「恋桜~さくら・シリーズ」
恋桜~さくら~・3

桜・15『怒ってますか?』

 ←桜・14『私が嫌いなんですね?』 →第10章≪迷宮の天使≫・1

「さくらさんは、当家の跡取りの婚約者。未来の当主の妻です。その女性に、あなたは何の権限があって御意見なさっていますの?」
 静かな気迫が、乱れた私の心を安堵に導く。
 長い漆黒の髪を揺らし、堂々とした気品を漂わせた椿さんが、ゆっくりと近付いてきた。
「大体、まだ平日の昼間ですわ。お仕事中ではありませんの? それとも、わざわざさくらさんに御意見なさる為に、抜けていらしたのかしら」
 椿さんは祥子さんと顔見知りのようだ。
 椿さんの堂々とした態度もさることながら、祥子さんも怯む事無く腕を組んで首を傾げている。
「これはこれは、“椿姫”、お久し振り」
 椿さんを意図的に愛称で呼ぶ口調は、どう聞いても友好的ではない。

「さすが、大財閥に嫁がれる予定の女性は、言う事も態度も堂々としていているわね。……あ、ごめんなさい、椿姫は、以前から堂々としていましたっけ? でも、高いプライドが、更にお山に登った様ね」

 これは、挑発というものなのだろうか。
 遠回しに、椿さんを「昔から生意気だった」と言っているように聞こえる。
 こんな事を言われたら、普通は腹が立つと思うのに、椿さんはそんな言葉には取り合わなかった。
 中傷を受けているのは自分だというのに、私を庇うように目の前に立ち、まっすぐ祥子さんを見据える。
「祥子様、不作法なお言葉はお慎みなさい。さくらさんのお歳をお考えになって。十歳も年下の女性に向かって、男女の関係を彷彿とさせる発言は、不適切だとは思いませんの?」
「あら? その“十歳も年下の女性”を妻に迎えるのは一さんでしょう? 夫婦になればもちろん、言葉だけではなく、その意味を身体で知る事になるでしょう?」

 その意味を身体で……、もう、知ってます……。
 とも言えないけれど、私は気まずさを感じて、斜め下に視線を這わせた。

「そんな小さな子供が婚約者だなんて。本当に信じられないわ。あなたはどうなの、妹の立場として不思議には思わない? 学生時代から特定の恋人も作らず、どんな良家の子女を秘書に就けられようと、男としての食指も動かさない完璧な女嫌い、いいえ、人間嫌いで有名だった一さんが、こんな子供を婚約者に選んだのよ? 一さんは、元々こういう小さな女の子にしか興味が無かったとしか思えないわ」

 なんというか、小さい子、子供、って連呼されると、間違ってはいないけれど気持ちが沈む。
 ちっちゃな子供、というほど幼くは無いとは思う。仮にも十五歳になったのだし。私は早生まれだから、学校へ行っていれば高校一年生だ。
 それなりに、一さんと一緒に居る事で女性としての認識もあるし、未熟ではあるけれど身体だって育っていると思う。
 でも、……成長したと思っている気持に、「自惚れだ」と釘を刺されている気分。

 一さんや祥子さんに比べたら、私は間違いなく「子供」だから。

「今の発言、撤回して頂きます」
 視線を落としていた私の目に、握り締めた椿さんの手が映り込む。
 祥子さんの言動に怒りを覚えているのだと、すぐに分かった。
「あなたは今、当家の跡取りを愚弄なさったのよ……。跡取りを愚弄なさるという事は、この葉山を愚弄するも同じこと。あなたはわざわざ、葉山に楯突くつもりでいらっしゃったの?」
「待ってよ。別に楯突いてなんかいないわ。だって、誰の目から見ても、一さんがわざわざ小さな女の子を婚約者に選んだ事は明らかですもの。“小さな女の子に興味がある”以外の理由がある? こんなに幼いんじゃ、跡取りだってまともに作れるか分かったものじゃないわ」
「……あなた……、何という事を……」

 私を背に庇う椿さん。
 表情は見えないけれど、彼女の声はとても厳しい物だ。
 ただの厳しさではなく、その中には憤りさえ見えている。
 今日はお昼前に大学から戻られると聞いていたから、お邸に戻って私が温室に居ると聞いたのか、それとも茂さんにでもこの状況を聞いてやって来たのか、どちらかなのだろう。
 いつもの優しい椿さんが、……こんなに憤りを露わにするなんて……。
 それも、私の為に……。
「跡取りなどの話は当家の問題ですわ。あなたには関係ありません。詮索は無用です」
「心配しているのよ。わたしと一さんは、大学時代からの友人で、わたしは彼の秘書までしていたわ。歴代の秘書の中でも、社長にだって目をかけていてもらった。その分、どんな女性より親密なお付き合いをさせてもらったわ。だから一さんが心配で堪らないの。ちっちゃな女の子と結婚させられて、“男性として”不自由する様な事があれば気の毒だ、って」

 ドキリと、突き刺さるような痛みが胸を襲った。
 まるで私の不安を言い当てられたかのような気分。

「それこそ不要な心配ですわ。一時期お兄様の秘書だったからといって、プライベートまで心配して頂く必要はありません」
「相変わらず固いのね、椿姫は。秘書をしている頃から、わたしはあなたに嫌われていたから無理もないのかもしれないけれど。でもわたしは、一さんをお助けするつもりよ。そうしたら、少しは好きになってくれるのかしら?」
「……お兄様を助けるですって……?」
「そうよ、“葉山の血”を絶やさない為にも、男性として一さんに御満足をして頂いて、お仕事にも集中して頂けるよう、この身を捧げる決心をしたんですから」
「この身を? 捧げる……?」

 訝しげな椿さんの声。私の脳裏には、祥子さんの不可解な言葉が蘇っていた。
 盾になってくれている椿さんの背中から、こそっと顔を出す。すぐさま私に気付いた祥子さんと目が合い、彼女の勝ち誇った笑みと言葉に心をえぐられた。

「一さんの、プライベートのお世話をさせて頂く事になったのよ。葉山の跡取りは私が産む事になりそうだから、小さなお姫様は安心して“お人形”になってくれていていいわ。――もちろん、一さんも了解済みよ」

 “愛人の立場”と言った彼女の言葉の意味が、私の胸を締め付ける。

 ――――了解している? 一さんが?









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