「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第10章≪迷宮の天使≫・10

 ←第10章≪迷宮の天使≫・9 →第10章≪迷宮の天使≫・11


 藤棚の中で意識を取り戻したかと思われた神藤は、その後、再び眠りの中に落ちた。
 しかし以前のように心肺機能の低下などは見られず、呼吸にも異常は無い。
 本当に、ただ眠っているだけという状態だ。
 いつ目覚めるのか分からない状態で、紗月姫は神藤の傍に付き添い続けた。
 見守る様に。彼の傍に。
 その姿は、まるで二人の主従関係が逆転してしまったかのようにも見える。

 紗月姫の体調も特に大きな異常は無く、二人の繋がりを失ったショックも、彼女は自ら心の中に仕舞ったようだった。
 藤棚の一件から、彼女は間違いなく生きる事に執着を見せ始め、神藤の回復を信じるようになった。
 それはもしかしたら、失った命の分も生きなくてはならないという、強い覚悟が宿ったせいなのかもしれない。

 紗月姫は“再生”した。

 だから彼女は待つのだ。

 神藤が、“再生”する時を。


*****


「総帥が、新しい藤を手配してくれたんですって?」
 とても温かく、穏やかな日曜日だった。
 手土産のロールケーキを皿に盛り、美春は最新情報と共に紗月姫へと差し出す。
「え? そうなのですか? まだ聞いていませんでした」
 紗月姫は目を丸くする。昨夜も今朝も総司と椿には会ったが、新しい藤の話などは聞いていなかったのだ。
「新しい藤棚、ですか……」
 紗月姫はベッドに眠る神藤を見て、切なげな笑みを作る。差し出されたケーキの皿を受け取り、微かに不安を纏った笑みを見せた。
「また、仲良くなれると良いのですけれど……」
「大丈夫よ。きっと」
「でも美春さん、何故そんな事を? お母様にでもお聞きになったの?」
 美春は、ふふっと意味有り気に笑うと、人差し指を口元に当てて“内緒”のポーズを作り声をひそめた。
「実は私、超能力者なのよ。で、未来が見えたのっ」
 一瞬キョトンッと目を丸くした紗月姫だが、すぐに声を立てて笑い出した。
「嫌ですわ、美春さんっ。……あ、でも、美春さんなら有り得るかもしれません」
「あら? 私は紗月姫ちゃんほど不思議ちゃんじゃないわよ?」
「何ですの? 『不思議ちゃん』って」
「不思議な子の事」
「そのままですのね」
 おどけて小首を傾げた後、紗月姫はふわりと微笑む。
「美春さんの傍にいると、笑顔になれます。とても心が温かくなるわ。美春さんの癒し効果は、一種、超能力です」
 美春は紗月姫の頭を抱き寄せ、頬を寄せた。
「んふっ。有難う」

 総司が新しい藤棚を用意している。
 紗月姫が知らないのも当たり前だ。この情報は今日の午前中、出社している間に須賀が拾ってくれた、入手したての物なのだ。

「あの藤棚は、総司叔父さんや椿叔母さんにとっても思い出深い物だったらしい。寿命だったとはいえ、やっぱり寂しいんだろうな。以前の物よりは小さくなるみたいだけど、きっと厳選した素晴らしい藤を選んでくれるよ」
 ティーカップを携えて歩み寄って来たのは学だ。紗月姫の傍らに置かれた小さなサイドテーブルにカップを置いて、右手を胸に当て、「どうぞ。お口に合いますと光栄です、お嬢様」と、おどけて頭を下げた。
「有難う、頂きます。学さんに紅茶を淹れて頂けるなんて、こちらこそ光栄よ」
「俺の紅茶は最高だぞ。何たって神藤さん仕込みだからな」
 自慢をしてから、学はお茶道具一式を用意されたワゴンへと戻る。そこからティーカップを二つ持つと、今度は美春へと歩み寄った。
「まぁ、紗月姫ちゃんにとっての“最高”にはなれないだろうけどな」
「大丈夫よ。私にとっての“最高”だもの」
 ティーカップを渡しながら、美春の頬にキスをする学。二人の姿を微笑ましく瞳に収め、紗月姫は学が淹れてくれた紅茶を口にした。
 確かに、彼女にとっての“最高”ではないが、その味は限りなく“最高”を思い出させてくれるものだ。
「でも……、とても美味しいです」
 紅茶の香りと温かさに心が和む。それより何より、学と美春の気持ちが、全身に温かく沁み渡り紗月姫を癒した。

「紗月姫ちゃんが“最高”を飲めるようになるまで、俺が淹れてあげるから、安心しな」
「こき使ってあげてね、紗月姫ちゃんっ」
 二人の心遣いに頬笑みを浮かべ、紗月姫は眠る神藤を見詰めた。
 不安は無い。“その日”はきっと来ると、彼女は信じて疑わない。


*****


 柔らかな夕日が、病室に射し込んでいた。
 朱色の陽を浴びて、紗月姫は窓辺に佇む。
 彼女の目は、外の木々を見詰めていた。しばらく眺めて、瞳は憂いを漂わせる。
 風に揺らされ、さわさわと揺れる木の葉。いつもならば木々の声を聞いているかのごとく笑む紗月姫の口元は、寂しそうに結ばれたままだ。

「……聞こえないわ……」
 紗月姫はゆっくりと踵を返し、ベッドへと歩み寄った。
「……“皆”の声が聞こえないの……。あの日から……」
 藤棚の奇跡を感じた日から、紗月姫は木々や花々、風の声を感じられなくなっていた。雰囲気で感情を感じ取る事は出来るのだが、“声”が聞こえないのだ。
「……しょうが無いわよね……。きっと、全ての感覚を藤が持って行ってしまったのだもの……。“引き換え”に……」
 ベッドに腰を下ろし、神藤を見降ろして、彼の胸に身を預ける。
 彼の鼓動を感じて、紗月姫は目を閉じた。
「……寂しいわ……」

 木々も花々も風達も、自然の全てが紗月姫の友達であり味方だった。
 見えざるものを見、感じえざるものを感じる事が出来るお陰で、彼女の驚異的な直感や感覚は生かされていたのだともいえる。

 ――しかし、紗月姫はあの日、自然の加護を手放した。

 紗月姫の髪がさわりと揺れる。
 何かが、彼女の頭を撫でた。

「…………大丈夫だよ……」

 深く沁み渡る声。
 この声を得る為に、紗月姫は彼女が感じられるもう一つの世界を犠牲にしたのだ。

「――私が、……一生、紗月姫の傍にいるから……」

 髪を撫でていた手が、頭を抱く。
 紗月姫は震え出しそうな声で、その言葉に応えた。

「……ずっと、……一緒に居てね……」

 強く響く愛おしい人の心音を感じながら、紗月姫は頬笑みと共に再生の喜びに涙を零した。








人気ブログランキングへ



 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ 3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ 3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 2017・短編集
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【第10章≪迷宮の天使≫・9】へ  【第10章≪迷宮の天使≫・11】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【第10章≪迷宮の天使≫・9】へ
  • 【第10章≪迷宮の天使≫・11】へ