「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第10章≪迷宮の天使≫・2

 ←桜・16『無駄な抵抗ですか?』 →第10章≪迷宮の天使≫・3


「今夜は、帰らなくてはならなくなったわ……」
 ベッドに端に腰かけ、紗月姫は表情を変えない神藤に話しかけた。
 下腹部に手を当て、ふわりと表情を和ませる。
「あなたも、寂しい?」
 まるで返事が返って来たかのように、掌が温かくなり、紗月姫は両手で下腹部を撫でた。
「私も……、寂しいわ」
 瞳は愛しい人を見詰め、心は精一杯の気遣いを見せてくれた大好きな女性を思い出す。脳裏に焼き付く哀しげな美春の頬笑みに、紗月姫は微苦笑を漏らした。
「美春さんは……、本当に嘘が下手……」
 懸命に元気付けようとしてくれた美春の心が、白百合に気遣いを見せてくれた学の労りが、嬉しいはずなのに、何故か紗月姫の胸を切なく締め付ける。
 紗月姫は体重をかけぬよう、そっと神藤の胸に身体を預けた。
「……分かっているわ。……言ってくれるほど、良い状態ではない事くらい……」

 学と美春が、特にあの美春が、無理をしてまでついた嘘。
 そこまでしなくてはならないほど、二人は病室から紗月姫を出したかったのだろう。
 奇跡の第六感と鋭い感性を持った紗月姫には分かる。神藤の鼓動が、日に日に弱くなって行っている事も、顔を近付ければ感じられるはずの吐息が、機械的にも読み取れないレベルで弱くなってきている事も。
「……延命治療が、始まるのかしら……」
 紗月姫は瞼を閉じ、上掛けを通して神藤を感じる。点滴の為に出された左腕を撫で、パジャマを握った。
「……私を……、おいていかないで……」

 ――≪お嬢様……≫

 瞼を閉じれば、神藤の姿が浮かび彼の声が聞える。
 満開の藤棚の下、降り注ぐ薄紫の花びらの中で、光に透ける銀色の髪を揺らし、奥深いグレーの瞳で愛おしい視線をくれる人。
 差し出される手は、いつでも紗月姫の為にあり……。
 微笑む優しさも、ゆるぎない忠誠心も、全て紗月姫のものだった。

 ――≪私は、お嬢様をお守りする為に生きているのです……≫

 そして、その命さえも、彼は紗月姫に捧げていた。
 しかし捧げた結果は……。

「――――煌……?」
 ゆっくりと瞼を開き、上半身を起こす。寄り掛かった神藤の身体から、微弱な“気配”を感じ取ったのだ。
 彼の顔に視線を移した紗月姫は、小さく息を呑む。
「……煌……」
 信じられない。閉じたまま開いてはくれない彼の両目尻から、一筋涙が零れたのだ。
「煌……、私の声、聞える?」
 そんなはずはない。昏睡状態に陥った人間に、そんな反応は出来ないだろう。だとしたら、この涙は何らかの衝撃で起こった身体的反応だと思う他はない。
 しかし紗月姫は上掛けをめくり、神藤の右手を両手で握った。
「煌、約束したわよね……? ずっと、一緒に居る、って……」

 ――≪はい、お嬢様≫

 答えてくれるはずの無い神藤の声が聞える。握った右手から、彼の意思が伝わってくるようだ。

 藤棚で、二人が交わした約束。
 それは、ずっと一緒に居るという、ささいで簡単な約束だった。
 だがもうひとつ、彼の口から語られた約束を紗月姫は思い出す。

 ――≪私が、お嬢様をお守り出来なくなった時は、貴女の手で、私を殺して下さい≫


*****


「まさかとは思いますが、すでに後釜を探すなんて事はしていないでしょうね」
 冗談っぽい口調でありながら、その言葉には少々の本音が混じっていた。
 そんな考えを持ってしまった自分を、学は刹那、自嘲する。しかし考えてしまうのも無理は無いのではないか。いざとなれば、紗月姫が泣き喚こうが否定をしようが、その判断を下さなくてはならないのは彼なのだ。
『まいったね。私はそこまで信用が無いのかい?』
 落胆の色を感じさせつつも、総司は含み笑いを漏らす。学の言葉を、彼は楽しい冗談と受け取ってくれたようだ。
『神藤の最終的な判断が下されるまでは……、そんな事は考えないつもりだ……』
 それでも、いずれは下さねばならない辛い決断を覚悟しているのか、総司の声は沈んだ。

