そうだ、君にキスしよう

第7話・薄闇の中、はがゆい想いを

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 スクリーンに映るのはアメリカ映画。
 女性監督が実際に某ハイスクールへ忍び込んで脚本を書いたという、高校生達が主人公の青春映画。
 主演女優のヌードシーンが話題にもなった物で、上映前に教師がその旨を説明すると、男子女子、それぞれ違う思惑で喚声が上がった。
 鑑賞後にはレポートが待っている。だが今日の映画は重いテーマの物ではないので、生徒達は楽しんで鑑賞体制に入っているようだ。
 それでも、感想を書けるくらいには観ておかなくては……。

 だが信は、流れる映像を観てはいても、頭には入って行かない自分に気付いている。
 彼の頭の中は、涼香の事でいっぱいだ。
 彼の肩に寄りかかり、その身を預けて眠る彼女に。

(良い匂いだなぁ……)
 清々しく柔らかな香り、少し古風なものを感じさせるその香りは、いつも涼香が通り過ぎるたび、彼女の傍に近寄るたびに感じていた香り。
 髪から香る物とはまた違う、いわば彼女の体臭なのかもしれないが、それを感じるたび、信はいつも心地良い陶酔感に捉われる。
(別にオレ、匂いフェチとかじゃないけど、涼香さんは特別なんだからな!)
 心の主張は、特に誰かに宛てたものではないのだが、何故か彼は言い訳調子だ

 耳に聞こえるのは、映画の音声ではなく、微かな彼女の寝息。
 寄りかかられる重みは、今彼が感じている幸せに比べれば、あまりにも軽過ぎる。

 顔を僅かに傾ける。涼香の髪が頬に当たり、暗闇に慣れた目に彼女の寝顔が映った。
 薄闇の中、スクリーンから貰う明るさが涼香の寝顔をより鮮明に見せてくれる。

(可愛い……)

 少々キツイ美人顔の涼香だが、眠る顔が可愛いと知ったのは高二の時。皆で行った夏休みキャンプの時、そして修学旅行の時。
 また見たいと思っても、眠った顔などそうそう見られるものではない。
 信は引き付けられるように、涼香の寝顔に見入った。

 罪のない彼女の寝顔に見入っているうちに、信の気持ちは勝手に高揚する。
 鼓動は高鳴り、心臓の動きで身体が揺れ動いてしまっているのではないかという錯覚さえ起こした。
 そしてその高揚感は、彼に罪を罪と思わない感情を与える。

 白い肌に、伏せられた瞼を彩る艶やかなまつげ。
 半開きになった唇は紅を差した様に鮮やかで、小振りだがふくよかな質感が心を誘う。

(――涼香さん……、好きだよ)

 一年生の時からずっと言いたいのに、何故か言い渡せない言葉。
 心で何度告白しただろう。
 空想の中で、何度彼女に、キスしただろう……――。


*****


 チラリチラリと、しきりに後ろの席を気にしている美春に気付いた学は、肘で彼女をつついてニヤリと笑った。
「信用してやれよ。田島は、やる時はやってくれる男なんだぞ」
 本当に涼香を庇い切れるのか疑っていた気持ちを見透かされ、美春はちょっと言い訳に走った。
「べ、別に疑っている訳じゃないのよっ。でも、ほら、大丈夫かなぁ、って……」
「真面目なあいつが、居眠りの片棒担ぐってんだから、かなりの覚悟だぞ。懸命だよなぁ」
「そうだね。友達想いだよね」
 小さく吐息して前を向き直した美春を、学はいささか訝しげに眺める。

 信が涼香を好きであろう事は、近しい友達ならば皆が知っている。
 しかし美春の様子では、それに気付いていないかのような雰囲気だ。

(……いや、美春なら、有り得る……)

 頭は良く、心遣いも出来るのに、ソッチ方面にはてんで疎い美春。
 女性に関しては百戦錬磨を誇る学が手こずる、ただひとりの少女であり大本命だ。

(そういうところが、可愛いんだよなぁ……)
 こちらも映画どころではなく、眺めてしまうのは美春の横顔。
 その視線を感じたのかどうなのかは分からないが、美春がいきなり顔を向けた。
「学はさぁ、私が居眠りしてたら、先生に言いつけるでしょっ」
「何言ってんだよ。黙って寝かせておくよ」
「ホント?」
「疑うなよ。美春の寝顔じっくり眺めて頭の中に焼き付けてさ、有り難く今夜のオカズに……っってぇっっ」

 悪ふざけが言い終わらないうちに、彼は眉を寄せて端整な顔を崩した。
 台詞の途中で美春が学のスネを蹴ったのだ。

「みっ、みはるっ……痛ってぇ……っ」
「くっだらない事ばっか言うからよ。このエロ男」
 ひと言言い捨て前を向く。そんな美春の横で、蹴られた足をさすりながら、学は溜息と共に呟いた。

「ものすげー、本気なのに……」

「……学のアホ……」

 呟きに返した返事。
 小さく小さく呟いた美春の頬が、薄闇の中でピンク色に染まった事を、学は知らない……。


*****


 最後列の席には二人きり。他の生徒の姿はない。
 それがまた、この空間には涼香と二人だけであるかの様な、おかしな錯覚を信に見せた。

 肩に寄りかかる涼香を動かさぬよう、信はゆっくりと首を沈め、顔を近付ける。
 目と鼻の先に彼女の顔が迫った状態で、信はその寝顔に見惚れた。

 信の胸は、掻き毟られるじれったさと共に痛み出す。
 好きで好きで堪らないのに。どうして想いは伝わらないのだろう。どうして彼女は気付いてくれないのだろう。

 どうしたら、こんなにも彼女が好きだという気持ちを、伝えられるのだろう――――。

 引き返せないほどに近付いた顔。頬に感じる涼香の吐息。
 もう少し近付けば、確実に触れる唇。

(キスしたら……、伝えられるだろうか……)

 信は更に身を屈め、涼香の寝息を唇に感じる距離まで顔を近付けた。








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