた。その事実に、彼自身感動せずにはいられない。 どうやら友達皆の分を一手に引き受けさせられたらしい。「酷いで...
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