「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

エピローグ・2≪紗月姫と神藤≫

 ←エピローグ・1≪学と美春≫ →エピローグ・3≪櫻井と冴子≫


「こうなると思ったんだ……」
 ハンドルを握った時から、章太郎の苦笑は止まらない。彼が運転しているのは、当主のプライベート専用ロールス・ロイス。滅多に出されない車だが、今日退院をする神藤を迎えに行く為に総司が用意をさせたのだ。
 章太郎は、この車に紗月姫と神藤の二人を乗せて邸へと戻るのが仕事だった。
 しかし、車を用意して、いつでも邸へ戻れる旨を説明しに行った彼に、紗月姫は笑顔で言った。
「要らないわ。私は“私の車”で帰ります」

 少々予想はしていたのだ。「もしかして」と。
 もしかしていつものように、自分専用のベンツを神藤に運転してもらって帰りたいと言い出すのではと……。

 退院したばかり、それも名目上、「自宅療養」である人間に運転をさせるなど無茶だ。
 そう言いたい気持ちはあったが、神藤の回復振りを連日紗月姫と同じくらい見ている彼としては、そんな言葉、かえってわざとらしく感じてしまう。
 結果、最高峰の寛ぎを提供するはずだった後部座席を空にしたまま運転手だけを乗せたロールス・ロイスは、紗月姫専用ベンツを追いかけ、辻川邸へ向かっている。
「まぁ、旦那様にも奥様にも、分かって頂けるだろう……」
 二人も、こうなる事は薄々感付いていたのではないかと章太郎は思う。神藤に運転をさせて帰らせた事を、咎められる事はないだろう。
 心配なのは当主夫妻ではなく、辻川家の執事、章太郎の父親だ。
 「お嬢様が何と言われようと、旦那様が最初に仰った通りに仕事を通すのが、お前の役目だろう」と、叱責は覚悟だ。

「まだ、馬に蹴られて死にたくないんですよ。お父さん」
 聞こえない言い訳を呟き、章太郎は前を走るベンツを見てクスリと笑った。


*****


 ダークグレーのスーツ、曲ったところを見た事がないくらい正確に結ばれたネクタイ、ハンドルを握る手、襟足にかかる柔らかな癖毛は、時折そこから射し込む光で銀色に煌めいて見える。
 後部座席に注意を払う為に、時々ルームミラーへと走る目。とても綺麗なグレーに輝く事を一番よく知っている優越感は、紗月姫にくすぐったいほどの愛しさを抱かせる。
「お嬢様」
 運転席から、ルームミラー越しにかけられる声。二人きりの空間。
 それだから紗月姫は、神藤に運転してもらう自分の車が大好きだ。

「きちんとお座りになって下さい。怪我をなさっては大変です」

 運転席のシートに掴まって、後ろから神藤に構い出すと、必ず飛んでくるお小言。
 あまり従った事はないが、彼がくれるお決まりの言葉も、紗月姫がこの車を好きな理由のひとつだ。

「良いじゃない。久し振りなのですもの。嬉しいのよ? とっても」
「私も嬉しいですよ。またお嬢様の為に、こうして運転が出来るのですから」
「ねぇ? ――今、二人きり、よね?」
「ですが勤務中です。お嬢様を無事にお邸へお連れしなくてはなりませんから、任務放棄は出来ませんよ」
「……それだったら、水野の車を断るのではなかったわ」
 二人きりの車内だというのに、プライベートモードになってくれない彼に、紗月姫は少々不満を漏らす。
 丁度信号で止まっていた隙を利用し、神藤は肩越しに振り返ると、顔を乗り出していた紗月姫の頬に唇を付けた。
「――後でね……」
 頬で囁かれたというのに、耳から背筋をゾクリと甘い響きが走る。囁かれた頬はほわりと染まった。

