そうだ、君にキスしよう

第5話・謝るチャンス、オレに下さい

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「おはよう! 涼香さん!!」
 教室へ入るなり、いきなり目の前に現れた信。
 元気一杯と言うよりは、耳が痛くなるほどの勢いで挨拶をされ、涼香は大きな目をぱちくりとさせた。
「……お、おはよう……。田島君……」

(よしっ! 口きいてもらったっ!)

 第一段階達成の思いに、信の心はむせび泣く。
 涼香としては、驚きのあまり出てしまった棒読みの挨拶だったのだが、そんな事信には関係ないのだ。
 この勢いで、昨日の失言を謝ってしまおうと思い立った信ではあったが、美春の姿を見付けた涼香がアッサリと彼を捨てて親友の元へと移動してしまったので、彼の考えは計画倒れに終わる。

「美春、おはよう」
「おはよー、涼香。あれぇ? 何だか疲れた顔してるけど、大丈夫?」
「ん、大丈夫だよ。有難う」

 そんな会話を背後で聞きながら、ガクリと肩を落とす信。だが今日はまだ始まったばかり、夕方までチャンスはあるのだと希望を持ち直し、背を伸ばして握り拳を作る。

 女子の黄色い歓声をバックに登校して来た学が、後ろから信を眺め「……分かりやすい奴」と苦笑交じりに呟いた。


*****


 夕方までチャンスはある。
 休み時間や教室移動、それこそ昼休みだって……。
 しかし、信の希望はことごとく裏切られる。
 何故か今日の涼香は元気が無く、どうも話しかけるキッカケが掴めない。話しかけようとすれば近くに居ないが、授業が始まると戻って来ている、といった感じだ。

(もしかしてオレ、避けられてるとかじゃないよな……)
 必然的に考えは悪い方向へ向かい、今朝の勢いは萎え始める。
 おまけに最大のチャンスである昼休みにも、涼香の姿は見当たらなかったのだ。

「光野さん、あの……、涼香さんは?」
 いつも通りの女子メンバーと、おしゃべりに興じていた美春に近寄り何気なく訊ねてみたが、美春に小首を傾げられてしまい、信は気まずい状況に追い込まれた。
「ん? 涼香に何か用?」
「あ、いや、いつも固まってるのに、いないなぁ、とか思ってさ……」
 恐らく他の女子から見れば「うわっ、田島君っ、わざとらしぃっ!」と呆れてしまうところだろう。
 何といっても日頃見られる信の態度から、彼が涼香に気があるのだというのは周知の事実。無言の了解というものだからだ。

 しかし、そこは流石に十数年幼馴染の気持ちに気付けない、少々天然さが漂う美春の事。にこりと笑って罪な一言を投げつける。
「保健室だよ。今朝から体調が良く無いから通いづめ。少し良くなるまで寝かせてもらえば良いのに、授業が始まると戻ってきちゃうんだよね。お弁当も食べないで行ってるから、少しは休めると良いんだけど。だから、涼香の周りでうるさくしちゃ駄目だよ? 田島君っ。そんな事したら、“げんこ”あげるよっ。“げんこ”っ」

 “げんこ”ではなく、「うるさくしたらダメだよ」に信は怯む。しかし、違う言葉に反応した学が、どこからか飛んで来て顔を出した。
「何? 何? 美春が何をくれるって?」
「欲しいの? 学」
「欲しい、欲しい。美春がくれるモンなら、何でも貰うぞ俺は」
「じゃぁ、あげるよ」

 それは見事な“げんこ”を学が頂戴する姿を見る前に、信はその場を離れた。
 登校前から張り切ってはみたものの、ここまで旨くいかないと、本当に避けられているのではないかとさえ思う。

「あーあー……」
 信は窓縁に肘をつき、三階の窓から外を眺めた。
 窓からは学校の前庭が見える。信の視線が引き寄せられたのは、校舎近くに根を張った一際大きな桜の木。
 その桜を物憂げに見詰め、信はもう一度深い溜息をついた。


*****


 五時限目が始まる前に、律儀にも涼香は戻って来た。
 午後からは通しで芸術鑑賞。視聴覚室に用意された映画館並みのスクリーンで、名画鑑賞をさせられるのだ。
 もちろん、ただ観ていれば良いというものでも無く、鑑賞作品に対してのレポート提出は必須だ。
 本来ならば出席番号順で並べられている席順ではあるが、基本的には自由席。そうなると当然のように学は美春の傍に陣取り、鑑賞しながらああだこうだと話し合う。
 涼香が美春の傍にいれば、もちろん信も近くに席を取る。大体は後ろや斜め後ろに座り、鑑賞そっちのけで彼女を眺めている事が多いのだが、今日は隣に座ってしまおうかと少々悩んだ。

「涼香、大丈夫?」
 まず女子二人が席に着くと、美春はすぐに涼香を気遣った。今日は朝から保健室通いだ。風邪でもひいているのかと流石に信も心配になるが、彼女の体調が悪い理由を、察しが良く、気遣いに関しては人一倍長けた学が口にした。
「踊りの稽古で疲れているのかな? 春は御呼ばれも多いだろう? 何たって菱崎流の御長女様は名手として高名だからね」
「あら? 葉山君に褒めてもらえると嬉しいわね。でも、そうなのよ。御呼ばれ続きでね。夜中しか稽古の時間が取れなくて……」
 言っている傍から欠伸が出る。人前で大口を開けるなど、躾に厳しい環境で育った涼香にしては珍しい失態。彼女も慌てて両手で口元を押さえ、下を向いた。

 その慌てぶりが、信の目には妙に可愛らしく映ってしまう。彼はドキリと高鳴った気持ちのままに言葉をかけた。
「じゃ、じゃぁさ、後ろの席で寝てなよ。お、オレ、横で先生に気付かれない様に見ててあげるから。レポートはさ、オレがやってあげるから、心配しないで」
 誰が聞いても不正行為のオンパレード。真面目な涼香は、もちろん目を丸くする。
 いきなりここまで言うのはやり過ぎかと信も後悔をするが、口に出してしまったのだ、後には引けない。
「疲れてるのに、無理しちゃ駄目だよ。涼香さんは、少し人に頼らなくちゃ駄目なんだからね」
「えっ、あのっ、田島君っ……」
 信は涼香の腕を掴み、いささか無理矢理、後ろの席へと歩き出したのだ。









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「おはよう! 涼香さん!!」 教室へ入るなり、いきなり目の前に現れた信。 元気一杯と言うよりは、耳が痛くなるほどの勢いで挨拶をされ、涼香は大きな目をぱちくりとさせた。「……お、おはよう……。田島君……」(よしっ! 口きいてもらったっ!) 第一段階達成の思...
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