「理想の恋愛 完璧な愛・シリーズ(第7部~第11部)」
理想の恋愛 完璧な愛・第11部

エピローグ・5≪離れていても…≫

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「これから仕事なんでしょう? でも嬉しいなぁ、気にかけて来てくれるなんて」
 相変わらずの綺麗な動作は、妊娠しても変わらない。
 畳の上だけを歩かせるなら、間違いなく彼女はトップモデルだと美春は思う。
「はいどうぞ。この間、美春に貰ったほうじ茶だよ」
 菱崎家の居間で、涼香はにこりと笑い、湯呑みを美春の前に置く。いつも服装はだらしなくならない物を心掛けている彼女にしては珍しい、ウエストがラフなワンピースが、スレンダーな涼香を少しだけふっくらと見せていた。
「ねぇ、涼香、それさぁマタニティワンピースっていうやつ?」
 美春に確認されてから改めて自分の服装を思い出したのか、涼香は心持ち照れてしまったようだ。

 土曜日の朝、休日出勤をする前に美春が訪れたのは、涼香の元だった。
 朝から美春が顔を見せてくれた事も驚きではあったが、涼香をもっと驚かせたのは、美春がハイヤーでやってきた事だ。一瞬、学と喧嘩でもしたのかと焦ってしまった。
 何でも学は用事があって別の場所へ向かったらしい。用事が終わったら菱崎家へ美春を迎えに来て、それから会社へ行くという。
 「田島君がいなくなっちゃったから、寂しがって泣いてるんじゃないかなって思って、泣き顔見に来たのよ」おどけて笑ってくれた美春の気持ちが、涼香はとても嬉しかった。

 信は今、ここにはいない。
 実務修習を終えた彼は、司法研修所へと戻り、後期修習という司法修習生として最後の二カ月を迎えている。
 前期修習の時は、毎週末車を飛ばして帰って来ては涼香と共に過ごしていた信だが、今回はそうもいかない。
 後期修習の後に控える二回試験、いわゆる司法修習生考試に向けての準備があるのだ。この試験をパスしなければ弁護士としての道は開かれない。否が応にも必死にならざるを得ないではないか。
 研修所へと戻ってから、週末に帰ってきたのは二週間前。長距離運転には体力も神経も使う。往復には時間がかかるのだ。勉強の事を考えれば、毎週会えないのはしょうがない。

「でも、涼香のマタニティ姿、可愛いよぉ? 田島君に見せてあげたいな。最近までは着てなかったよね?」
 上は白のワッフル地、スカートは赤のタータンチェック。涼香のイメージとは少々違う気もするが、それが妙に似合って可愛らしく見えてしまうのは、彼女の恥ずかしそうな表情のせいだろうか。
「笑うわよきっと。『まだ早い』って。今日だって美春が来る事が分かっていたら着なかったわ」
 否定的な言葉ではあるが、満更でもない雰囲気だ。自分の湯呑みを座卓に置き、ゆるりと美春の隣へ腰を下ろした。
「五カ月だから、お腹はまだ少しふっくらしたかな? ってくらいなんだけど、京香がね、お腹締めちゃ駄目、締めちゃ駄目、って怒るのよ」
「京香ちゃんは二人目だもんね。先輩よ。言う事利かなきゃ。じゃぁ、そのワンピース、京香ちゃんが着てたやつとか?」
「実はね、京香に怒られてるのを見て、晶香が選んでプレゼントしてくれたの。……着ない訳にいかないじゃない……」
 しょうが無く、ではない。涼香はとても嬉しそうだ。晶香の気持ちがとても嬉しかったに違いない。もしかしたら今日美春が来ると分かっていても、晶香の話がしたくてこのワンピースを着ていたのではないだろうか。
 心が温かくなる話を聞きながら、美春は温かいほうじ茶に口を付けた。

