「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

エピローグ・3≪櫻井と冴子≫

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「休めば良かったのに」
 毎日、この小言を口にしているのではないだろうか。
 動き回る愛妻を眺めながら、櫻井はそう思う。
「仕事が有るのに……。休めないでしょう?」
 そして、愛妻の返事もいつも同じだ。
「医務室の先生だって、休むなら臨時の養護員を紹介してくれるって言ってただろう」
「何よ、そんな事言って、りっくんが若い養護員見たいだけなんじゃないの? 休め休めって煩いの、りっくんだけなんだから」
「心配してんだろうがよっ!」

 クールな櫻井係長とは思えない態度で突っかかる相手は、彼の妻、冴子。現在妊娠四カ月。
 重い悪阻(つわり)はつい最近まで続き、やっと治まりを見せてきたところだ。
 どんなに症状が重くても、決して仕事は休まず頑張ってきた彼女。その分櫻井が、情緒不安定的な八つ当たりを蒙(こうむ)った事もあったようだが、それでも何とか乗り切った。
 「どうしても辛かったら、仕事は休め」に返される言葉は、「どうしても辛くならなかったら、休まない」という、屁理屈。
 悪阻が重い時期も気にはなるが、楽になったら楽になったで、お腹の子が大きくなってきている証拠なのだから、余計に身体を休めて欲しいと思ってしまう。

 しかし、夫の心、妻知らず。……いや、知っているからこそ頑張れるのか。
 冴子は臨月まで仕事はするという。

 昼休みの処置室は、ほぼ社員の出入りが無い。
 以前は冴子に懐いている女子社員達が顔を出していたものだが、昼休みには必ず櫻井が現れると悟ってから気を遣ったのか、時間をずらすようになってしまった。

 櫻井がいるので気を遣って誰も処置室を訪れないという状況が、どうも二人が惹かれあった頃の保健室を思わせるようで、冴子はたまにくすぐったい。

「怒らないで? 毎日りっくんが『今辛いけど、頑張ろうな』って甘やかしてくれたおかげで、悪阻は辛かったけど仕事も頑張ってこられたんだよ?」
 壁側の寝椅子に腰を下ろし、大きな態度で脚と腕を組み彼女に意見していた櫻井。そんな彼の前に立ち冴子が身を屈めて微笑むと、姉さん女房にベタ惚れの六歳年下の夫は、簡単に懐柔された。
「冴ちゃん……」
 彼女の頭に手を回し、引き付けながら唇を近付ける。あまり冴子に屈ませてはいけないと気を遣い、櫻井が腰を浮かせかけた……、時……。

「冴子さぁん! 癒しの時間、おすそ分けでーすっ!」

 処置室のドアが大きく開く音と共に聞こえた、可愛らしくも元気な癒し声。しかし声の主は、今まさにキスせんばかりの二人を見て慌ててドアを閉める。
(こんな事……、前にもあったような気がする……)
 櫻井は溜息をつくと、キスを諦めドアへと近付く。不必要なほど勢い良くドアを半開きにすると、「きゃぁぁっ!」という叫び声と共に、軽く人が倒れる音がした。

「たっ、……いっ! ……いきなり開けないでください!!」
 ドアに張り付いて立っていたに違いない。櫻井が急にドアを開けたので、その勢いに押されて前のめりに転倒してしまったのだろう。
 床に手と膝をついた四つん這いの格好で肩越しに振り向き、美春が文句を言った。
 しかしその姿を見て、彼は腕を組み、冷ややかな視線を落としたのだ。
「男の目の前で、油断してもそういった格好をするな。後ろからヤってくださいって言ってるように見える」
「言ってませんっ! 頼まれても言いませんっ!!」
「専務に頼まれたら言うクセに」
「係長っ!!」
 慌てて立ち上がり、ふてぶてしく「ふふんっ」と笑う櫻井にくってかかろうとした美春だが、その前に女神の制裁が下された。

「りっくん、セクハラっ」

 後ろからやってきた冴子が、櫻井の頭をぺしっと掌で叩いたのだ。
「もぅっ、光野さんにだとそうやって嬉しそうに絡むんだからっ。よっぽど大好きなのねぇ」
「おいっ」
「ふーんだ、可愛くて可愛くて堪んないくせに。――光野さん、こんにちはぁ。癒しの時間ってなぁに?」
 図星を突かれて閉口した櫻井から、冴子は美春へと笑顔を向ける。いそいそと近付いてきた美春を促して処置室の中へ入って行くと、置き去りにされた櫻井が降参して鼻で息を抜き、ドアを閉めた。

「これ、京都のお茶サロンのお茶なんですよ~。ほうじ茶なんですけど、カフェイン少ないし、ひと休みの時に良いかな、って。専務室にもあるんですけど、美味しかったんです」
「あら、有難う。あ、この名前知ってるわ、サロンのHP見た事ある。いいなぁ、行ってみたーい。誰かのお土産なの?」
「佐藤副社長です。『お友達に分けてね』って、いっぱい貰ったので」
「あら? 私“お友達枠”に入れてもらえているの? 嬉しいっ、光野さん、大好きっ」
「私も好きですー」

 女同士できゃいきゃいとはしゃぐ姿を見せ付けられ、すっかり蚊帳の外に置かれてしまった櫻井。
 腕を組んだまま、彼はポツリと呟く。
「……邪魔だ。……女史……」

 この昼休み時間は、冴子と二人きりになれる時間。
 家へ帰ればもちろん二人きりではあるが、やはり“昼休み”というものは、二人にとって少々特別な時間だったりもするのだ。
 だが、楽しそうに笑う冴子を見て、櫻井の心は穏やかさを取り戻し始める。
 美春だけではなく、冴子に懐いている女子社員は多い。まるで学生時代に入り浸っていた保健室みたいで安心すると言っていた者もいる。それだけ冴子は、慕われているお姉さん役なのだ。
 悪阻が辛くても仕事に出る事が出来ていたのは、確かに櫻井の励ましや努力が大きかったのかもしれないが、彼女の周辺環境がとても温かく良いものであったからなのかもしれない。

 そう考えると、愛する妻を慕ってくれる美春に、いつも以上の好感を持ってしまう。
 冴子と楽しそうに話す美春の後ろから、気持ちのままに頭を撫でた櫻井だったが、その瞬間美春は跳び上がり、冴子にしがみついて櫻井を振り返った。
「なななっ、何ですかっ、係長っ!」

(……何故、怯える……)
 思わず半眼になる櫻井。
 
 何だかんだと言いながらも、美春をとても気に入っている彼の気持ちは、まだまだ本人に理解してもらえそうには無い……。








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後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 今回は、学君が留守中に大活躍した櫻井さん。そしてその時に妊娠が発覚した冴子さん。
 夫婦でイチャイチャしていたというよりは、美春ちゃんと冴子さんがイチャイチャしてたような……。(笑)

 話に出してしまった京都のお茶サロンは実際にあるところで、HPは私も大好きなんですが……。
 京都の方は分かるでしょうか。有名な商品名が付いてます。^^

 お茶サロンといえばカフェですが、カフェ勤めの婚約者がいる人もいましたね。
 櫻井さんと同じく、学君が留守中に活躍してくれた彼です。
 次はそこから……。

 では、次回!!





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