 横で寝息を立てている美春を起こさぬよう、学はスマホを片手にそっとベッドを下りる。
「紗月姫ちゃんは、ちゃんと休んだようですか?」
『眠ったようだ。眠るまで椿が傍についていた。明日の朝まで、……眠ってくれると良いが……』
「ひとり寝は久し振りかもしれませんからね。夜中に寂しくなって飛び起きてしまうかもしれない。可愛い一人娘がべそべそ泣いていないか、確認に行った方が良いのではないですか?」
『脅さないでくれ、学君』
 いつもならば余裕で笑い流す学の冗談にも、総司はどことなく焦りを見せる。動揺を感じさせてしまう自分を哀れに感じたのか、似合わないほど大きな溜息が聞こえた。
「すみません、叔父さん」
 やんわりと謝罪を口にして、学は裸のまま窓辺へ移動する。話声で美春を起こしてしまわないようにとの心遣いではあったが、何も羽織らないまま部屋をうろつくと美春に怒られる事を思い出し、軽くベッドを振り返った。
 視線の先に居る美春は身動きをしない。サラリとも揺れない上掛けを確認し、学は視線を逸らした。

「王室に、連絡はしたんですか?」
『連絡は入れてあるが、対応は全て任されている。最悪の事態にでもならない限り向こうは動かないだろう。……動いてもらったところで、神藤が良くなる訳でもない……』
 学は総司の話を聞きながら、目の前のカーテンを僅かに開く。
 そこにあるのは、真夜中の闇。そして、闇を照らすには明る過ぎる月。
『任せてもらえる方が有難い。神藤は……辻川の人間だ。……辻川財閥にとって、紗月姫にとって、大切な男だからな』
「――死なせられませんね。……総帥」
『……最高のスタッフを揃えたところで、……最善を、尽くさせる事しか出来ないが……』
 珍しく総司の声は深く沈んでいた。微かに含まれる悔しさは、どんなに環境をベストな状態に持って行こうと、最終的な決め手は神藤の生命力であるという事。
 どんなに総司が大きな権力を持っていようと、如何なる望みも叶えられる人間であろうと……。
 消え行きかけている命を、操る事は出来ない。

「大丈夫ですよ。叔父さん」

 学の無機質な声が響き、その目は夜闇を見据える。

「彼には、天使がついている……」

 明る過ぎる月明かりを見詰め、学は眉を寄せる。
 木や花と話し、風を纏い、通常では感じ得ない感覚と直感で、事の先を見通す不思議な少女。
 紗月姫の存在を、「天使」と称するようになったのは、いつからだっただろうか。

 そんな非現実を願ってはいけないのかもしれない。
 けれど学は、奇跡を信じたかった。

「だから、……神藤さんは、死なない」

 彼らしくない苦悩を浮かべ、学は断言をする。

 その言葉は、総司に宛てたものであると同時に、実は、学が自分に言い聞かせているのだという事実。

 それを知っているのは、学と対峙する夜闇の月と……。
 シーツを握り、泣き声を上げぬよう息をひそめていた、美春だけだろう。







人気ブログランキングへ

**********

*この章は、ラストまで後書き無しで行きます。
 よろしくお願いいたします。





 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ 3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ 3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 2017・短編集
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【桜・16『無駄な抵抗ですか?』】へ  【第10章≪迷宮の天使≫・3】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【桜・16『無駄な抵抗ですか?』】へ
  • 【第10章≪迷宮の天使≫・3】へ