 お茶の芳醇な深い香りと温かさにすっかり和むと、窓から見える日本庭園風の中庭が視界を和ませてくれる。
 ちょっと砕けた気持ちで、美春は確信をついた。
「でもさ、『寂しいでしょう?』って訊いても、『最後の修習だから、頑張んなきゃね。しょうがないよ』って言うんだろうけど、正直なところ田島君が傍に居なくて寂しいでしょう? 実務修習中はずっと一緒だったんだし」
 美春の視線を追って、同じく窓の外へ視線を向けた涼香は、静かな声で本心を口にした。
「……寂しくない訳なんてないのよ……。でもね、昔より安心している自分が分かるの……」
「安心?」
「うん、……離れていても大丈夫だ、っていう……“安心”」
 涼香は少しふっくらとしてきた下腹部に片手を当て、自嘲気味に笑む。
「一年前は、凄く不安だった……。週末に会えても、その他の日は会えなくて、距離も凄く離れてしまって、距離と同じくらい心も離れてしまうんじゃないかって、そんな不安ばっかり抱いて……。……なのに、今回はその不安が無いのよ……」
「どうして?」
 涼香の視線が落ちる。これから口にしようとしている言葉が恥ずかしかったのか、彼女は美春を見なかった。
「――この子が、いるから……」
 美春は目を見開く。そこに、自分は持っていない“絆”を見せられてしまったような気がしたのだ。
「……ずるいのよ……私……。この子がお腹にいるから、例え離れていても、信ちゃんが私とこの子の為に頑張ってくれるんだって思って、安心してる……。結婚も決まって、信ちゃんは決して何処にも行かない、私の傍から離れないって、安心している気持があるから、大切な時間を帰って来る為に使うなら、勉強頑張って、って……思っちゃうの……」
 気まずそうに苦笑して、涼香は美春を見た。
「ずるいでしょう……。結婚が決まったから、子供がいるから、そんな絶対の繋がりがあるから安心出来る、なんて……。好きだ愛してるって言われ続けていた頃より、……安心してる……」

 子供という、心だけではない、形を持った繋がり。
 それを得た事で心に余裕を持ってしまった自分を、涼香は恥じているようだ。
 だが美春は、彼女の肩に手を回し軽く抱き寄せ、恥じる事を禁じた。
「そんな事言っちゃ駄目だよ……。おかしくない……。ずるくないから……」
 子供という繋がりは、こんなにも愛し合っている学と美春でさえもまだ持ってはいない繋がり。だから、離れていても安心出来るという涼香の気持ちが、心から理解出来るかといえば美春には自信が無い。
 だが、これだけは分かるのだ。
「涼香と田島君の子供は、ずっと言い続けた『愛してる』が形になったものだもん……。言葉が形になっただけ。だから、ずるくなんかない……」


*****


「もうすぐ着くぞ」
 ハンドルを握り、学は後部座席へ声を掛ける。彼は今、大切な用事の最中。それを終える為に、菱崎家へ向かっているのだ。
 大切な用事、である人物をルームミラーで確認するも、その人物のソワソワとした様子にクスリと笑った。

「しかし、総帥の“お詫び”は、いつもながらスケールがでかいな……」







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後書き

 こんにちは。玉紀 直です。
 書いてるうちに「あれ?」って自分でも驚いたのですが、涼香ちゃん、もう5カ月目なんですよね。早いなぁ。(おいおい)
 この周辺は、ちょっと出産ラッシュですね。順番的には、京香ちゃん、涼香ちゃん、冴子さんの順番でしょうか。^^
 皆幸せいっぱいで良い事です。

 いつも一緒にいた好きな人と、離れなくてはならないのは寂しい事だと思うのです。
 前期修習で離れていた頃、信君は週末、懸命に帰って来ていました。でも後期はそれが困難です。
 涼香ちゃんのこの気持ちは、簡単にいえば、「恋人同士の時は仕事ばかりでデートも出来ないと腹が立ったけど、結婚が決まると自分にも関わって来る事だからデートより仕事をしていても許せる」という、早い話「妻の余裕」というやつでしょうか。
 これが数年経つと「亭主元気で何とやら……」に変わってしまうパターンもあったり……。^m^

 癒しの美春ちゃんのひと言が出た後で、学君、誰かを連れて来たようです。
 それと、「総帥のお詫び」とは何でしょう?

 では、次回!!





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