「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第9章≪淘汰される愛≫・7

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 悪阻(つわり)には個人差がある。
 まったく無い人、起き上がる事も出来ないくらい重い人。眠気や胸やけ倦怠感、食の好みが変わったり、涙もろくなったりもする。
 ただ全体的に言えるのは、初期は特に情緒不安定になりやすいという事。
 そんな時、パートナーの対応や関わり方というものは、とても大切だ。
 ただ、「構われるのも嫌なくらい具合が悪いんだから、黙って寝かせて!」という場合も無くはない。

 今のところ紗月姫の悪阻はそれほど酷くはなく、軽い倦怠感から来る眠気と少々の食欲減退に留まっている。
 神藤の誕生日に診察を受け、そのまま祝いの席でもうひとつのお祝いを報告しようという計画があるので、極力他の者には気付かれない様に努めた。「体調が悪いのか」と問われれば、そこですかさず神藤のフォローが入るので、よもや妊娠をしているとは誰も思わない。
 当日まで学や美春が会いに来なかったのも、隠し通せた理由だろう。
 洞察力が有り過ぎる学と、癒し感たっぷりの美春が相手では、口にしなくてもあっという間に悟られてしまいそうだ。

 パートナーの対応という面からいえば、神藤の立場はとても理想的だ。
 いつでも紗月姫の傍にいて、彼女を安心させてあげられる。
 彼女が不安を抱え込む前に、話を聞いて解決してあげられる。
 紗月姫への愛情と、身体への労り。神藤の気持ちを感じているからこそ、悪阻も軽く感じているのかもしれない。


「いよいよ今日ね」
 制服の胸に両手を重ね紗月姫がふぅっと息を吐くと、彼女の長い髪を後ろで梳いていた神藤が、櫛を止めクスリと笑った。
「緊張している? それとも、制服がきついのかな?」
「嫌ね、緊張しているのよ。何? 制服の心配をされてしまうくらい太った? 最近はあまり食べられないくらいよ」
「いや、胸がきついのかな、と思ってね。昨夜二日ぶりに触ったら、また大きくなっていた気がしたから」
「煌っ」
 大きな姿見の中で、紗月姫の頬が赤く染まる。妊娠をすると、どうしても乳房の発達があるものだ。
 再び櫛を動かしくすくす笑う神藤を鏡の中から睨み上げ、それでも紗月姫は幸せそうに微笑んだ。
「煌は? 緊張している?」

 櫛から長い髪を流し、神藤はスツールに座る紗月姫の高さに合わせて両膝をつく。後ろから両腕を回し下腹部で重ね、彼は紗月姫を抱擁した。
「しているよ……、とても……。この子の存在を、ハッキリと確認出来るのだから」
「私は確認しているわよ? 悪阻で苦しめてくれるのですもの。悪戯が過ぎる子だわ」
「実感という点では、絶対に“母親”には敵わないな」

 “母親”という言葉に、紗月姫はドキリと鼓動が高鳴った。
 自分がそんな存在になるとは。いずれは覚悟をしなくてはならない事ではあったが、まさかこんなに早く訪れるとは思ってもみなかったのだ。
 戸惑いが小さくなり、責任感が大きくなる中、それよりもどんどん膨らんでいくこの幸福感。

 紗月姫はそっと下腹部にある神藤の両手に手を添え、愛情を込めて握り締めた。
「幸せよ。私……」
「私もだよ……」

 これ以上はない至福を感じ合いながら、二人は不動の幸せが待っている未来を夢に見る。

 確立されたはずの、未来を……。


*****


「二十八、二十九、三十……。わぁ、本当に三十本ある。ちょっとぉ、嫌味よ、学」
 テーブルに乗せられた大きな白百合の花束。花を数え終わると、美春は慌てて学を振り返った。
「何で、男の人の誕生日に、歳の数だけのお花なのよ。それも三十本って……」
「女性じゃないんだから、それほど気にする年齢じゃないよ。それに、神藤さんが言ったんだぞ。『花で良い』って」
「……本当?」
「ああ。身元が明らかになって最初の誕生日だし、何かプレゼントしたいから何が良い? って訊いたら、『頂けません』とかって相変わらず固くてさ。じゃぁ、花でも持っていく、って言ったら、花なら紗月姫ちゃんも喜ぶからO,Kだ、って」

 専務室の中には、深い芳醇な香りが漂っている。
 大輪の白百合。三十本もの花束だ。始業前に生花店から受け取ったのは美春だったが、両手で抱えてやっとの大きさだった。

 今日は神藤の誕生日。彼の出生が分かって運命が変化し、紗月姫の婚約者として認められてから最初に迎える、記念すべき日だ。
 仕事が終わったら、学と美春は指定されたホテルのレストランへ向かう事になっている。まだ正式な婚約発表をしていないので、辻川邸内で祝うのは神藤が遠慮をしてしまうだろう。そこで外に場を設けたのだが、なんとこの配慮をしたのは総司だったのだ。

「神藤さんは白百合が好きだからな。何十本あっても喜ぶさ」
「そういえば以前、白百合を踏みそうになって避けたばかりに怪我をしそうになった事があったわね。神藤さんが好きなのは藤だけかと思っていたわ」
「藤は特別さ、あれは“二人の花”だからな。白百合は紗月姫ちゃんのイメージだ。だから好きなんだろう」
「あら、御馳走様、って言っておかなくちゃ」
 クスクスと楽しげに笑って、美春は百合を見詰めた。

「十八年かけて、白百合を綺麗に咲かせたのは神藤さんだわ。彼は、彼だけの為に咲き続ける白百合と、一緒に生きていけるのね」


*****


 朝のプラットホームは混雑していた。
 通勤通学の人間達は、皆慌ただしく移動している。見知らぬ人間になど構ってはいられないのだ。自分の事しか頭にはない。――――だが……。
 その少女の存在は、そんな人間達の目を一瞬なりとも引き付けた。
 ショートカットの髪はまるで少年のよう。少々頬がこけ、随分と痩せている。制服を着ているところを見ると、これから学校へ向かうのだろう。肩から掛けられたスポーツバッグはナイロン製だが、中にあまり物が入っている気配はない。ナイロン生地が潰れて薄くなっているからだ。
 言葉で聞いただけでは特に目を引き付ける要素などはない。だが、ひとつだけある。少女が来ている制服は、私立西海女子学園高等部のものだ。
 “超”が付くほどのお嬢様学校の制服を着た少女が、何故電車に……。
 少女を見かけた者達は一瞬疑問を持つが、その疑問は、雑踏と共に紛れ、忘れ去られていった。







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後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 二人だけの幸せを噛み締める紗月姫と神藤。
 幸せを約束され、祝福される事を確定づけられた、まさに至福の中にいる二人です。
 学と美春も、そんな二人を祝う為に準備中。
 今夜はお祝い事と嬉しい報告で、きっと素敵な日になる事でしょう。

 ですが……。
 雑踏に紛れて、何かが近づいてきます。

 では、次回!!




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