そうだ、君にキスしよう

第4話・偉大すぎる父と・頼りの母

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「涼香さんと仲直り出来ますよーにっ」

 ――――苦しい時の、母頼み。
 と、いう訳ではないのだが……。

「母さーん、頼むよーぉ」
 大きなナリを小さく縮め、口から出るのは甘え口調。
 合掌した指先を額に付けて、チラリと仰ぎ見るは母の遺影。

 信の母は、彼が八歳の時、病気で他界した。
 明るくて優しくて、父ととても仲が良かった母。そんな母が大好きだった信は、何かお願い事があるたびに母の仏前へと足を運び座り込む。
 神社へのお百度参りより、母への願懸け。
 幼い頃から、信の心の中で、母は神より頼られた存在なのだ。

「無理」

 朝の陽射しがさんさんと射し込む仏間。大きな仏壇の前で一人正座を決め込み、祈り倒す信の耳に聞こえた無情な言葉。
 もちろん、母の遺影が答えた訳ではない。

「はるかはコーヒーが飲めなかった。供えるなら、緑茶かミルクティーにしろ」
 ズケズケと大切な母を呼び捨てにし、供え物の内容まで指示付けるのは、言うまでも無く信の父だ。

「……父さん」
 信は大きく息を吐き、正座をしたまま身体の向きを変え、顔を上げた。
 父は仏間の入り口でネクタイを結びながら、面白そうに息子を眺めている。

「オレが買ったんじゃないよ。コレ、買ってくれた人と、言葉の行き違いでちょっと気まずくなっちゃってさ……」
「それで、はるか頼みか? で? 何をした、青少年。性的暴行か? それとも痴情による傷害か?」
「父さんっ!」
「どうせお前の事だ。菱崎涼香さん絡みなんだろう?」

(お見通しですかっ)

 閉口する信を目の前に、ニヤリと口角を上げる父。
 彼に睨まれたら、もう二度と太陽に下を歩けない。法廷のナポレオンに不可能の文字は無いとまで言われる、無戦敗の男、田島信悟弁護士。田島総合法律事務所の所長にして、信の父親だ。
 例え息子の片想いひとつであろうと、彼の前で隠し事は出来ない。

 その優秀さと父の名声が、時に信の周囲に良からぬ輩を呼ぶのだ。

 信悟は眼鏡の下を親指の腹でくいっと上げると、位牌の前に置かれたブラックティストの缶コーヒーを取り上げた。
「とにかく、はるかの仏前に、はるかが嫌いだった物を置くのは許さない。というより、私が法廷で惨敗する事くらいあり得ない。飲んでしまえ」
 素晴らしいほどの自己称賛的意見。この自信家ぶり、学とどっちが上なのだろう。信は時々考えてしまう。

 信の手にコーヒーの缶が預けられる。昨日涼香に貰って、結局は飲めずに持って帰って来てしまった物だ。
 もったいないから、飲まずに母の仏前に供えよう。その思い通り実行したのだが、信悟は息子の素直さを否定した。
「彼女はこれを、飲まずに取っておいて欲しくて買ってくれたのか? 何かの礼とか、感謝の気持ちで渡してくれたんじゃないのか? 『有難う、嬉しいよ』そう言って、すぐに飲んでやった方が、彼女の為だったのではないのか?」

 信は言葉無く信悟を見詰める。信悟の言葉は正論だ。信はもったいなく思ってしまったが、涼香はすぐにでも飲んで欲しかったに違いない。
 すぐに缶を開け、「有難う、オレ、もぅ一生下僕でいいや」と冗談半分にかわしていれば、学が語るところの“セクハラ発言”には繋がらなかったのではないだろうか。

 信は缶の口を開け、溜息をついてから一気に飲み干した。
 ブラックティストとはいえ、微かな甘みは感じる。そんな感覚が、どことなく涼香に似ていると思ってしまった。辛口でつれない態度の中に、ドキリとする甘さを見せてくれる彼女。そう思うと、信は余計に切なくなる。
 信があまりにも情けない顔をするので見るに見兼ねたのだろう。信悟は信の頭を撫でるという珍しい行動に出た。
 それも、父親的な力強い撫で方では無く、まるで母親を真似るような優しい撫で方だ。
「喧嘩なんだか、怒らせただけなんだか知らないが、仏壇の前に座り込む前に、そうなってしまった原因を解決するのか先決だろう? はるか頼みは、解決したはずなのに気まずい状態が続いてしまって、どうしたら良いか分からない、ってくらいになってからにしろ」
「父さん……」
「まぁ、原因が性的暴行だった場合は、私は菱崎さん側の弁護につかせてもらうがな」
「しっ……信悟君のイジワルっっ」

 亡き母の口癖を真似る信だが、息子の気も知らず笑い声を上げ、信悟はリビングへ戻っていった。
 飲み干した缶で額をコンッと叩いて、信は苦笑いを漏らしす。
「そう言えばオレ……、直接謝ってなかった……」

 戸惑う涼香の姿に動揺して、戸惑わせてしまった事を謝っていない。
 確かにあの時、謝れる雰囲気では無かった。しかしその後からでも「ごめん、冗談だったんだよ。怒った?」そう言って謝る事は出来たのに。
 基本的な事だ。
 父が言った通り、悩むのは“原因”を解決してからで良い。

(変な事言ってごめん、そう言って謝ればいい……)

 信はチラリとリビングを窺(うかが)う。父の姿が見えない事を確認して、もう一度仏前で手を合わせた。

「……うまく謝れますように……」

 やっぱりここは、大好きだった“母さん頼み”。

 ――母の遺影が、苦笑いをした様な気がした。













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「涼香さんと仲直り出来ますよーにっ」 ――――苦しい時の、母頼み。 と、いう訳ではないのだが……。「母さーん、頼むよーぉ」 大きなナリを小さく縮め、口から出るのは甘え口調。 合掌した指先を額に付けて、チラリと仰ぎ見るは母の遺影。 信の母は、彼が八歳の時...
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