「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第9章≪淘汰される愛≫・1

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「行ってまいります」
 とても爽やかで、落ち着いた笑顔だった。
 その中に見え隠れする、女性としての艶やかさにくすぐったさを感じてしまうのは、それが、つい最近までその艶やかさを持ち得てはいなかった我が娘だからだろうかと椿は思う。
「行ってらっしゃい」
 椿は登校の挨拶をする紗月姫を見詰め、彼女の肩から前に垂れた髪を後ろへ流し直して、にこりと微笑んだ。

 紗月姫の斜め後ろに控えていた神藤が、頭を下げドアを開く。見送りに出ているメイドやお付き達から「行ってらっしゃいませ、お嬢様」の声が掛けられる中、紗月姫は外へ出る。
「行ってまいります。奥様」
 最後に神藤が、見送る椿に頭を下げ、ドアが閉まった。

 ――その瞬間、場に流れる安堵感。

 誰もがホッと吐息し身体の力を抜く。章太郎でさえ肩を落とし鼻で息を抜いた。
 そんな彼の様子を視界の端に留め、椿がクスリと笑う。
「そんなに緊張しないであげて頂戴。気持ちは分かるけれど」
「はい、申し訳ありません」
 苦笑いを漏らしたのは、章太郎だけではない。この場にいる全ての使用人達が同じ表情を見せたのだ。それもしょうがない事だと諦め、椿も微苦笑を漏らした。

 神藤の出生が明らかになり、紗月姫の婚約者と認められてから二週間ほどが経った。
 外部へのお披露目こそは夏休みに入ってからと決めているが、近しい人間や屋敷の者達にはすでに周知されている。
 だが神藤自体は、紗月姫が高校を卒業し結婚をするまで、“お世話役”としての仕事を続けるという。
 そうなると、“仕事中”の彼は以前とまったく変わらない。
 紗月姫と神藤は、表面上、昔通りの主従関係を作りあげている。そうなれば、周囲も今まで通りに接していかなくてはならないのだが、これが以外に大変だ。
 今朝のように、従者に徹した神藤や主人に徹した紗月姫を見ていると、当然だが違った思惑が広がり、少々気まずい思いに捉われてしまう。

 とはいえ、その気まずさは不快的なものではなく、幸せそうに無理な主従体制を作る二人に対する、微笑ましさからくるものであったりもする。

「正式なお披露目が済めば、あの子たちも少しは砕けた様子を見せてくれるでしょう。それまで、我慢して頂戴」
 嬉しげな含み笑いを漏らす椿は、一見章太郎にだけ言っている様にも見えるが、その場にいた全員が「はい」と頷いた。

 誰もが、早く主従としてではなく、結ばれる者同士としての二人の姿を待ち望んでいるのだ。

 
*****


 屋敷を出た紗月姫専用のベンツは、私有地内の並木道を走っていた。
 中間点を超えた場所で、ゆっくりと車は停止をする。運転席から降りた神藤が後部座席のドアを開け、手を差し出した。
「どうぞ、お嬢様」
 エスコートの手に右手を預けるが、紗月姫は微苦笑をして上目使いに神藤を盗み見る。
「……二人っきりよ? 煌」
 言葉の意味に気付いた神藤は、表情を和め、預けられた手をキュッと握って彼女を引き寄せた。
「おいで。紗月姫」

 紗月姫のはにかんだ顔に、明るい笑みが浮かぶ。引き寄せられるままに車外へ出た紗月姫を、神藤は素早くドアを開いた助手席へと導いた。
 紗月姫を乗せると、神藤も運転席へと戻る。ハンドルに手をかけて笑顔をくれる彼を見詰め、紗月姫は頬を染めた。
「まだ少し……、恥ずかしいわ……。この席」
「もう五回は助手席に乗っているのに?」
「……ずっと憧れていたから、余計に恥ずかしいのよ」

 “助手席に座りたい”そうお願いをしたのは紗月姫だった。
 ただ、紗月姫の身分や立場上、助手席から降りて来る姿など他人には見せられない。そこで、屋敷を出てから学園に到着する間ならば、という条件付きで神藤は彼女の願いを聞き入れたのだ。
 もちろん、学園に入る手前で紗月姫はいつもの指定席へ戻る。

