「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第10章≪迷宮の天使≫・5

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 紗月姫の質問は、とても酷な物だ。
 永遠の愛を誓い合った二人。学と美春もまた、紗月姫と神藤のように、宿命で結ばれているというのに。
 その美春に、学を失う例えを、紗月姫は問うているのだ。
「――耐えられますか……?」
 紗月姫は静かな声で美春を追い詰める。質問内容のショックからか、美春の涙は止まっていた。
「もう、学さんの声を聞く事は出来ません。……あの腕で抱き締めてもらう事も、彼の体温を感じる事も出来ないのです。……あなたに、それが耐えられますか?」
 聡明な瞳が、涙で潤んだ藍色を見透かしていく。
 その中にゆらりと漂った悲しみを感じた時、紗月姫は美春の戸惑いを悟った。

 学が美春を失う事など考えられないように、美春が学を失う事など、思考の範囲外だ。

 二人にとって、互いにどちらか一方を失う事などあり得ない。
 だが、そこに紗月姫が波紋を投げた。
 
 ――――学を失ったら、どうする? と……。

 美春は答えを出せないだろう。紗月姫がそう悟った時、美春の手が離れた。
 心配して心をかけてくれた美春。そんな彼女に、随分と手厳しい態度を取ってしまった。そんな気まずさから、紗月姫は見据えていた藍色の瞳から目を逸らす。――しかし……。

「――――それでも、私は、死を選ばない……」

 囁きのように小さな声ではあったが、紗月姫の耳に美春の気持ちが届いたのだ。

「私は……、もしも学が死んでも、……彼を追って、命を絶ったりはしない……」

 紗月姫は改めて美春に視線を戻し、そして目を瞠る。
 そこにあった美春の顔は、さっきまでのように戸惑い、瞳を揺らめかせるものではなかったのだ。
 息を呑むほどの真摯さ。決意を感じさせる瞳は、紗月姫でさえも抑止するかの勢いだ。

「今まで学は、命を懸けて、色々な場面で私を守ってくれた。学に守られていなかったら、今頃私は死んでいたかもしれない。文字通り、自分の命を懸けて守ってくれたの。学が死にかかった事だってあるわ……」

 幼い頃から美春を守り続けた学。
 それは、美春が彼の最愛であり、そして“彼の世界の全て”であったからだ。

「私のこの命は、学に守られたからこそ、今、ここにあるの。私が生きているのは、学のお陰よ。私が自らこの命を捨てるという事は、学が注ぎ続けてくれた愛情の全てを捨てるという事だわ」

 学が守り差し伸べてくれる腕を思い出しながら、美春は紗月姫に訴えかける。
 彼女ならば、この気持ちを分かってくれると確信していたからだ。

「学がくれたもの、学が守り続けてくれたもの、愛する人がくれた全てを捨てる事を、きっと学は許さない。学が守ってくれた命を捨てるという事は、彼の愛を裏切る行為も同じよ」

 目を見開いて美春を見詰める紗月姫の両手を取り、美春は彼女を見詰めた。
「あなただって、同じでしょう? 紗月姫ちゃん……」
 気迫のこもった表情は徐々に緩み、慈しみを孕む。握り締めた紗月姫の手はしっとりと汗ばみ冷たくなっていた。
 美春の答えに心が揺らいでいるのだろう。それでも美春は紗月姫の手をしっかりと握り、懸命に主張を説き進めた。
「あなただって、生まれた時から神藤さんに守られ続けてきた。時に命を懸けて、彼は自分が持つ全てであなたを守り続けてくれたはずよ。あなたの命は、彼が居たからこそ、今有るのではないの? 彼がくれたものを、彼が守ってくれた命を、それでもあなたは捨てられるの!?」

 紗月姫は眩暈を覚えた。
 神藤が守り続けてくれた紗月姫の命。……彼がくれた、命。
 冷たい浮遊感が襲う中で、下腹部だけが温かみを持つ。
 ――紗月姫は、神藤がくれた大切な命を、預かっているのではないのか……。

 彼がくれた幸せを、彼が喜んでくれた命を、今度は彼女が守らねばならないものを、持っているのではないのか……。

「紗月姫ちゃん!!」

 美春の声が、真っ白になった意識の中で聞こえた。
 全身の力が抜けていく。きっとこのまま自分は倒れてしまうのだろうと感じた時、紗月姫は意識を手放した。


 現実の世界に目を閉じた状態で、紗月姫の意識は深層心理下へ沈む。
 深い深い、精神世界の中、真っ白な闇の中へ。

 霧ではない、ただの白い闇。
 立っているのか浮いているのかも分からない。自分の身体が、そこにあるのかも分からない。もしかしたら自分は、ただ意識だけが漂う存在なのではないかとさえ思う。
 だが、紗月姫の目には、その光景が見えていた。

 白い闇を纏ってうずくまる、……少年の姿が……。


*****


「紗月姫ちゃん!」
 いきなり身を崩した紗月姫を、美春は慌てて支えようとした。
 何とか彼女の身体を引き寄せる事は出来たが、咄嗟だったのでそのまま一緒に床へ崩れてしまったのだ。
「紗月姫ちゃん! 紗月姫ちゃん!?」
 紗月姫の顔は蒼白になり、意識は失われていた。美春と言い争う事で、緊張と疲労が一気に襲ったのだろうか。それとも昨日は邸へ戻ったが、やはり神藤が心配でゆっくりと休む事は出来なかったのだろうか。
 休んでいたとしても、今朝から神藤の件で色々と考え込み、精神的な疲労は高くなっていたのかもしれない。

 紗月姫の白い顔を見詰め、美春は両腕を回し強く抱き締めた。
「死んじゃ駄目よ……。絶対……」
 彼女の黒髪に指を絡め、そのまま握る。
「紗月姫ちゃん……」
 細い身体を抱き、紗月姫が思い直してくれる事を切願する美春。しかしその時、膝に何か妙な気配を感じ、抱き支えた紗月姫の下半身をずらした。

「……なっ……に……」
 美春は息を呑み、目を瞠る。
 紗月姫のスカートが血で濡れているのだ。水色のワンピースが、一部分赤い色に染まっている。血は紗月姫の腰を乗せていた美春の膝をも濡らしていた。
 足でも怪我をしていたのかとスカートを捲り上げるが、傷らしきものは無い。だが、白いショーツが赤く染まり、内腿を濡らしているのを見た瞬間、美春は全身の血が凍った。

「紗月姫ちゃ……っ!」

(まさか……!?)








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