「恋桜~さくら・シリーズ」
恋桜~さくら~・3

桜・11『不機嫌ですか?』

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「あら? お兄様は、まだお帰りになられてはいないの?」
 リビングで本を読んでいた私の耳に、不思議そうな声が入り込む。
 顔を上げると、開いたままのドアから椿さんが中を覗いて小首を傾げていた。
 リビングの中に居るのは私だけ。当然私に問いかけたのだろう。
「お帰りなさい、椿さん。お出迎えにも出ずに、ごめんなさい」
 私は本を脇に置き、立ち上がって会釈をする。
 椿さんは学校から帰ってから、婚約者の方と食事に出かけていた。時計を見ると二十二時。リビングに居たのだから、帰って来た時にでも気付けた筈なのに。どうやら私の意識は違うところへ飛んでいて、周囲に目を向ける余裕は持てなかったよう……。

「良いのよ。もうお部屋に戻っていると思っていたから驚いたの。お兄様を待っていらっしゃるの?」
「いいえ。一さんはもう会社から戻っています。今は書斎でお仕事を」
「そうなの? さくらさんがこんな時間までリビングにいらっしゃるから、てっきりお兄様がお帰りになるのを待っているのかと思ったわ。お兄様のお仕事がお忙しいようなら、気にせずお休みになったら?」
 椿さんは、気遣うように笑顔を見せてリビングへ入って来る。出迎えに着いていたメイドさんにお茶を頼んで、私の横に腰を下ろした。
「それとも、お部屋へ戻る事や、私が帰って来た事などにも気付けないほど、重要な考え事でもしていたのかしら?」

 秀麗な笑みと共に、問いかけられる疑問。

 それは、図星だった。

「はい……」

 私は、ずっと考え事をしていた。
 恐らく、手にしていた本の内容など、頭には入っていないほど。

「私でも聞いてあげられる事かしら?」
 椿さんは、立ったまま座ろうとしない私の手を引き、ソファに腰を下ろさせる。
 一さんに良く似た、まっすぐで綺麗な瞳に見詰められ、私は暫し彼女に見惚れた。

「……一さん、御機嫌が良くなくて……」
「お兄様が?」
「はい、朝はそうでもなかったのですが、帰って来てから……。特に怒っている表情をする訳ではないのですけれど、やっぱり、いつもと違うんです……。お夕食後も、すぐに書斎に籠ってしまって……」
 帰って来てから、何となくおかしいなとは思っていた。いつも通り笑ってくれるし話しかけてもくれるけれど、時々何かを考え込んでふと眉を寄せる。その表情が、ちょっと怖い……。

「お兄様の御機嫌が悪いのは、たまにある事ではあるけれど……。さくらさんにしてみれば、気になってしまうわよね……」
「はい……、でも、私には優しくしてくれますが、仕事に入ると、とても厳しい方だと聞いています。お仕事で嫌な思いもされるでしょうし、忙しくて大変な時もあるのだと思います。何かに当たりたいほどイラつく事もあるだろうと思うと、時々御機嫌がおかしいのも、しょうがない事なのだと……」

 会社で何があっても、私にはいつも通りに接してくれる。
 だから私も、雰囲気から何かあったのだと悟れる時は出来るだけそっとしておく事にしているの。
 会社の事やお仕事の事、秘書の勉強をしながら少しずつ習得していってはいるけれど、まだ私は口出しが出来るほど精通してはいないから。
 一さんも切り替えが早い人なので、書斎に籠った翌日は元に戻っている人だ。だから私も、こんな日は一人で部屋に戻って寝てしまう。
 ……けれど今日は、それ以外に気になる事があって、部屋に戻る事も忘れていた……。

「さくらさんのお気遣いは素敵ね。さくらさんがお兄様を理解して下さっている気持ちは、きっとお兄様にも伝わっていますわ。さくらさんが分かってくれていると思うからこそ、お兄様も成すべき事に集中出来るのでしょうね」
「いえ、そんな……」
 どうしても、椿さんに褒められると照れてしまう。
 でも本当に、こんな時私に出来るのは、見守る事だけなんだもの。

「でも、お部屋に戻る事を忘れてしまうほど、さくらさんを悩ませるのはいけない事だわ。そんな悪いお兄様には、明日顔を合わせたら一言忠告して差し上げるわ」
「いえっ、そんな、良いんですっ……」
 両手と首を振り、慌てて遠慮を見せる。だって、私が考え込んでしまっていたのは、一さんの御機嫌が悪かったから、という理由だけじゃないから。

「失礼致します。さくら様」
 リビングに入って来たのは、椿さんがお茶を頼んだメイドさん。トレイを携え一礼すると、手に持ったティーカップを椿さんの元へ運ぶ前に、私への用件を口にした。
「一様から御伝言が入っております。まだ起きているようなら、書斎にコーヒーを頼みたいとの事でした」
「じゃぁ、すぐに」
 私は急いで立ち上がり、お茶の相手が出来なくなった事を含めて、椿さんに頭を下げる。けれど彼女は、とても嬉しそうに微笑んでくれた。
「お兄様の方からお声をかけて下さって良かったわね。少し御機嫌が直ったのかしら? 気になる事も解決して、気持ち良くお休みになれる事を願っていますわ」
「有難うございます」

 本当に椿さんは素敵だ。
 今まで私が見て来た二十代の女性の中で、一番素敵な人である事は間違いが無い。
 一さんと結婚すれば、名目上、私は椿さんの“義姉”になる。そう思うと、凄く緊張するの。もっとしっかりしなくちゃ、って。

 私は椿さんに頭を下げ、まずはコーヒーを淹れに厨房へ向かった。









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