 紗月姫は神藤から視線だけを外し、花恥ずかしそうに微笑を浮かべた。
「いつも美春さんが、当然のように助手席から降りて来る姿を、何度羨ましく見たか知れないわ」
 逸らした視線を戻し、愛おしげに彼女を見詰めるグレーの瞳と視線を絡める。
「好きな人の横に乗っているのって、どんな気持ちなのだろうって。美春さんと学さんが並んでいる姿は、とても堂々として素敵で……。それは、当然の事なのだけれど、それを当然と思わせる強い愛情を感じて……。いつも、羨ましかった……」
 神藤は紗月姫の肩を抱き、ゆっくりと抱き寄せた。
「それで? 助手席に乗って、どんな気分だった?」
「とても幸せ。何となく、特別な人間になれたっていう気持ちが強くなるの。煌の横は、私のものなのだって……。やだ……、凄く強欲なのかしら」
「強欲ではないよ。当然の事だから」
 神藤は身体をずらし、紗月姫を胸の中へ入れて抱き締める。自分の台詞に少し恥ずかしくなってしまった紗月姫は、彼の胸に顔を擦り付け、スーツを掴んで寄りかかった。

 その時神藤は、ふと、とある事に気付く。

「ねぇ、煌、今日はどうなっているの? 今日も午前中は本部へ詰めるの?」
 心に落ちた疑問を整理する前に、紗月姫の問いかけが神藤の思考を遮る。彼は自分の考えを後回しにして、紗月姫の不安を取り除いた。
「今日は一日、学園に居られる予定だよ。旦那様に『三日続けて本部へ呼んでしまったから、今日も連れて行っては口をきいてもらえない』と言われてね」
「まぁ。そんな事で無視などしないわ、私」
「紗月姫にではなくて、奥様に、らしい」
「あらっ」
 意外なところで軽く惚気られてしまった様な気がして、紗月姫は小さく噴き出した。「お父様ったら」と楽しげに肩を揺らし、ひと息ついて神藤の背に腕を回し抱き付く。
「煌がいてくれるなら、私もずっとプライベートルームに居ようかしら」
「それはいけないよ、授業には出なくては。――それとも……、体調でも悪いのかな? ……少し、微熱が有る様な……」
 紗月姫の額に唇を付け、キュッと強めに抱き締めて彼女の体温を確認する。さっきから、抱き締めた彼女の体温が通常時より高めである事が気になっていたのだ。
「今日は、少しだるさを感じるのよ。大した事ではないと思うのだけれど……」

 神藤は出かかる言葉を呑み込み、思い当たる考えに思考を巡らせた。
 ――まさかではあるが、彼の考えに可能性は充分にあるのだ。

「薬を手配してもらった方が良いかしら」
 微熱には自覚が有った様で、普段あまり薬には頼らないはずの紗月姫が少々弱気になるが、神藤は用心深い彼女の言葉を否定した。
「いいや。学園に着いたら、温かいレモネードでも淹れてあげよう。あまりにも倦怠感が強いようなら、プライベートルームで休んでいれば良いよ」
「分かったわ」
 紗月姫が素直に了解して微笑むと、神藤は最後に、元気を出させる為の隠し玉を出す。
「今夜は美春様がいらっしゃる予定になっているのだけれど……。体調が悪いならお断りをしておこうか?」
「え……、そうなの? 待って、大丈夫よ、大丈夫っ。お断りをしては嫌よ?」
 紗月姫が慌てて顔を上げる。神藤は含み笑いを漏らし、彼女の髪を撫でた。
「大丈夫だよ。断りはしないから。でも……、あまり身体に無理はかけない様に」

 思わせぶりなものを感じる神藤の口調に、刹那、何かの思惑が心に落ちるが、今夜美春に会えるのだという楽しみが、紗月姫の心から微かな不安を消し去った。







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後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 第9章≪淘汰される愛≫
 スタートです。

 第8章で幸せを掴んだ二人。
 序盤から、その幸せな姿を見て頂きました。
 周りの使用人だって気を遣いますよね。“未来の旦那様”と一緒に仕事をしている様なものですから。
 でもその緊張は、二人が結婚するまで続く様です。

 憧れの助手席で嬉しそうな紗月姫ではありますが、とある事に神藤が気付きます。
 小さな波紋を察しながらも、美春に会える嬉しさがそれを忘れさせますが……。

 さてさて、序盤は楽しげな雰囲気が続きます。
 美春が、幸せな雰囲気を盛り上げてくれますよ。^^

 では、次回!!




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