そうだ、君にキスしよう

第3話・片想いと、悩み多き少年達

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(え……、涼香さん……?)

 信としては、ノリで本音が出はしたものの、本気にされるとは思っていなかった。「馬鹿ねぇ、もぅっ」と、かわされ、笑い飛ばしてもらえるだろう。そんな予測まで立てていたのだ。

 しかし、つついた涼香の唇があまりにも柔らかくて、信は思わず息を止めてしまった。
 ――それと同時に、涼香の頬が染まったのだ。

 気が強くシッカリ者の涼香が、不意に見せた儚さ。
 困惑に歪んだ目元。羞恥に染まる頬。自分の言葉を失った唇……。
 意外な反応に、信は罪悪感さえ覚える。慌てて手を引っ込め後ろに隠すと、涼香は勢い良く信に背を向けた。
「なっ、何言ってるのよっ。田島君、いくら葉山君と仲が良いからって、あの軽口真似しちゃ駄目よっ。田島君には似合わないからねっ。……ほらっ、早く行こう」
「ははは……、ご、……ごめん……」

 作り笑いを漏らし、先に歩き始めた涼香の後を追う。いつもなら普通に隣へ並んで歩くのだが、今だけは彼女の隣に並ぶ事は出来なかった。
 後ろから見ても、涼香が耳まで真っ赤になってしまっているのが分かる。口調こそ通常に戻ってはいたが、彼女の内心は羞恥で満ちているに違いない。

 涼香はどちらかといえば、言いたい事をハッキリと言う、気丈な性格だ。
 からかわれても大人の余裕で返し、意見されても理不尽な事には毅然とした態度で意見し返す。決して要らない動揺や弱みは見せない。そんな強い女性。――……の、筈だった。

 だから信も、心の何処かで安心していたのだ。「キスしてくれたら、下僕になってもいいな」そんな冗談、きっと笑って返してくれるだろうと。
 けれど……。

(そんなに気にするなんて、思ってなかったんだ……)
 涼香の後ろ姿を見詰めながら、信は心で言い訳をする。
 綺麗に背筋が伸びた、流麗さを感じさせる後ろ姿。一八〇センチの信と一六〇センチの涼香では断然信の方が大きいが、涼香の堂々とした態度はいつも彼女を大きく見せていた。
 けれど今は、彼女の背中がとても小さく竦まって見える。
(ごめん……。涼香さん……)

 心の中で謝っても口からは出てこない。とてもではないが話しかけられる雰囲気ではなかった。
 セミロングのストレートヘアから時折覗く耳は、信の悪戯な言葉に染まったまま、彼を許してはくれない。
 教室へ着くまで、涼香は振り向かなかった。そして二人は、そのまま一言も話せないまま、一日を終えてしまったのだ。


*****


「セクハラだな。信チャンのエッチっ」

(お前に言われたくねーよ)

 信は心の中で反論し、大きな溜息をつく。
「無言になっちまうほど……、言われたのが嫌だったのかな……」
 だが結局は心の内を話してしまうのは、セクハラ疑惑をかけて来た当人が、無二の親友であるからに他ならない。
「まぁ、そうとは限らない。言われて嬉しかったから、恥ずかしくて何も言えなくなった、って可能性もあるだろう?」
 そして、セクハラ疑惑を立件しつつも、学は無二の親友を庇ってしまうのだ。――が……。
「ニヤニヤすんなっ」
 学の拳が後頭部へ飛ぶ。油断をしていた信は前にのめり、机に額を打ち付けてしまった。もちろん、「言われて嬉しかった」の可能性に顔の筋肉を緩ませてしまった事への報復だ。

 放課後、夕暮れの教室には信と学だけしかいない。席に座って物憂げな信と、彼の悩みを一応思慮深く思いやる学。
 これが男女であるなら、間違いなく恋に発展しそうだ。――――間違っても有り得ない。二人はそれぞれ、意中の女子に骨抜きなのだから。

「まぁ、そんな遠回しにじゃなくて、ハッキリ言った方が良かったのかもな。涼香さん、ハッキリした性格だし。ハッキリ言われた方が『よしっ』って度胸決めてくれたのかもしれないし」
「言うって……、何をだよ」
「『りょーかさん、好きだからキスしよー』って」
「言えるかぁっっ! お前だって光野さんにそんな事言えねーだろーがっ!」
「俺は言ってる。本気にされないけどなっ」
 真顔で断言する学を目の前に、信は閉口する。言っても本気にされず片想いのままなら、言えない信と何ら状況は変わらない。

「まなぶー、お待たせぇ。あれ? 田島君、また残ってたの?」
 その時、開きっ放しのドアから一人の少女が入ってきた。
 背まで垂らされた栗色の癖毛。誰もが認める優美な笑顔とスラリとした容姿故、彼女は“ミス西海高校”として、巷でもちょっとした有名人。光野美春、昼休みに学がずっと眺めていた少女であり、彼の幼馴染だ。

「うん。ちょっと図書館に行ってたんだ。光野さんは、進路相談だっけ?」
「うん、そーなの。正直目指す学部が定まってなくて……。あーあ、疲れたぁ、お腹空いたなぁ……」
 やれやれと苦笑いをしつつ、意味ありげな視線を学に送る。すると学はクスリと笑い、自分の鞄と美春の鞄を脇に抱えてさっさと彼女の元へ駆け寄った。
「じゃぁ、ドーナツでも食いに行くか」
「行くーーっ。わーい、待ってて貰ってラッキーっ」
「奢ってやっから、お礼にチューして、美春チャンっ」
「んふふ、アホっ」
 余裕の笑顔でかわされるが、学にとっては本気のアプローチ。幼馴染であるだけに、学の片想い歴は同情に値するほど長いのだ。

(あいつも苦労してるよな)

 女性関係に関しては百戦錬磨の負け知らずである無二の親友でも、たった一人の想い人に苦戦しているのだ。
 それを考えると、少しだけ、信は勇気付けられる。

 だからと言って、この悩みが解決する訳ではないのだが……。














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(え……、涼香さん……?) 信としては、ノリで本音が出はしたものの、本気にされるとは思っていなかった。「馬鹿ねぇ、もぅっ」と、かわされ、笑い飛ばしてもらえるだろう。そんな予測まで立てていたのだ。 しかし、つついた涼香の唇があまりにも柔らかくて、信は思わ...
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