「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第9章≪淘汰される愛≫・12

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 階段を上りながら、スポーツバッグのファスナーを開いていく。
 半分まで開き片手を入れ、目標を達成する為に必要な大切な物に触れると、少女の口元が微かに笑んだ。

「なぁに? そんなに驚いて。いやぁね」
 耳に飛び込んできたのは、憎悪のあまり聞いただけで全身の血が煮え滾りそうになる声。
 おまけにその声は、とても幸せに満ちたトーンを含んでいる。
 少女は階段を上がりきった場所で立ち止まり、壁に身体を貼り付かせて、そっと声がした廊下を覗き込んだ。

「ふふっ、やっぱり驚いた? 早くて」
「……ええ、あと二十分は来られないと」
 両肩をキュッと竦め、悪戯っぽくはにかむ紗月姫。こんな彼女を見られる特権を満喫し、神藤は自然と顔がほころぶ。
 ドアを押さえる彼の腕に手を添え、紗月姫は身体を寄り添わせた。
「少しでも早く煌に会いたかったのですもの……」
 踵を上げ、自ら彼の唇を求める。要求は受け入れられ、優しく唇を啄ばまれた。
「所用があるからと、ホームルームを外れさせて頂いたの。病院も早く行きたいし」
「それもそうなのだけれど、少し、部屋で待っていなくてはならない事が起こってね……」
「あら? 何?」
 紗月姫が小首を傾げる。これから学と美春が来るという件、成澤咲月の件、それらを話しておかなくてはならないと、神藤は紗月姫を部屋の中へ促した。
 ――――その時。

「……ツジカワァッ!!」

 まるで壊れたスピーカー。不快なまでに鼓膜を突き刺した音が人の声だと気付いたのは、声を発した人間が目に入った瞬間だった。

 ナイロン製のスポーツバッグを無造作に投げ捨て、大切な品を両手で握り締め、ドアを閉めようとしていた神藤の脇をすり抜けて紗月姫に体当たりをして部屋の中へと入って来たのは……。

 強く突き飛ばされた紗月姫は、吹き飛ぶように床に転倒した。上半身を強く打ってしまった衝撃に咳き込むが。とっさに腹部を押さえ上半身を起こして振り向いた。
 だが、振り向いた鼻先にあったのは、銃口だったのだ。

 紗月姫は息を呑み、視線を上げる。
「……成澤、咲月、さん……?」
 目の前で紗月姫に銃口を突き付けているのは、成澤咲月だ。
 痩せこけた頬に窪んだ目。顔色も悪く、短く切られた髪は、掻き毟ったかのように乱れている。かつての豪奢な面影は微塵も見られない様相に眼球を血走らせ、紗月姫を睨み付けていた……。
 両手で構え、今にも紗月姫を仕留めんとしているのは、短機関銃のウージーだ。

「……アンタナンカ……、シアワセニサセナイ……」

 まるで機械音のような声。銃口から逃れようと、紗月姫は身体をずらそうとした。
 そしてまた、神藤がこの状況を放っておくはずがない。
 紗月姫が目の前の人物を確認した瞬間、神藤はドアから離れ、咲月に手を伸ばした。
 彼女を捕らえるのは容易い。神藤ならば発砲などさせる間を与える事無く、取り押さえる事が可能だろう。
 紗月姫もそれは当然の事と信じていた。又、神藤も、雑作も無い事だと疑わなかった。

 ――――しかし……。

「オマエガ、シネバイイ!!」
 甲高い声と共に、紗月姫を狙っていた銃口は神藤へと向き直り、そしてそのまま発砲されたのだ。

 神藤の真正面。至近距離で。


 吸い込んだ息が、仔猫のような悲鳴を紗月姫の喉に上げさせる。

 予想外に振り返り、神藤に向けて発砲した咲月。

 何故彼に標的を変えたのだろう。彼女が狙っていたのは、紗月姫なのではなかったのか。

 いくらウージーが女性でも扱えるレベルの物だといっても、体力的精神的に弱っている咲月が扱うには辛い代物だ。
 彼女は三発ほど発砲した時点で、衝撃に身体を後退させ床に崩れ落ちてしまった。

 同時に、神藤も片手で胸を押さえ、床に膝を崩す。
「煌!」
 あまりのショックに身体が立たない紗月姫は、四つん這いのまま神藤に這い寄る。すると、神藤は顔を上げ、血に染まった片手で彼女を制した。
「お近付きにならぬよう……に……。血で、……お嬢様が、穢れてしまう……」

 流れる玉の汗。苦痛に乱れる息。歪んだ表情は、この十八年間見せた事の無い、死を覚悟する直前の険しい形相。

「何を言っているの……。こんな時に……」
 表情のみならず、紗月姫は神藤が押さえている胸から目が離せない。
 見れば分かる。弾は間違いなく、神藤の急所を撃ち抜いたのだ。
 それを証明する、真っ赤に染まったシャツ。色濃く変わってしまったダークグレーのスーツ。彼の手を真っ赤に染める液体。絨毯に飛び散った斑点は、さっきまで彼の体内を流れていた物……。

「煌……、煌……」
 紗月姫は零れ落ちる血溜まりへ膝を進め、全身が震え出してしまいそうなほど動揺を感じる自分を押し留めながら、彼の腕を掴み顔を見詰める。
 涙を浮かべた彼女を視界いっぱいに収めて、神藤の潜在意識が動いた。

 紗月姫が見ている。彼女に、心配をさせてはいけない。
 紗月姫を、守らなくてはいけない。
 
 紗月姫を守る事が、使命であり、生きてきた意味なのだから。
 そして、それが彼の幸せであり、彼の、世界の全て。

 ――――紗月姫は、運命の迷宮で彷徨っていた彼を救い出し幸せを与えてくれた、彼の天使なのだ。

「……お嬢様……」
 神藤は紗月姫を見詰め、苦痛に歪んだ唇を微笑ませた。

「貴女を、お守り出来て……、光栄で、ございま……」
 彼の言葉は途切れ、そのまま、紗月姫の腕へと倒れ込んだ。

 寄り掛かられた重みで、紗月姫は床に座り込む。
「……煌……?」

 呆然とした声を発した後、寄り掛かったままピクリとも動かない神藤に、今起こった事は夢ではないと認識させられる。
 紗月姫は夢中で、彼の身体を掻き抱いた。

「煌!!」







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*数話、後書き無しで。
 よろしくお願いいたします。





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