「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第9章≪淘汰される愛≫・13

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 ――――咲月は、復讐をする為に、紗月姫を狙っていたのではない。

 最初から、神藤を狙うつもりで、ここへ来たのだ。

 まことしやかに囁かれ続ける、天使のように美しいお嬢様と、見目麗しく忠誠心に溢れた騎士との関係。
 それは絶対に間違いの無い物だと、咲月は感じ続けていた。従者に想いを寄せるという共通点が、真実を確信させていたのかもしれない。
 辻川紗月姫を憎み、彼女を絶対に幸せになどさせないと誓った時、彼女に関わり“幸せ”に出来る可能性のある男を、高木の憎しみを利用して全て亡き者にした。婚約者候補、と名のついた男は全て。

 しかし、その他に、大切な男を忘れている。

 紗月姫が誰よりも心を許し、誰よりも近くに置き、手に触れ、人前で抱き上げる行為まで許している男。
 お世話役の、神藤を。

 この男が死んだら、紗月姫はどうなるだろう。
 きっと、毎日を泣き暮らすだろう。
 辛くて悲しくて、もしかしたら狂い死んでしまうかもしれない。

 紗月姫を不幸にする為には、神藤を殺すのが一番手っ取り早い……。

 だから咲月は、神藤を狙ったのだ。
 そしてそれは、成功した。


*****


「美春! 平気か!?」
「だっ、大丈夫よっ!」
 本当の事を言えば、少々脚が辛い。五階までの階段を駆け上がるなど、高校生の時以来ではないだろうか。
 目の前で軽々と駆け上がっていく学の背中を懸命に追いながら、それでも美春は紗月姫の身を案じ必死だった。

 学園に到着した二人は警備員に車を任せ、プライベートルームへ直行した。
 成澤咲月の気配が無いのなら、それに越した事は無い。しかし、紗月姫に会うまで安心は出来ないのだ。
(でも、大丈夫よね? 神藤さんが守ってくれるもの)
 心配と安心が入り混じった気持ちで五階まで上り切った美春だが、息が切れて言葉が出ない。憎らしいくらいに呼吸ひとつ乱れた様子の無い学をひと睨みするが、彼が廊下に落ちていたナイロン製のスポーツバッグを拾い上げた姿を見て首を傾げた。
「どうして……、そんな物が……、ハァ、ここに落ちているのかしら……」
 随分とこの場には似合わない物が落ちているような気がする。中を覗き込んだ学は、鼻を近付け顔色を変えた。
 中には、弾薬の独特な火薬臭が染み付いていたのだ。
「……もう、来ている……」
 バッグを投げ捨て、学はドアへと駆け寄った


*****


 ドアノブが激しく動く。続いてドアが強く叩かれた。
「紗月姫ちゃん! 神藤さん! いるかい? 神藤さん!」
 聞えてきたのは学の声だ。しかし、紗月姫は動けない。
 息をしているかも定かではない神藤を抱き締めたまま、身体が動かないのだ。――自分の身体を、神藤の血でまみれさせたまま。

「神藤さん、返事をしてくれ! 何かあったのか!? 紗月姫ちゃん!」
 これはおかしいと悟ったのだろう。勘の良い学の事だ、すでに咲月が発砲したであろう事にも勘づいたのかもしれない。
「……成澤さん、成澤咲月さん!?」

 自分の名前が呼ばれた気配に、咲月はピクリと身体を震わせた。
 彼女もまた、目的を成し遂げた達成感から身体中の力が抜け、銃を抱いたまま床に座り込んでいたのだ。
 
 ドアにはロックがかかっている。誰も開けられない状態であるなら、破るしかない。
 大きく体当たりをする音が聞えたが、それが続く事は無く、ドアの向こうから美春の声が聞えてきた。
「成澤さん、……中に居るんでしょう? 出てきて。そのまま、あなたの足で歩いて外へ出てきて。――決して、“大切な人”の所へ逝ってはいけないわよ……」

 宙を見詰めていた咲月の視線が、ゆっくりと動く。彼女は、穏やかな声が聞えてくるドアを見詰めた。

「大切な人を失うのは辛い事だわ。でも、彼を追おうとしてはいけない。……あなたの大切な人は、そんな事を望みはしないわ」

 小刻みにドアが叩かれる。美春は切に咲月へ訴えかけた。
「成澤さん、彼は、不慮の事故で亡くなったのよ? 分かっているでしょう? 決して紗月姫ちゃんのせいではないの。あなたがそんな誤解をして誰かを憎んでばかりいたら、彼だって悲しくて眠れないわ。……成澤さん、……出てきて、お願い!」

 最後は哀願だった。
 美春の声と言葉を聞きながら、彷徨う視線は紗月姫を捉える。

 幸せで形作られた秀麗な天使が、その身を凍らせ青白い頬に涙を流している。
 絶望に唇を震わせ、声も出せないまま“大切な人”を抱き締めている。

 これだ……。
 咲月は、この顔が見たかった。
 学園に居た頃から、何をしても何があっても決して紗月姫には敵わなかった。そして、“大切な彼”でさえ、この天使に魅了された。
 理性もプライドも花のような笑顔も、全てを引き裂いてボロボロにしてやりたかった。

 こんな考えを持つ自分を愚かと感じながらも……。
 それを、願わずにはいられなかった。だが……。

 ――――もぅ、充分だ。

「成澤さん! 成澤咲月さん!」
 自分を気にかけてくれる声。優しく諭してくれた声。
 一族の誰もが咲月を責めた。家の破滅を招いたのはお前だと。
 しかし、この声は咲月を責めない。
 それどころか、“彼”を想って生きろと言ってくれている。

(――……コンナ、ワタシニ……)

 咲月の頬を、温かな物が流れた。
 目頭が熱くなるなど、すでに忘れていた反応だ。

 滲んでいた視界に映った紗月姫の絶望は翳み、そこに“彼”が浮かび上がる。
 無理矢理染めさせた金髪。耳のピアス。アクセサリーの様に飾り立て連れて歩いた男。
 ――アクセサリーのように、身に着けていなければ落ち着けなかった、大切な人……。
 お嬢様と執事という関係は、咲月に意地とプライドだけを高く持たせ、彼の前で素直になれる事は無かったけれど……。
 けれど、二人きりでいる時は、彼はただの普通の青年だった。
 普通に話し、普通に咲月を愛してくれた。

「……アリガトウ……」

 憎しみだけに曲がっていた口元が笑む。
 彼の幻を見たまま……。
 最後にかけられた、優しい声を心に留めたまま……。
 笑んだ唇が、銃口を咥えたのだ。


 ――――そして咲月は、彼の元へ踏み出す引き金を引いた。


 ドアが破られる音と、銃声は同時だった。

 部屋に飛び込んだ学は、その瞬間、反射的に踵を返し、一緒に飛び込もうとしていた美春を胸の中へ抱き入れた。
「見るな、美春……」

 そこにあった惨状を、神藤と紗月姫の姿を、美春に見せたくは無かったのだ。
 そして、成澤咲月の、最期を……――。








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