 信号が変わり神藤が前を向くと、今度は紗月姫が身を乗り出し彼の頬にキスをする。
「――約束よ?」
 二人きりの時にしか出さない可愛らしい声ではあったが、神藤の場合は頬が染まる事はなかった。
 が、間違いなく彼の感情は煽られている事だろう。しかし、流石は長年、感情にリセットをかけながら生きてきた彼だ。得意のポーカーフェイスで、紗月姫が不安になってしまうほどの平静さを装った。

 長い並木道を通り、車は邸の正門を入る。
 そこからまた邸の前へ到着するまでしばらく走るのだが、いつもならば途中で数人の使用人を見付けるというのに、一向に姿を見掛けない。
 皆、仕事をさぼっている訳でも、解雇された訳でもない。邸の入り口で待っているのだ。
 神藤が、紗月姫を連れて帰って来るのを。
 辻川家に有るべき、いつもの光景を見る為に。

 邸のドアが大きく開かれている。
 車用の通路からは、外で待つ使用人達や、エントランスで待つ執事の水野やお付き達、そして総司と椿の姿も見えた。
 先に紗月姫のベンツが停まり、後ろにロールス・ロイスが停まる。本来ならば後ろの車から紗月姫と神藤が降りてくるはずなのだが、神藤が現れたのは、いつものベンツの運転席。だが、誰もそれを不思議には感じなかった。

 運転席から現れた神藤が、フロントを回って後部座席のドアを開ける。紗月姫をエスコートする為に右手を差し出すが、彼女は両手を広げて彼に差し向けた。

「承知致しました」
 クスリと笑い、神藤は紗月姫を抱き上げる。美春さえもが絶賛した“お姫様だっこ”で。
 紗月姫を抱き上げ、出迎えの一行を振り向く。
「ただいま戻りました」
 よく響く深いバリトンが、二人を見守っていた空間に響き渡る。次の瞬間、そこには大喝采が起こった。

「お帰りなさい!」
「お嬢様! 神藤さん! お帰りなさい!」

 歓迎したのは、その場にいた人間だけではない。
 木々や風も、二人を歓迎した。
 ただ、いつもはそれらをすぐに感じられていた紗月姫は、彼らの声を聞く事が出来ない。垂れ下った紗月姫の髪を嬉しそうに揺らしていた風が、少し寂しげに彼女の脚に絡まる。
 それでも、天使の片鱗を残す紗月姫は、宙を仰いでにこりと微笑んだ。

 紗月姫を抱きかかえたままエントランスへと入り、並んで待つ総司と椿の前に立つ神藤。どんな境遇の変化が我が身に訪れようと、彼が十八年間培った、従者としての気品は失われてはいない。
「お嬢様を、お連れ致しました」

 ――――辻川邸に、姫と騎士(ナイト)が寄り添う、いつもの光景が戻って来たのだ。







人気ブログランキングへ

**********

後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 今回は、紗月姫ちゃんと神藤さん。
 移動中の車の中なのであんまりくっつけませんが、それでもナカヨシです。^^
 お姫様抱っこは鉄板ですよね。この二人にはコレがなくちゃ。

 今回だけではなく、また後半にも出てきますので、その時にはもう少しイチャイチャさせてあげようかと思っています。

 辻川家に、いつもの光景が戻ってきました。
 実はもうひとり(ふたり?)、やっと平和な日常が戻って来た人が、葉山製薬にいるんですよ。
 次はそこから……。

 では、次回!!




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ 3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ 3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 2017・短編集
もくじ  3kaku_s_L.png 溺愛マリッジ
もくじ  3kaku_s_L.png 恋のエトセトラ
総もくじ  3kaku_s_L.png 迷宮の天使*LS*
総もくじ  3kaku_s_L.png 恋桜~さくら・シリーズ
総もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【エピローグ・1≪学と美春≫】へ  【エピローグ・3≪櫻井と冴子≫】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【エピローグ・1≪学と美春≫】へ
  • 【エピローグ・3≪櫻井と冴子≫】へ