「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

第10章≪迷宮の天使≫・11

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 手にしていたマウスを止め、美春はふぅっと肩で息を抜いた。
 身体を反らして部屋の時計に視線を投げる。もうすぐ午前一時。それでもまだ眠れない自分が悔しい。
 朝になれば仕事が待っている。週の始めだ、気を引き締めてかからなくてはならないというのに。
 日曜日の夜は実家に戻り、四人で家族団欒の時を過ごした。楽しい気分のまま眠りに着こうと目論んでいたというのに、美春は一向に眠れない。
 紗月姫や神藤の様子が気になっているのはもちろんだが、学と離れる夜も久し振りだ。それよりも今夜は、おかしな胸騒ぎがしている。

(眠れないなんて学に電話したら、吹っ飛んで来るだろうなぁ……)

 パソコンの横に置かれたスマホを見て学を思い浮かべ、つい笑みが漏れる。
 だがこの時間だ、彼も既に眠っているかもしれない。
「眠れないものはしょうがないよね」
 お茶でも淹れてこようかと椅子から立ち上がる。ルームウェアのスカートがひらりと翻った時、“その音”は聞こえた。

 カタン……カタ……カタ……カタン……、という小気味良い音。
 決まり事のように響いてくる音は、幼い頃から聞き慣れた音。身体と脳に刻み込まれた音として、美春の鼓動を高めてくれるもの。

(……学?)

 これは学がベランダを上ってくる音だ。
 まさかこんな時間にとは思うが、この規則正しい音は間違いが無い。
 美春がテラス窓へ視線を向けると、レースカーテン越しに映る人影が窓ガラスを叩き、実家に帰って来る時はいつも鍵を開けてある両開きの窓が、ゆっくりと開いた。

「ごきげんよう。姫」
 軽く手を上げ、ちょっと気取って現れた学を見て、つい頬が染まる。はにかんだ笑みを向けると、学はいつものように身軽な動きで美春へと近付き、彼女を抱き締めた。
「どうした? 俺が恋しくて眠れなかったのか?」
「馬鹿っ」
「違うのか?」
「……そうよ」
 当然の素直な返事に、当然落ちる御褒美のキス。美春の頭を押さえ、強く彼女の唇を吸うと、学は口角を上げ唇を離す。
「俺も、美春が恋しくて眠れなかった」
 こんなセリフを口にする時の学は、妙に色っぽい。艶めく涼しげな視線を感じるだけで、胸の奥が熱くなる。
「でも、眠れないお陰で、とても良い知らせが入って来たぞ」
 学は美春の両肩に手を置き、頬を染める彼女の顔を覗き込む。

「――神藤さんの、意識が戻った」

 美春は目と口を大きく開き、両手で学のシャツを掴む。
「本当!?」
「ああ、昨日の夕方の事らしい。ついさっきまで検査が行われていたそうだ」
「また眠ってしまうような事は無いの? 一時的に覚めただけとか……」
「いいや、完全に覚醒したみたいだ。検査中も、意識はシッカリとしていたらしい」
 美春は嬉しさのあまり「きゃぁっ!」と喜声を上げ、学に抱き付き飛び跳ねた。
「良かった、……良かったぁ!」
 信じてはいても、やはり現実になると嬉しい。美春は涙が浮かんできた。
 紗月姫はどんなに喜んでいる事だろう。
 一度は死を選択しようとした彼女。諦めず生きる道を選んだ事に、喜びを感じてくれているだろうか。

「良かった……、これで本当に幸せになれるのね……」

 そう思うと、心は躍り気持ちは逸る。黙っていられなくなった美春は、学のシャツを揺すった。
「まっ、学っ、様子、見に行こうよ! 紗月姫ちゃんに、良かったねって言いたいし、神藤さんにも……」
「待て美春っ、今は一応夜中だっ」
 そんな事は分かっているが、喜びに支配された身体は言う事を聞かないのだ。美春は両拳を胸の前で震わせる。
「でも嬉しいよ、もぅ、興奮して眠れないよっ」
「ん? 興奮して眠れないって?」
 すると学は、何を思ったのかシャツを半分脱ぎかかった。
「じゃぁ、俺がその興奮を治めて……」
「すっ、ストップっ! いいよぉっ! んもぅ、いきなり夜中に来て何言って……」
 笑いながら腕を伸ばしご遠慮申し上げるが、美春はふと単純な事に気付いた。
「ねぇ、学。どうして電話じゃなかったの?」
「ん?」
「意識が戻った、って、素早く教えたかっただけなら、電話をくれれば良かったんじゃない? 学からの電話なら、仮に寝ていても、私絶対に目が覚めるんだし」
「――俺も、正直美春が起きているとは思わなかったんだけどな……」
 残念そうに眉を下げる学を見て、美春は「もしや」と疑いの視線を向けた。
「……学さぁ、……まさか、また夜這いかけようとか……」
 彼は答えない。その代わり、ニヤリと口角を上げた。
「まっ、学っ、もぅ!!」


*****


 書斎から出た大介は、寝室へ向かおうとして、リビングから明かりが漏れているのを見付け首を傾げた。
 エリは先に寝たはずだ。灯りを消し忘れたのだろうかとリビングを覗き、更に首を傾げる。
「一真、何をやっているんだ?」
 自分の枕とタオルケット持参で、一真がソファに寝床を作っている最中だったのだ。
「うん、ちょっと……。下で寝ようと思ってさ」
「どうして」
「……何か、二階、学兄さんが来てるみたいなんだ……」
「美春の部屋か? 美春が家へ帰って来た時は、大抵来てるだろ?」
「……夜中だよ?」
「それで?」
 どうも察してもらえないと感じたのか、一真はソファに寝転がりタオルケットを被った。
「お姉ちゃん、声大きいから、こっちが困るんだよっ。じゃぁ、おやすみ。父さん、電気消してよね」
 背を向けた一真を見て、少々意地悪く口角を上げる大介。
「じゃぁ、父さんも気を遣うか」
 クスクスと笑いながら、照明を落とした。


*****


 翌朝――――。

 会社が終わるまで我慢が出来そうにない美春を連れ、二人は病院へ顔を出した。
 夜の検査疲れで、もしかしたら眠っているのではないかと心配しながら病室を訪れた二人。

 眩しい陽の光が室内に満ち溢れる中。
 零れる光を黒髪に纏い、銀色に煌めかせ、笑むグレーの瞳を二人は目にする。

 そして、耳に聞くのだ。
 規律正しく響く、深い声を。

「おはようございます。学様、美春様」

 僅かに泣きはらした目をする、紗月姫の横で。








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