「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第8章≪永遠の約束≫・2

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 脱走癖がある紗月姫には、周囲が青くなって止める得意技がある。
 それは、二階にある自室のベランダから前庭へと飛び降りる事だ。
 一階の天井が高く取られているので、二階といってもかなり高い。通常ならば考えられない。下で神藤が抱き止める為に待ち構えているとでもいうのなら、安心して飛び降りるのも分かる。実際彼女は、神藤が受け止めてくれるという信頼の元に、ヘリコプターから単身飛び降りた事さえあるのだ。
 だがベランダに関しては別だ。紗月姫は一人ででも飛び降りてしまう。

「風が助けてくれるし、木々や草花が受け止めてくれるわ。だから大丈夫」

 青くなる周囲に、紗月姫は幼い頃からそう言ってきた。
 何故か彼女が言うと、周囲も納得してしまう。その、神秘的な雰囲気ゆえに。

 そして、紗月姫が誰にも気付かれる事無く窓から脱走すると、直感的にそれを感じ取ってしまう男がいる。
 もちろん、神藤だ。

 明日、学と五人目の候補がやって来てこれからの話し合いがなされると聞いた神藤は、就寝前の仕事もなかなか手が付かずにいた。
 もうすぐ日付も変わるという頃、彼は妙な胸騒ぎを感じる。急いで窓を開き夜風に身を晒すと、風や木々が、紗月姫が部屋を抜け出した事を教えてくれた。
 紗月姫の傍にいる事を許されていた部屋から移され、外の景色は変わってしまったが、紗月姫と仲が良い風や木々達は、彼女が誰よりも心をかけている神藤に対して、いつも味方をしてくれる。
「こんな時間に……」
 しかし、眠れないのであろう紗月姫の気持ちは、痛いほど分かる。彼とて今夜は眠れそうもない。

 神藤はスーツの上着に腕を通すと、ネクタイを結びながら部屋を出た。


*****


「眠れる筈なんて、ないじゃない……」
 周囲に人の姿は無い。だが独り言でも無い。
「ねぇ? あなた達も、そう思うでしょう?」
 慰めが彼女の頬を撫で、戯れが髪に絡む。掌に落ちて来る花びらを膝に散らし、紗月姫は藤棚を仰いだ。
「あの人と……、藤を見られなくなるのに……」
 紗月姫は、藤と話をしているのだ。

 窓から抜け出した紗月姫が行ける所など、限られている。
 明日の事を考えると不安で堪らない彼女は、少しでも心を癒そうと温室へやって来た。
 いつも通り藤棚の下へ座り、花を仰いで花びらと戯れる。心地良い空間に身を委ねつつも物足りなさを感じるのは、きっと、彼が居ないせい……。

「神藤……」

 紗月姫が呟くと藤が騒ぐ。すると、藤棚へと続く道の茂みが動いた。
 紗月姫は視線を流し、笑みを浮かべる。茂みから出て来た人物を見詰め、その姿から視線を外す事無く彼を追った。
「よく、見付けたわね……」
 神藤はにこりと微笑み、紗月姫の前に跪く。
「私が、お嬢様を見付けられない筈が無いではありませんか」
 居なくなった紗月姫を見付けるのも、こっそりと抜け出した彼女を感じる事が出来るのも、彼だけだ。
 そして紗月姫も、神藤にだけ、見付けて貰う事を望んでいる。
 いつも、いつも。
 幼い頃から……。十八年間、ずっと……。

 そしてこれからも、望んでいたいのに……。

 神藤は上着を脱ぎ、紗月姫の肩から掛けた。
 彼女は薄いアイボリーのネグリジェ姿だ。身体の上には、他に羽織物を用いてはいない。
「はしたないですよ。見付けたのが私で良かった」
 紗月姫は胸の前で交差させた両手で上着を握り、神藤を仰ぐ。
「神藤が、見付けてくれると信じていたもの……」

 紗月姫はそのまま、神藤の胸の中へ寄りかかった。

「私が見付けて欲しいのは、神藤だけよ……。これからも……」

 藤が、静かに揺らぐ。
 その揺らぎは、もう後が無い紗月姫の心を表し、散る花びらは心の涙が如く、ゆらり零れる。

「神藤……」

 紗月姫の声が震えた。彼女は神藤を見上げ、心の涙を聡明な瞳の奥に浮かべて、儚い望みを口にした。

「――ずっと、一緒にいてね……」

 ざわり……っと、藤が騒ぐ。
 紗月姫の望みを、最後の悪足掻きと哀れ蔑み、それでも、そんな彼女を愛しみ……。
 藤は、沈黙した。

「……はい……」
 神藤の返答が、微かに震える。彼の瞳が、光にではなく涙に反射してグレーの色を湛えた。

「約束よ……」
「はい、お嬢様……」

 震える身体に両腕をいっぱいに回し、神藤は心と身体で紗月姫を抱き締める。
 涙のひとしずく、零れる羽のひと房も逃がさぬよう。
 ――――彼の、最愛の天使を。

「私は、お嬢様のものです。この身体も、心も、命も全て。……私は、お嬢様の為に生きて来たのですから……」
「神藤……」

 紗月姫も両腕を伸ばし、彼女の全てで神藤を受け止めた。
 腕の中からすり抜けて行かぬよう、煌めく銀色の雫さえ逃さぬよう。
 ――――彼女の、最愛の藤を……。

「お嬢様、お願いがあります……」
 神藤の囁きを、紗月姫は彼の腕の中で一時の幸せを感じながら体内へ取り込む。
「なに……?」
 明日、何が行われるのか、二人とも分かっている。
 寄り添うこの時間が、悪足掻きである事も。
 それでも二人は、最後のこの時間に寄り添い、身体を離そうとはしない。

 束の間の幸せ。
 その幸せに酔う紗月姫にもたらされた、神藤の願い。

 それは、辛い現実だった。

「私がもし、貴女の傍にいる事を許されず、貴女を守れなくなったら、その時は、私を……――お嬢様の手で、殺して下さい……」







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**********

後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 紗月姫がヘリコプターから飛び降りるというシーンは、第7部で書いた事があります。
 その時、見ていた一に「天使が落ちて来たのかと思った」と言われ「堕天使ならぬよう心します」と答えています。
 禁戒を冒し、その身を汚した彼女は、今は堕天使なのかもしれません。

 後戻りはできません。
 藤棚の下で、最後の悲恋が紡がれます。
 二人がかわす、哀しい約束。
 それは、三十年前の悲恋を思い起こさせるものでもありました。

 では、次回!!




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 脱走癖がある紗月姫には、周囲が青くなって止める得意技がある。 それは、二階にある自室のベランダから前庭へと飛び降りる事だ。 一階の天井が高く取られているので、二階といってもかなり高い。通常ならば考えられない。下で神藤が抱き止める為に待ち構えているとで...
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